第153話 それぞれの考え

「ストームレイ」


 ゼレストニアが魔法を使用する。圧縮されたような小さな台風が発生し、ラシアを中心に雨が降り始める。


 そして悪くなった視界の中から、幾つもの光の矢がラシアめがけて飛翔する。


 ……だが、それら全てがラシアに当たることはない。ゲームなら見切って躱すのはまず無理だが、今のラシアの体は元の世界の体とは性能が違う。


 見て考えてからでも余裕で躱せるのだ。元の世界でこの体だったらオリンピックの選手になれるなと、ラシアは苦笑しながら反撃に転じる。


「ハンマーマグナム!」


 ラシアの魔力がプラティディオンハンマーに流れ込み、そのまま振るうと凄まじい勢いで圧縮された魔力が打ち出される。


 打ち出された魔力はゼレストニアへ向かって飛翔し、凄まじい衝撃音と共に防壁を砕いた。


「私の防壁をここまで簡単に破壊するとは……貴様は本当に人間か?」


 先ほどのストームレイで大量の砂埃が舞い、ゼレストニアはその中の人影に向かって話しかける。だが返事が返ってきたのは足下だった。


「……正直、あまり自信はありません」


 先ほどの攻撃で砕けた防壁の隙間から、ラシアはゼレストニアの足を掴んだ。


「何?」


 いつの間に接近された、とゼレストニアが先ほどまで話しかけていた場所を見ると、砂埃が晴れ、そこには巨大なハンマーが立てられているだけだった。


 ラシアはそのまま、ハンマーでも振るうようにゼレストニアを何度も地面へ叩きつける。


 ゼレストニアも自身を守るために魔法障壁を張り直すが、地面へ叩きつけられるたびに障壁へひびが入る。何度目かで完全に砕けた。


「ぐはっ」


 ラシアの細い指が足に食い込み、骨にまで達しているのだろう。これだけ激しく振られても、その手が外れる気配はなかった。


 ゼレストニアの意識が飛びそうになる。ただ、ここで意識を失えば待っているのは死だけだ。


 だからゼレストニアは、自身の足を切り落とした。


 そして魔法で回復させ、ラシアに話しかける。


「……なんとも野蛮な。もう少しスマートに戦えないものかね?」


「楽にさっさと倒す方が重要なので」


 ラシアは立ててあったハンマーを手に取り、もう一度構え直す。仕切り直しだ。


 ラシアが戦っている頃、少し離れた場所ではリレッサ、パルサー、ノアの三人がセレ・ロ・ネレと戦っていた。


 ラシアと違い、リレッサ達には強烈な範囲攻撃がない。そのためセレ・ロ・ネレは何体かの天使を召喚し、盾やデコイとして使っている。


「さすがは……ローウェンテニアの神童ということですか。姫君でありながら、こちらと互角以上に戦えるとは」


 リレッサの支援により、空を走るように移動できるようになったパルサーは、セレ・ロ・ネレが召喚した天使を簡単に倒していく。


 本当ならもう少し苦戦するのだが……支援がかかっているおかげで楽に倒せる。


 天使を倒せばセレ・ロ・ネレに攻撃が届くが、そうなると反撃されて距離を取られるので、パルサーが決定打を与えるのは難しい。


 だが本命はノアだ。


 上手い具合に行動を読み、確実に魔法を当てている。セレ・ロ・ネレも魔法障壁を張るが、弱点が炎ということもあり多少のダメージは受ける。


 ただ、受けたところで回復魔法を唱えれば、焼けただれた肌は元に戻るといった感じだ。


「モンスターとはいえ、女神と言われるだけのことはありますね」


「リレッサ、どうするの? 私の魔法じゃあんまりダメージ出ないよ!」


 慌てるノアと、絶え間なくセレ・ロ・ネレへ攻撃を仕掛けるパルサーを見て、リレッサが思うのは……二人とも想像以上に強いということだ。


 確かに支援や装備の恩恵はある。だが……二人とも経験が豊富で、危険な攻撃とそうでない攻撃をきちんと見分けていた。


 リレッサの防御魔法を貫通しそうな時は避け、そうでない時は耐えて即座に反撃へ出る。


 ノアに至っては勘と言っているが……発動の遅い魔法でさえ、セレ・ロ・ネレの先を読んでほぼ確実に当てている。


 そのためリレッサは、かなり余裕を持って戦えていた。


「二人が想像以上に優秀なので、決着は近いですよ。ラシアが思っていた以上に早く終わると思います」


「でも決定打がないけど!?」


「そんなものは作ればいいんですよ」


 そう言ってリレッサが呪文を唱えると、また別の天使が召喚され、リレッサ達の戦闘も激化していった。


 ラシアがボスと戦い、リレッサが時間湧きのボスと戦う。このダンジョンで一番キツい戦いをしているのは、ティーガー達だ。


 レクトア、ラオメ、アトラス、ヘッジの四人は、一人ひとりが戦女神一体を上回る戦闘力を持っている。


 だが……虹竜に乗ったティーガーと戦女神一体は、大体同じくらいの強さだ。その次に続くグオンやフウコウとなると、個人では荷が重い。


 それより下になってくると、戦女神の方が強い。その上、この場所には全てのモンスターが集まっている。


 だから想像以上に苦戦を強いられていた。さらにもう一つ、不利になる要素がある。


「なかなかにきっついな! グオン、フウコウはダード達を守っとけ!」


「分かってるにゃ!」


「分かっているが、そっちは大丈夫か!?」


「無理や!」


 レクトアは一番後方に下がり、皆に支援を飛ばしている。ラオメ、アトラス、ヘッジは三人で四体の戦女神と数体の天使を相手にしているので、本当に余裕がない。


 ティーガーは、シエルオーテスと二体の天使が相手だ。これが本当にキツい。


 実力は拮抗しているか、ティーガー達がわずかに上回る程度だ。そのためグオンやダード達がピンチになっても、助けに行けないのだ。


 その上で最悪なのは……倒しても別の場所で復活し、すぐに戦線へ戻ってくることだ。


 ティーガーも何度も天使を倒している。足下には魔石が大量に転がっているが……すぐに倒された天使が戻ってくる。


 全員の疲労が溜まり、怪我が増えていく。


「即座に復活し、戦線に戻れる戦い方というのも、なかなかに悪くはないな」


「さすがに卑怯やと思うわ! 消耗するのはこっちだけやんけ!」


「確かにな。だが先ほど、卑怯もへったくれもないと言っていなかったか?」


「言うたな! けどな、言うのとやられるのはまた別の問題とちゃうか?」


「ああ……自分がやるのは良いが、他人にやられるのは嫌だというやつか」


「まさにそれやな! ソニックブレイド!」


 ティーガーの大剣が青白く発光し、そのまま横薙ぎに振るうと、シエルオーテスに向かって斬撃が飛んでいく。


「リフレクションシールド」


 だが、その斬撃は簡単に受け止められ、スキルによって二割がティーガーへ向かって反射される。


 距離があるので、反射されたところでティーガーも躱せる。だが相性の問題もあり、ティーガーからすれば鬱陶しいことこの上ない相手だった。


(あかんな。まともに相手しても無駄やな。倒したところで復活するし……ここは耐えなしゃーないか……)


「今は拮抗しているが……向こうの連中が潰されれば、こちらに流れ込むぞ? ゼレストニア様が負けるのが先か、連中が死ぬのが先か……」


「……自分、ホンマに周り見てんな。自分の親玉がラシに勝てんと思ってるのは、さすがやと称賛したるわ」


「あれの強さは知っているからな」


 早めに倒さんと、なかなかにピンチやで! とティーガーが思う頃には、ラシアとゼレストニアの戦いも決着に向かっていた。


 先ほどと少し似た形で、ラシアはゼレストニアの胸ぐらを掴み、そのまま床へ叩きつけて押し込む。


 あまりの衝撃に床は砕け、その体が埋まった。そしてそのままラシアはスキルを使用する。


「クラックフォール!」


 浮いている相手には全く効果がないが、床に埋め込んだ状態なら効くと考えて使用したのだ。


 結果として自身の腕も巻き込まれたが、隆起した床がゼレストニアを飲み込み、その場に固定した。


 ラシアの腕も隆起した床に巻き込まれて怪我をしたが、これ以上時間をかけている余裕はないので、そのまま攻撃へ移る。


 ただ全力は出せない。ここは空の上にある城だ。城ごと破壊したら、本当にどうなるか分からない。


 ただゼレストニアと戦ったことで、どの程度の攻撃なら仕留められるのかは、なんとなくだが分かった。


「ステイク……パルス……エシュピー……! コル・クール・パル!」


 半透明の杭が、動けないゼレストニアの上に現れる。


「ハンマーコンタクト! ゼレストニアよ! 空に還れ!」


 プラティディオンハンマーをスキルによって強化した後、ラシアはその杭へ向かってハンマーを叩き込む。


 杭が突き刺さった瞬間、ゼレストニアの体は光の粒子となって消えていき、ラシアの勝利が決まった。


 そしてそれと同じ頃、リレッサ達の戦いも決着を迎えていた。


 セレ・ロ・ネレの敗因は、パルサーとノアに注意を向け、リレッサを支援役だと思っていたことだ。


 パルサーの攻撃を躱し、ノアの魔法を召喚した天使達を身代わりにして防ぐ。そこで一度攻撃が終わると思っていたタイミングで、リレッサがいつの間にか最上位天使を召喚していたのだ。


「いつの間に!?」


「いつでしょうね? ノアやパルサーに気を取られすぎですよ」


 リレッサが召喚した最上位天使は、セレ・ロ・ネレを串刺しにした。その体は光の粒子となって消えていき……リレッサ達も勝利した。


「なるほどな……やはりローウェンテニアの死神は桁が違うといった感じか。それに姫君やお前達が戦えると分かったのも収穫か。よい、お前達。下がれ」


 ラシアとリレッサ達の戦闘結果を知ったシエルオーテスが手を上げると、戦っていた戦女神や天使達は一斉に上空へ退いていった。


 そして手を叩きながら賞賛を送る。


「おめでとう。今回はお前達の勝ちだな。敵ながらに賞賛を送らせてもらおう」


「そう言うんやったら! もっと感情込めて言わんかい! ちゅうか逃げんなや!」


「死神の相手をするのは怖いのでな。ここでさよならさせていただく。では、また会おう」


「こんなクソダンジョン二度と来るか!」


 頭から血を流しながらも文句を言うティーガーを見て笑い、シエルオーテスは戦女神や天使達を引き連れて雲の中へ消えていった。


 死者は誰も出なかったが……怪我人はかなり出た。ティーガーも頭から血を流しているし、グオンも右腕の肘から先がなくなっている。あそこで引いてくれていなかったら……確実に死人が出ていた。


 ラシアは安堵の息を吐き、リレッサに回復を頼んだ。全ての傷が元通りになると、ラシアは大きく息を吐いてその場に座り込んだ。


「あー疲れた……今までのダンジョンで一番しんどかった」


 ラシアの呟きに全員が疲れ切りながら同意し、超級ダンジョンに入ったことのあるアトラスが言った。


「モンスターの強さもあるが、戦い方を学び、人のように対応してくる。この天空の城は超級並みの難易度がありますなー。疲れた」


 そう言ってアトラスもその場に座り込むと、全員の気が抜けたようで、皆がその場に座り込んだ。


 皆の視線の先には、帰還用ポータルが出現していた。これでこのダンジョンは踏破したということになる。


 そしていつ天使達が襲ってくるか分からないので、少し休憩した後、さっさと魔石などを回収して全員無事に冒険者ギルドへ帰還した。


 ……


 それを雲の中から見ている者達がいた。もちろんシエルオーテス達だ。


「ふむ。あれが出口といったところか……」


「どうする。入ってみるか?」


 ソールシエンテがそう言ったところで、帰還用ポータルは消えてしまった。


 そしてボスモンスターであるゼレストニアが復活したので、シエルオーテス達はその場へ向かい、膝をついた。


「そこまで畏まらなくてもよい」


 そう言われたシエルオーテスは顔を上げ、ゼレストニアが倒された後のことを伝えた。


「私が倒されて復活するまでには、少し時間がかかるな。セレ・ロ・ネレはまだのようだが……どういうからくりだ?」


「他の場所で復活した気配はありませんので、もしかしたら時間がかかるのかもしれません」


「ふむ。我々との違いは何だろうな」


 出口は見つかった。問題は、どうやって出るかだ。


 シエルオーテス達が考えるのは、ゼレストニアが倒されることが、帰還用ポータルが現れる一つの引き金だということだ。だが、自分達が畏怖し従う者を殺すことはできない。


「一度、我が死んでみれば話は早いが……復活できない可能性もあるか」


「はい。私達では故郷に戻ることはできません。今回のような無茶は避けていただけると……」


「分かっている。この世界の外があることは、大昔に召喚された天使がいたことで分かってはいたが……ローウェンテニアの死神がいるとはな。シエルオーテス。これから先、どう考える?」


「出口があったのなら……入り口もあるはずです。まずはそこを探した方が良いかもしれません。先ほどの連中も、そこから入ってきたのでしょう。この広大な空のどこかにあるはずです」


「なるほどな……あの竜の木を調べるのも、一つの手かもしれないな」


 ゼレストニアは戦女神達へ命じる。


「この城での戦いの結果を調べた後、部隊を編成し、今言ったことを全て調べよ! 時間はこちらの武器だ。いくらかかっても構わない」


「はっ!」


 主の命を受けた戦女神や天使達は、すぐに行動を始めた。この世界から出られると信じて。

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