第105話 ギュスターブ

「パルサーさん! 大丈夫ですか!?」


 ラシアに庇われ、ようやくその言葉で我に返ったパルサーは、大丈夫だと返事をして立ち上がる。


 少し顔は赤いが足下はしっかりしている。大丈夫だと思いラシアは目の前にいる白ナマズに向き合うと、横から声がする。


「ラシア……こいつはヤバいぞ」


「はい……たぶんこの白ナマズがギュスターブでしょうね」


 ラシアの背に嫌な汗が伝う。この白ナマズの攻撃を流した手がまだジンジンしている。今まで戦ったモンスターでは、ダメージを受けることはあってもこんなことは無かった。


 それに何というか圧が違う。パルサーやティーガーも強者だろう。だがここまで危ない感じはしない。Zランクには出会ったことはないが、Xランクのガーゼンでもこうはならなかったと思う。


 なのに目の前の白ナマズからヤバい感じが届く。こんな奴が何匹もいるはずが無い。


「パルサーさん。騎士達に指示して少し下がってください。私に何かありそうなら、気にせず帰還石で撤退を」


 先ほどのことで自分がギュスターブに勝てないのは分かっている。だからパルサーは分かったとだけ伝えた。


 ギュスターブもラシアが危ないというのは分かったのだろう。弾かれた手を見るような仕草をし、ラシアへ視線を戻す。


 助けに行かなかったらパルサーは危なかった。確実に死んでいる。投擲された時に思ったが、ここでラシアの次に強いのは確実にパルサーだ。


 グオンでは勝てない。ノアは魔法職なので近接は無理だ。そうなってくるとクランメンバーは防御一択。


 ラシアは大きな声で指示を出す。


「グオンさんは皆を守りつつ防御一択! エリエスさんはアースアーマー! パドロワさんは全員にホーリーエンチャント! 全員、固まって防御に徹してください!」


 普段、大きな声を出さないラシアが大声を出したので事の重大さが分かったのか、クランメンバーはすぐに行動する。


 ギュスターブはまだ様子を見ている。元は人間だ。さっき攻撃を弾いた時、武器は持っていなかった。ラシアにはなんとなくだが、職が分かる。


 それを確かめるために、ラシアは先制する。


 直線上に人がいないのを確認してから、ゴルフでボールを打つように地面を思いっきりぶっ叩き、表面の土や石などをギュスターブに向けて飛ばした。


 並みのモンスターならこれだけで終わるが……ギュスターブは流れるように手を動かし、胴体や顔に当たる部分のつぶては全て流した。


 そして流しきれず足をかすめた傷には回復魔法を使い、すぐに修復する。


「ぶぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ…………」


 気味の悪い鳴き声を上げるが、ラシアは目を離さない。


 今ので分かった。このギュスターブが人間だった時の職だ。


 ディーコンからプリーストになる時に枝分かれする、もう一つの聖職者の職。ラセツだ。


 ディーコン→モンク→ラセツになる。


 回復魔法も使え、武器を装備しない代わりに素手による攻撃が多彩な職だ。先ほど攻撃を流したのは、矢払いの型とかそんな感じのスキル。物理遠距離を無効化する。ただ動きながら使用できないので、足に怪我をしたのだ。


 たぶんだが……ラシアが恐れていることが起きている。それを確認するためにももう一度攻撃を仕掛けた。


 接近し、ブラッドナイトに教えてもらったように大振りではなく小さくハンマーを振り、攻撃を仕掛ける。


 レベル、職のレベル共に最大だ。並みのモンスターなら相手にならないはずだが……ギュスターブは致命傷を避け、ラシアの攻撃を受け流す。


 傷を受ければ回復させ、時にはラシアに反撃をする。


 そしてラシアのちょっとした大振りを狙われた。


 ラシアの腹部に優しく手が触れた瞬間、津波のような衝撃が全身を巡り、ラシアは吹き飛ばされた。


「ごふっ……」


 致命傷では無いが……口の中には鉄の味がする。


「発勁掌か……」


 モンクが覚えられる技で攻撃力は低めだが……防御力無視という特性を持った技になる。


 今の攻撃でラシアは確信した。ディザスターナイトの自分と、ラセツ程度の白ナマズがやり合えるのか……答えは、このギュスターブがレベルの上限を超えているということだ。


 ゲームならレベルの上限は必ずある。上限がないとゲームが成立しないからだ。


 だけどこの世界は現実。それに白ナマズは少し特殊なモンスターだ。他の魔物のように進化する訳ではなく、プレイヤーと同じように経験値でレベルが上がる。


 だから……職がラセツのような中位の職でもラシアと戦える。


 ラシアのレベルが100と考えても、ギュスターブはそれより確実に高い。


 ラシアはまたすぐに距離を詰める。ここでこいつを逃がすとどうなるか分からないからだ。


 長く生きている白ナマズはこうなる脅威がある。


 大昔に騎士と聖騎士が取り逃がし……ギュスターブは知恵をつけた。少人数でいる者を狙い、同族を食し、長い時間をかけて力をつけていった。


 もうモンスターだから新しくスキルなどは覚えられない。スキルということも忘れてしまったのだろう。


 だけど……何十年とかけて生き残った力と知恵がある。


 この森では自分より強い者はいなくなった。それを確信したから人前に出て来たのだ。


 元々、ラセツは職の補正で武器を装備しない代わりにHPとMPの補正がかなり大きい。その上で身体強化や回復魔法が使え、レベルは上限を突破している。


 ラシアがこの世界に来て戦った相手の中でも、最も強いと言っても過言では無い。


 ギュスターブもラシアが強いのは分かっている。だから、頭や体といった急所は何を犠牲にしても確実に守る。手足が無くなってもまた生やせばいいのだ。


 ラシアが装備しているルインブレイカーでは、素早いギュスターブを追い切れない。


 だから一瞬だけ隙を作る。


「クラックフォール!」


 地割れが発生し、一瞬だけギュスターブの足を拘束する。その間にラシアはルインブレイカーからメテオドライブハンマーに持ち替える。


 メテオドライブハンマーは攻撃速度上昇の効果があるので、他のハンマーよりは攻撃速度が速い。


 すぐに振りかぶりギュスターブを殴ろうとするが、もう拘束から抜け出している。


 ラセツの職はこういう拘束系のスキルにも耐性があるし、ギュスターブが異常にレベルが高いのも原因の一つだ。


 周りの者達は見ていることしかできない。近づくと巻き込まれるからだ。人質や肉壁のように使う知恵もあるだろう。だから近寄れない。


 ラシアもラシアで本気は出せない。周りに人がいるのもあるが……ラシアの技は基本的に大技だ。いきなりスペシウム光線を撃って当たるような敵ではない。


 ラシアの鎧が赤く染まっていく。致命傷はないが……ギュスターブと同じだ。ラシアも少しずつ削られていっている。


 だけど……ラシアには回復魔法は使えない。リジェネクティブハンマーで回復フィールドを形成しても、ギュスターブも回復するのだ。


 少しまずいなとラシアが思っていると、ノアが大きな声を出した。


「よし! 読めた! ラシアさん、そいつを右後ろに飛ばして! エリエス! お願い!」


「はっ、はい!」


 後ろにいるノア達が何を言っているのかは分からなかったが、それをできる程の余裕はあったので、ハンマーの柄でギュスターブの顎をかち上げた後に腹部に蹴りを叩き込み、言われた位置へと蹴り飛ばした。


 そしてそのタイミングでエリエスのマッドフィールドが展開され、動きを封じられる。


「はっはっはっは! ギュスターブ君。君の不幸は私に出会ったことだよ!」


 と、ノアが言うとそこに来るのが分かっていたかのように……空から炎が降り注いだ。


 スターフォール。


 ノアが覚えた新しい魔法だ。ラシアに借りたローブのおかげで凄まじい火力となり、ギュスターブを焼いている。


 あまりの熱量に、マッドフィールドから抜け出すことも忘れてもがいている。


 そしてノアが声を出す。


「流石にラシアさんにそこへ入ってとは言えないから! パルサーさんお願い!」


 そう言われてパルサーはすぐに分かったのだろう。槍を構えて即座にギュスターブに向かって槍を投げた。


 凄まじい勢いで投げた槍は炎を消し飛ばし……そしてギュスターブの首を飛ばした。


 ラシアがよく警戒していることだ。強いだけなら倒し方などいくらでもある。その方法を仲間達が実践してくれたのだ。


「ふぅ……」


 ラシアは大きく息を吐き出してその場に座り込むと、仲間が駆け寄ってくる。騎士達はギュスターブを確認し、もしものことを考えて心臓にも刃を突き立てている。


「ラッ、ラシアさん大丈夫!?」


「回復魔法を使える者を呼んでこい! ……ラシア。大丈夫か? 助かった」


「いえ、どういたしましてですが……皆さんありがとうございました。こちらも助かりました」


 そして救護兵が来る頃には、少し夜が明け始めていた。

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