第176話 夢の続き

 冒険者ギルドのポータルを抜け、夜の王都にたどり着いた。用がなければ夜の王都になんか来ることもないのだが……カオスドラゴンの襲撃があったとはいえ、それでも明るく本当に綺麗な街だとラシアは思った。


「……こんな時でなかったら、ラシアと夜の王都でデートを楽しみたいところですが、仕方ないですね」


 こんな美少女にこうも言われたら、本当に男冥利に尽きるのだが……自分はいつか帰る人間なので、その辺りの線引きはしっかりしておかないとな、とラシアは思う。


「姫様……お戯れはほどほどに」


 漫画とか小説で使うような台詞を、本当に言うことってあるんだなーと思っていると、隣でリレッサがクスクスと笑っている。


「? どうしたんですか?」


「はい。子供の頃、メイドのアリス達によくその台詞を言われたなと思いまして。ラシアは思いのほかメイドが向いているかもしれませんよ?」


 メイドの格好はよくしているが、作法とかを覚えるのは大変だし、自分のミスが仕えている相手の評価に直結しそうなので絶対に無理だな、というのがラシアの感想だ。


「この世界で働くとなっても、おやっさんみたいに基本は裏で料理とかを作ってるのが一番自分に合ってると思いますね」


「なるほど。それは勿体ない。メイド姿のラシアは人気も高いですよ。それは置いておいて……ノアが行きそうなところは分かりますか?」


 その質問にラシアは悩む。王都で知っているところは本当に少ない。店などは全く知らない。知っているところといえば……パルサーさんやティーガーさんの家、大公さんの家辺りで、他はまともに知らない。


「他には……共同墓地もありましたね。まずはそっちに行ってみますか?」


「分かりましたが……ラシアはもう少し王都にも来た方がいいですよ。服屋さんや魔道具店なども多く、情報などもよく入ってきますよ」


「王都に来ないのではなくてですね……ありすぎる情報はないのと同じなので、自分でちゃんと選んでいるんです」


「そういうことにしておきましょう」


 そんな話をしながら二人は共同墓地へと向かった。夜ではあったが、カオスドラゴンとの戦いで亡くなった人も多かったのだろう。かなりの人が祈りを捧げていた。


 そこにノアの姿はなかったが……二人も黙祷を捧げてから、また別の場所へと向かった。


「次はどこかありますか?」


「うーん……王都で知っているところって、もうないので……」


「ラシア……さすがの私でも、もう少し知っていますよ……。ラシアは王都も散策した方が良さそうですね」


 ジト目を向けて呆れるリレッサの表情に耐えきれなくなり、ラシアは冗談だと告げて頑張って他の場所を思い出す。


「公園の方も行ってみましょう」


 分かりましたと返事をするリレッサと向かったのは、ラシアがノアをクランに誘った時の公園だ。


 そのことを思い出しながら向かっていると……なんとも気味の悪い感覚が、風のように吹き抜けていった。


「ん?」


「ラシア、どうかしましたか?」


「いえ、一瞬だけ気持ちの悪い風が吹いたというか、なんというか……」


「なるほど……カオスドラゴンのこともありますし、まだ何かがあるかもしれません。気のせいならそれに越したことはありませんが……ノアを見つけたら、少し見て回りましょう」


 暗くなった公園にたどり着いてノアを探すと、前にラシアと話したベンチに一人で座り、静かに王都を眺めていた。


 ラシアは声をかけるのを少し躊躇ったが、このままでは仕方がないので静かに話しかけた。


「ノアさん。夜ですし、ティアちゃんも心配しているので帰りませんか?」


「あ。ラシアさんにリレッサだ。迎えに来てくれてありがとー」


 そう返事をした後、また街の方を向いたので、ラシアとリレッサがノアの隣に座る。するとノアが静かに話し始めた。


「行かなかった人、抜けた人は助かったみたいだけど……リュートリアもフリオも死んじゃったから……クランは解散だって。冒険者ではよくあることなんだけど……リュートリアはどこで間違えたんだろうって思ってね」


 もうかなり泣いたのだろう。ノアの顔には涙の乾いた跡がある。その顔を見ても、ラシアはどう答えて良いか分からない。


 リュートリア達のことはほとんど知らないし、元の世界でもここまで死に直面するようなことはなかったからだ。


「ラシアさんは……どう思う? リュートリアのことは知らないし、嫌なヤツだろうとは思うだろうけど……」


「私は……リュートリアさんがどうこう言うよりも……この国の考え方が嫌いなので……」


 食事会の時に国王が狩猟祭を開催すると言わなければ……たぶん、リュートリアも他の冒険者も死ぬことはなかっただろう。天使はいつか出てきたかもしれないが、それでもカオスドラゴンが王都を攻撃することはなかっただろうと思う。


 ただ……文句を言おうにも国王も亡くなっている。もう文句を言おうにも言えないし、言ったところでどうにもならないのだ。


「もうこればっかりは、どうしようもないですね。私にも妹がいましたが、殺されました……どうしようもなかったですから」


 元の世界でのことを口にすると、ノアもリレッサも驚いたようにラシアの顔を見た。


「そっか……それでラシアさんって、ティアちゃんに激甘なんだね」


「そんなことはないですけども……ノアさんは、どうしたいんですか?」


「いや、仇を討ちたいとかそういうのではないんだけど……友達がいなくなって悲しいというのと、なんでこうなったのかなーっていう空しさかな。リレッサはそういうのある?」


「ありますよ? 好いていた人に騙され、父も母も、仕えてくれた者達も全て亡くなり、国まで滅びましたから」


「何か規模がおかしい! というかリレッサはお姫様だった!」


「あれ? ノアさんって、姫様がお姫様だって知ってたんですか?」


「ラシアさんが、ちょくちょく私を駄目な子扱いする! それぐらい分かるからね!?」


 ノアが優秀なのは知っている。それに皆がリレッサのことを姫様、姫様と呼んでいるのだから、それくらいは分かるかというのがラシアの反応だった。


「規模の違いはありますが、私にしてもラシアにしてもノアにしても、大事な人や友人を亡くしたことに違いはありません。私はノアではありませんから、『貴方の気持ちはよく分かる』などとは言いませんが……何も失わず、幸せに生きている人を探す方が難しいですよ」


「そっかー……」


「だからといって、それを押し込めたり忘れろということでもありません。ずっと引きずっても駄目なので、いつかは自分で折り合いをつけないといけませんよ。死者もずっと引きずられては悲しむでしょうが、忘れられても悲しいはずなので」


 それはラシアも思っていることだった。自分が忘れたら、誰が覚えていてくれるのだろうと……


「今日明日ですぐに元気になれとは言いませんが、私は元気なノアの方が好きですよ?」


「……ラシアさんに続いて、リレッサまで。私のモテ期が来ているのかもしれない」


「誰も続いてませんし」


「来ていません」


「モテ期が来てるはずなのに、二人とも優しくない……」


 ノアが少しだけいつもの調子を取り戻したのを見て、ラシアはわずかに安心する。だがその時、先ほどの気味の悪い風が再び肌を吹き抜けた。


 気のせいなら、それでただの笑い話だが……ラシアはスッとベンチから立ち上がった。


「ノアさん。姫様。少し変な感じがするので、王都の方を見てきます。もう遅いので、二人もそろそろ帰ってくださいね」


「分かりました。ラシアも気をつけてください」


「ラシアさん。今日はありがとう」


 ラシアは軽く二人に手を上げてから、夜の街に消えていった。


「……ラシアさん、格好いいね」


「ええ。私の騎士様ですから」


「別にリレッサの騎士様じゃなくない? リレッサはもう街娘だよ」


「それはそうですね」


「今日もリレッサがいなかったら、ラシアさんにチューぐらいしてもらえたはずなのに」


「そう思ったから来たんですよ。貴方には渡しません!」


「ぐぬぬ……」


 先ほどの暗い雰囲気はまだ残っていたが、ノアが少しだけいつもの調子を取り戻し、リレッサと軽口を交わし始めた頃、ラシアは街の中央辺りまで来ていた。


 この辺りまで来ると気持ちの悪い感覚ではなく、敵意のある何かがラシアを見ているような感覚に変わっていた。


「相棒。絶対に何かいるぞ。武装しておけ」(幻聴)


 時折聞こえるこの声が幻聴なのか妄想なのか、それとも武器の声なのかは未だに分からないが、ラシアは言われた通りに聖銀鋼の鎧に身を包み、プラティディオンハンマーを握った。


 ただ、こんな市街地で全力など出せるものではないなと思っていると、人の気配が消えたと思った途端、どこからともなく目の焦点が合っていない人達が現れた。


 その人達はしばらく空を見つめたかと思うと、口から黒い霧を吐き出し……それはゆっくりと竜の形へと変わった。


 そして……その竜の体は黒く、一つだけの目がラシアを捉えた。


「カオスドラゴン……やっぱりまだいたか」


 カオスドラゴンが出現すると、消えていた周囲の人の気配が一気に戻った。近くを歩いていた人が叫び声を上げ、騎士達も集まってくる。


 再び現れたカオスドラゴンに驚き、若い兵士が声を上げたところへ尻尾が飛んでくる。


 まだ若い兵士だったのだろう。全くその攻撃に反応できていなかった。だが……ラシアはすぐに反応し、尻尾の攻撃をハンマーで受け止めてそのまま弾き返す。


「こちらで時間を稼ぎますので、デゴットさんかロディーさんに伝令をお願いします」


 若い兵士は尻餅をついたが、すぐに「分かりました」と言って立ち上がり、仲間と共に走っていった。


 周囲に人がいない方が戦いやすい。そう思いながらラシアはハンマーを構えて飛び上がり、カオスドラゴンの顔面へ叩きつける。凄まじい衝撃音と共に、カオスドラゴンを地面へ叩き落とした。


 そしてラシアが地面に着地したところで、空から声が聞こえた。


「まだ王都にいましたか。さすがにモンスターのことは分かりませんね。ノア。行きますよ」


「おk! リュートリア達の敵討ちだ! カオスドラゴン覚悟!」


 ラシアが見上げた先には、先ほど別れたノアとリレッサがいた。二人とも武装しており、この上ない援軍だ。


 そして夜の王都で、ラシア達とカオスドラゴンの戦いが始まった。

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