第161話 数え歌

 ヨッパラシアーの前には、お兄さんお姉さんズが並んでいる。


 初手はラシアだ。


「一つ! 戦闘に入る前から準備をする! いつでも戦える状態にしておけということだ!」


 ラシアは大声を上げ、一瞬でアトラスへ接近した。その速度はアトラスが剣を抜くよりも速く、柄へ伸ばした手を蹴り飛ばして抜刀を防いだ。


「なっ!?」


 驚くアトラスを無視し、そのまま片手で体を掴み簡単に持ち上げた。


 そして大きな盾を持つラオメへ向かって投げる。


 ラオメは驚いたが、すぐに盾を使って飛んできたアトラスを受け止めた。


 凄まじい衝撃が盾越しに腕へ伝わると、ラシアの声が響いた。


「二つ! 受けるな、流せ! 受ければ足が止まる! それができないならかわせ!」


 ラオメが次に見たのは、巨大なハンマーが振り下ろされる瞬間だった。


 そして二人は気を失った。


 小さなクレーターができるほどの凄まじい一撃だ。砂埃が舞い上がり、一瞬だけ視界が塞がれる。


 だがヘッジは気配を読み切り、接近するラシアへ強烈な突きを放った。


 しかし砂埃の中から伸びたラシアの手が、放たれた槍を簡単につかむ。


 同時にラシアの声が響いた。


「三つ! 押し手より、むしろ引き手! 突いたらすぐに引け!」


 そのまま槍ごとヘッジを簡単に持ち上げ、地面へ叩き付けた。


「四つ! 支援職が迂闊に前へ出るな! 誰が味方を回復させる!」


 レクトアが何かを言う前に、ラシアは腹へパンチを一発叩き込んで意識を奪った。


 ここまで一分もかかっておらず、見ていた全員が言葉を失った。


「さすがは……お兄さんお姉さんズということか。心に灯がともった。覚悟しろ、新兵共!」


 その言葉で我に返ったダードと喧嘩していた騎士が、慌ててラシアへ話しかける。


「ま、待ってくれ! あんたとその仲間を馬鹿にしたことは謝る! アトラス様達を倒す人に、俺達が相手になるわけがない!」


 その謝罪に便乗し、巻き込まれそうなダードもラシアへ話しかけた。


「そ、そうだぞ、ラシア! さすがに俺達じゃ無理だ!」


 全員が頷いたので、ラシアは近くにいた新兵から水筒を借りた。


 それをひっくり返し、水を地面へまく。


「今、私がまいたこの水を、お前達は水筒に戻せるか? できるのなら勘弁してやろう。できないだろう? 言葉とは武器だ。この水と同じで、一度出してしまえば元には戻せない分、水よりもたちが悪い。だから普通の人より大きな力を持つ騎士や聖騎士の君達は、自分の言葉に責任を取らなければならない」


 駄目だ……言葉は通じるが会話が通じないパターンだ。


 これは絶対にやられる。


 そう思った新兵達は、蜘蛛の子を散らすように慌てて逃げ始めた。


 ラシアは再び大声を上げる。


「ノア! グオン! パルサー! ティーガー! 一人も逃がすな! 逃がしたら私が相手だと思え!」


「は、はい!」


 元気な返事が聞こえ、デゴットとロディーは机を叩いて爆笑している。


「いやー。ラシアが強いのは分かっていたが、あそこまで強いとは思わんかったな」


「私がローウェンテニアにいた時よりも強くなってる気が……まぁ元から強かったけども」


「新兵共、いい機会だ。揉んでもらえ。俺より強い奴に相手をしてもらえることは滅多にないからな」


「おー。人って、あんなに飛ぶんやなー」


 ラシアを中心に騎士も聖騎士も、もちろんダードやビエット、エリエスも空を飛んでいる。


 一時間後……。


 全員が仰向けになっていた。


 その中心にはもちろんラシアがいて、汗一つかいていない。


「不甲斐ない……立て! まだ戦いは終わっていない!」


 ラシアの言葉に、まだ少しだけ余裕のあるダードが話しかけた。


「ま、待ってくれ、ラシア。さすがに体力の限界が……」


「ダード。一つ言っておく。話せるうちは、まだ余裕があるということだ。ただ……どうしたものか」


 無理やり立たせて動かすこともできるが……ラシアとしては、自分から立ち上がってほしい。


 そう考えていると、声が聞こえた。


「ラシアよ。私を使うのです」(幻聴)


「リジェ姐。なるほど、そういうことか!」


 全員がどういうこと? となっていると、ラシアが再び叫んだ。


 嫌な予感しかしなかった。


「リジェネクティブハンマァァァァァー!」


 純白のハンマーが現れ、ラシアはそれを手に取って構える。


「リジェネクティブフィールド展開!」


 叫び声とともにリジェネクティブハンマーを地面へ叩き付けると、演習場一面に回復フィールドが生成された。


 ダードや新兵達の傷が癒やされ始める。


「これで動けないとは言わせないが……一つ言っておく。人は死ぬ気になれば、案外何でもできる。さて……」


 ラシアはいったんロディー達の所へ戻り、喉を潤すために果実酒を飲んでから告げた。


「第二ラウンドだ。……ただしチャンスはやろう。ノア、グオン、ティーガー、パルサーの四人を突破し、フィールドの外へ出られた者は免除してやる」


 新兵達の目つきが変わる。


 ラシアは無理だが……その四人なら可能性があるからだ。


「そして四人には、先ほど言った通りだ。一人でも逃がしたら……新兵達に混じって、私の相手をしてもらう。ダード、ビエット、エリエスは突破したら調査に付いてきてもいいぞ」


 ラシアは演習場の隅へ避難していたお兄さんお姉さんズに少し頼み事をしてから、新兵達の稽古へ向かった。


 それからが本当に大変だった。


 ダード達を含め、新兵達の心が一つになる。


 半分が死ぬ気でラシアの時間を数秒だけ稼ぎ、残りがティーガー達の元へ向かった。


 新兵とはいえ、死ぬ気になった者ほど手強いものはない。


 何人かの新兵が、ノア達四人の守りを抜いた。


 その瞬間から四人もラシアに狙われることになり、最初にグオンが宙を舞った。


 そして新兵達は、フィールドの外まであと一歩というところで演習場の中央へ叩き戻された。


 新兵達の前には、アトラス、ヘッジ、ラオメ、レクトアの四人が立っている。


「五つ。私は新兵といえども油断はしない。奥の手は必ず持っておけ。それはどんなことでもいい」


 ラシアの言葉に絶望しながら、新兵の一人がアトラスへ話しかけた。


「アトラス様! どうして!」


「私達より強い者に手加減してもらいながら、戦える機会など滅多にないからな。いい機会だ。頑張れ」


 楽しそうに笑っているので……新兵は色々なことを諦めた。


 ただ……諦めたところで何かが変わるわけでもなく、次の瞬間には宙を舞った。


「ラシアさん! 待ってほしい!」


「ノアは話す暇があったら防御か回避! それができないなら攻撃で足止め! 言葉が通じるからといって、話が通じると思うな!」


「ギャウ!」


「ラシ! ちょっと待ってんか!」


「待ってもいいが……攻撃はやめないぞ?」


「それ意味ないやろ! ぐえっ!」


「は、速い! これがラシアの本気か!」


「パルサーは目に頼りすぎだ! 後ろにも目を付けるんだ!」


「どうやって!? ぐほっ!」


 意識が飛びそうになるほどの絶妙な手加減で攻撃されるが、足元にある回復フィールドのせいですぐに回復してしまう。


「各個撃破されたら何もできない! パルサーさん、お願い!」


「分かった! 新兵! 動ける者は即座にこちらへ来い! 円陣を組む!」


「わ、分かりました!」


「誰や! ラシに酒を飲ませた奴は! おかんか!? おかんやな! というか、何で今日に限って猫怪人がおらへんねん!」


 そして新兵達が集まったが、同じようにラシアに吹き飛ばされた。


 先ほどよりはましになった程度だ。


 そんな感じでラシア達が特訓に勤しんでいる頃、宿ではリレッサ達が買い物から帰り、ハンバーグを作る準備をしていた。


「にゃんか……誰かに呼ばれた気がしたにゃ。というか、こっちにいてよかった気がするにゃ!」


「そういうのって、たまにありますよね」


「そういえば、ハンバーグを作るのはいいんにゃけど……ハンバーグってどういう意味にゃ?」


「ラシアさんは、ハンが半分って意味で、バーグが焼いたミンチ肉って言ってたよー」


「はい。ですから、買ってきたブタガエルの肉とウシムシの肉をミンチにして焼いても……ハンバーグということです」


「姫。友は豚肉と牛肉を使えと言っていましたが?」


「はい。ですから、まずは作って私達で試食します。おやっさんにも食べてもらい、人様に出せそうならラシア達に出そうと思います」


「なるほど。でしたら問題ありませんね」


「はい。ナットンはタレの方をお願いします」


「分かりました」


「まぁ、こんな高級食材を使って失敗する方が難しいにゃー。ティア、ワッチ達は皮をむいたりするにゃ」


「分かったー」


 宿では、皆が本当に楽しそうに料理を作っていた。


 一方の演習場は……そこに地獄が発生したのかと思うほど大変だった。


 ラシアとしてはまだ続けたかったのだが、デゴットとロディーには謁見やら色々と予定がある。


 そのため日が沈む頃には特訓が終わった。


 動けない者達を灰竜の背に乗せたり、自分で担いだりして、ラシアは宿へ帰還した。


 そして酒のせいで疲れていたので、特製ハンバーグを焼くのは待ってもらい、その日はシャワーを浴びるとすぐに寝てしまった。


 翌朝。


 寝て起きたからといって記憶と現実が消えるわけでもない。


「……ぐあぁぁぁぁぁぁーーー!」


 ラシアは一時間ぐらいベッドの上で悶えた後に、頭を抱えながら一階へ降りていった。


 一階へ降りると「今日は早いですね」とリレッサに驚かれ、昨日のハンバーグを焼いてもらうことになった。


 ちなみに……昨日の訓練に参加した者達は、まだ起きていない。


 鼻をくすぐるとてもいい匂いがしたと思ったら、特製ハンバーグが焼けたようだ。


 リレッサが皿を持ってきてくれた。


「ラシア、どうぞ。おやっさんにも食べてもらい、これなら大丈夫と太鼓判をもらいましたからね。おいしいですよ」


「私達も頑張った!」


 リレッサの隣にはティアとナットンもいた。


 匂いだけはとてもいい。


 だがラシアは何度も目をこする。


 目の前にあるそれは、どう見てもハンバーグには見えない。


 食べられる物なのに、食べられる色をしていないという感じだ。


 焼き上がった紫色の肉に、綺麗なピンク色のタレがかかっている。


 何というか、料理では使わないパステルカラーといった感じだ。


「何でピンク?」


 思わず言葉に出してしまったラシアへ、ナットンが答える。


「友よ。桜餅もピンクです。そんなに驚くことはないのでは?」


 そういえば食事系アイテムに桜餅があったなと思いながら、ラシアは色々と諦めて特製ハンバーグを食べた。


 食レポは……。


 味よし、匂いよし。見た目××。食感××××。


 つぶつぶではなくブツブツ。とろーりではなくニチャリ。


 前回と同じで、見た目と食感さえ我慢できればとてもおいしい食べ物だ。


 そしてそんなことがあってから無事に数日が過ぎ、ラシア達が滅びた都へ向かう日がやってきた。

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