第164話 妖精の女王

 目の前には一人の小さな妖精がいる。


 手のひらほどの大きさしかない、小さな生き物だ。


 だが……ラシアは変な汗が止まらない。


 レクトアとラオメも異様な気配を感じ取ったのだろう。顔には出していないが……いつでも戦える状態に入っている。


 もう、この国が滅んだ理由が分かった。


 間違いなく、目の前にいるこいつらだ。


「どうしたの?」


 妖精が子供のような声でラシアへ話しかける。


 不用意に敵対はできない。


 まだモンスターなのか、NPCなのか分からないからだ。


 そのためラシアは、古い友人に語りかけるように答えた。


「ええ……久しぶりだったので驚きましたよ。私の方も、いつの間にか連れ出されたという感じですね。皆さんは?」


「へー! そうなんだ! みんな出てきてる! 女王様も出てきてる!」


 妖精は元気よく飛び回りながら答える。


 すると頭に生えた触角が小さく光り始め、それに合わせて独り言を口にし始めた。


 しばらくすると、ラシアへ向き直る。


「ラシア、あのね! 女王様が久しぶりに会いたいって!」


「では……案内してもらえますか?」


「分かったー。後ろについてきてー」


 そう言って先を飛び始めた妖精を、ラシア達は追いかける。


 その姿を見たノアとグオンは、可愛いだの初めて見ただのと盛り上がっていた。


 ティーガーとパルサーはいつも通りに見えるが、しっかりと警戒している。


 フウコウに至っては、全身の毛が逆立っていると言っても過言ではないほど警戒していた。


 妖精型のモンスター。


 妖精と呼んでもいいが、こいつらも天城ダンジョンにいた天使達と同じく、地星のダンジョンにいる固有種だ。


 天使や戦女神と同じで進化はしないが、その分、全体的にステータスが高めになっている。


 レベルでいうなら八十台後半だ。


 ラシアを除けば調査隊の誰よりも高く、この場で倒せる可能性があるのはラシアだけという強さになる。


 もちろんラシアの目の前を飛んでいる小さな妖精一人ですら、天城ダンジョンにいたシエルオーテスよりステータスが高く、強い。


 ただ……妖精は大きく分けて二種類いる。


 ダンジョンにモンスターとして出現する妖精と、NPCとして妖精の街で暮らす妖精だ。


 見た目も能力も同じだが、前者は瘴気に犯され後者は知性を持って行動すると設定資料には書かれていた。


 だから目の前を飛んでいる妖精も、街にいたNPCの妖精なら話はできるはずだ。


「妖精さん。あなたはどうやって出たんですか?」


「街でねー。友達と遊んでたら、人間に捕まって攫われちゃった!」


「……災難でしたね」


「そうでもないよー。ラシアはー?」


「私は気が付いたらこちらの世界にいたという感じなので……誰に連れ出されたのか、呼び出されたのかは分からないんですよ」


「へー。色々あるんだね。そっちの人間はお仲間さん?」


「はい。ここにあるダンジョンの調査で、他国から来ました」


 なるほどーと言いながら、妖精は飛び回る。


 襲ってこない以上、街にいたNPCの妖精である可能性は高い。


 だが天城ダンジョンにいた天使達も人の言葉を話したため、まだ断定はできなかった。


 姿形が同じなら、今のラシアにはモンスターとNPCを見分けるすべがない。


 城があったと思われる場所は、綺麗になくなっていた。


 先へ進むにつれて緑が増え、姿を見せる妖精の数も多くなっていく。


 ノアやフウコウは妖精達と話をしているが、ティーガーもパルサーもラオメもレクトアも警戒を続けていた。


 妖精達の強さを肌で感じ取っているのもあるが、ラシアが警戒していることも察しているのだろう。


 そして……さらに進むと、木や花で作られた玉座に、他の妖精と変わらない大きさの妖精がいた。


 頭には冠を載せ、手には杖を持っている。


 妖精の女王だ。


 ラシアが驚いていると……妖精の女王は優しく微笑み、話しかけてきた。


「妖精達が嘘を言うとは思っていませんでしたが……本当にラシアなのですね。歓迎しましょう。我が友よ」


 その圧倒的な気配に、ラオメやレクトア達が膝をつく。


 ティーガーとパルサーもそれに続いたので、ノア、グオン、フウコウも同じように謁見の姿勢を取った。


 ただラシアはしない。


 というよりも、できない。


 こちらの敵だった場合、少しでも油断すれば負けるほどの強者だからだ。


 だが女王は、謁見など人間が勝手に考えたものだとでもいうように、ラシアが膝をつかないことを気にした様子もなかった。


「少し様子が違うように思えますが……ラシアよ。この者達は? それと、どうしてこの場所へ来たのでしょう?」


 まだモンスターなのか……NPCなのかは分からない。


 だがお互いに情報を欲している状態だ。


 後で嘘が知られた時のことを考えても、偽るメリットはない。


 中身が一般人であるラシアには、少し荷が重い状況だ。


 そこでまず、周りにいる者達が友人であり仕事仲間であることと、この国が滅び、その原因を突き止めるためにやってきたことを正直に説明した。


「なるほど。でしたら話は早い。この国を滅ぼした理由ですが、やられたからやり返したということですね。ただし無益な殺生はしていませんよ。街に住んでいた者達は全て追い払いましたので……昔、ラシアに助けてもらった時に少し似ていますね」


 昔、ラシアに助けてもらった時に似ている。


 その出来事を知っているのなら、この妖精の女王はNPCの方だ。


 ゲームには個人クエストの一つとして、胸くそ悪いイベントがある。


 人と妖精の和解という名のイベントだ。


 人と妖精を和解させ、種族の垣根を越えて仲良くしようという内容なのだが……中身はそんな綺麗なものではない。


 人間側に手を貸せば妖精の街が全滅し、妖精側に手を貸せば人間の街が全滅する仕様になっている。


 中立を選んでも、人間側が妖精の善意につけ込んで女王を封印し、好き勝手を始めるため、結局は妖精の街が滅ぶ。


 妖精を騙して街へ入り込み、殺したり見世物にしたりする人間側の展開が気に入らなかった。


 そのためラシアは妖精側につき、妖精を閉じ込める檻に仕掛けを施して女王を逃がす選択肢を選んだ。


 だからラシアは、少しだけ嘘を交えて答えることにした。


「女王様のことは覚えていますが……私はこちらの世界へ来て、全てのことを覚えているわけではありません。どういうわけかは分かりませんが、記憶に少し欠損があるということは覚えておいていただきたい」


「人にはそういうこともあるのですね。私達には、そのようなことはありませんが……それでラシアは、以前よりよく話すようになったのですね」


 仲間達から何ともいえない顔を向けられる。


 ラシアは色々と諦め、女王との話を続けようとしたが、その前に女王から呼び止められた。


「ラシアの友人達よ。それが私に対する敬意だとは分かりますが、ここでは必要ありません。立ち上がり、ゆっくりしておいてください。あなた方も聞きたいことがあるでしょうが、私もラシアに聞きたいことがありますので」


 ラオメが礼を言ってから立ち上がると、皆も同じように頭を下げてから立ち上がった。


「私からの質問は少ないので、まずはラシアからどうぞ」


 聞きたいことは、たくさんある。


 だがここから出た方法については、ラシアにも予測がついていた。


 だから一番大事な質問は一つだけだ。


 妖精の女王、フェリスロステの口から直接聞きたい。


 その答えが嘘でも構わない。


 ここから出た方法についての予想が正しければ、もう倒しようがないからだ。


「女王フェリスロステ。あなたはこれから、どうするつもりですか?」


 ダンジョンから出た方法などを聞かれると思っていた女王は驚いたが……少しだけ考えてから答えた。


「少し広くなりますが……この世界の、この場所に妖精の国を作ろうと考えています。人間を好んで滅ぼそうとも、こちらから戦いを仕掛けようとも思っていませんよ。貴女も知っているとは思いますが……私達は、そこまで好戦的な種族ではありませんので」


 ラシアはなるほどと頷いてから、ラオメへ質問する。


 ここから一番近い村や町、国境まではどれほど離れているのかを尋ねた。


「近くには村がいくつかあるが……馬車でも一週間ほどかかったはずだ。大きな街なら、私達が通ってきた街が一番近いはずだ」


 ラシアは礼を言ってから、少し考えた。


 周りの村や都市を見捨てるわけではない。


 だがここに妖精の国ができるというのなら……「いいですよ。私達は味方ですから、国を作ってください」と言った方がいい。


 妖精達とは、確実に争わない方がいい。


 ポータルを使えるかは不明だが……王都から馬車で半年もの距離があるのなら、お互いの生活圏に干渉することもない。


 妖精達がいくら飛べるからといって、何百キロも離れた王都まで、わざわざ飛んでくることもないだろう。


 もちろん、フェリスロステの言葉を信じるならの話だが……。


 この辺は後で仲間達に考えを話し、一緒に考えてもらおう。


 そう思っていると、今度はフェリスロステがラシアへ質問を投げかけた。


「では次は、私からの質問ですね。ラシアはどうして、私達がここから出た方法を聞かなかったのですか?」


 仲間達も同じ疑問を抱いていたようで、不思議そうにラシアの顔を見ている。


「そうですね。簡単に言えば、人は愚かで、妖精は賢かったというところでしょう。あくまで仮説ですが」


 そう前置きしてから、ラシアは自分の考えを伝えることにした。


 どうせ……金に目がくらんだ人間がやったことだと思うからだ。

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