第73話 皆が間違えた。


 ラシアのことがバレて、セレットからは変な汗が噴き出す。


 だが……いくら自分の師といえども、まだカマをかけている可能性がある。だから迂闊には肯定しない。


 できる範囲で、ラシアを守ってあげたいからだ。


「さぁー? どうしてそう思ったんですか? ラシアちゃんはまだBランクの冒険者ですし、似てる特徴は髪ぐらいじゃないですか?」


「まどろっこしいのは嫌いでね。これを見な」


 それはセレットも見たことがない魔道具で、水を張ったお盆のような物だった。


 セレットがそれは? と尋ねると、ガロニアは見た方が早いと言った。


 そして、いくつかの小瓶に入れられた物を取り出し、そのお盆に浮かべる。


 一つ目は小さな水晶の欠片、二つ目は砂のような物、最後の一つは長い綺麗な髪だ。


 お盆の水は入れ替わる度に色が変わるが、全てが綺麗な金色をしていた。


「これは魔力の色を見る物さ。私が昔に作って放っておいた物を手直しした。一つ目に入れたのは水晶の泉の欠片。二つ目は灰の砂漠の砂。三つ目は……」


「流石に先生でも、女の子の髪の毛を持って帰るとか気持ち悪くないですか?」


「別にセレットに気持ち悪がられても何の問題もない。最後の一つは、あんたの宿で採取したラシアとかいう女の髪だ。この魔道具は、全く違う物なら違う色になる。三つとも同じ金色なら、ラシアが白の騎士だよ」


 そう言って自分の髪を入れると、水は濃い青へと切り替わった。


 これはもう駄目だなと思い、セレットは大きくため息をつく。


 そして、白の騎士を知ってどうしたいのかと質問した。


「そうだね……まずはどうやって水晶の泉を作ったのかが知りたい。後は灰の砂漠もだね。大公の娘を助けたとかはどうでもいいんだよ」


 セレットは色々と駄目だなーと思う。


 セレットの中で、ラシアの人付き合いは1か0か-1だ。0の幅が異常に長い。


 自分やティア、旦那は1だが……弟子やその他の他人は0。悲しいがノアもたぶんここだ。


 ただ、0が悪いわけでもない。困っているなら助ける。それがラシアにとっての0だ。


 セレットは偶然だが見たことがある。


 宿の近くの溝に荷物が満載された馬車がはまっていて、商人が困っていた。ティアが注意を引き、その間にラシアが片手で持ち上げて……すぐに逃げた。


 驚くより笑ってしまった。だからラシアは、人付き合いが0までなら助ける。嫌いと思う人もここに収まるはずだ。


 だけど-1になると、もう人ではない。モンスターと一緒の扱いだ。


 ラシアはよく、人とモンスターの違いを悩んでいる。ここに区別される人間はいないだろうが……もしいたら敵だ。


 二度と0に上がることもないだろうし……もしかしたらラシアは殺すだろう。見た目は人でも、中身はモンスターだから。


「ふぅ……合ってますけど、付き合い方を間違えたら……色々と駄目ですよ。先生は特にそういう所が多いんですから」


「そう思って、ファーストコンタクトは弟子達に任せているよ。まぁ血の気は多いが、Xランクもいるし問題ないだろう」


 どうして私を通して話をしなかったのだろうと思う。暴力になったら……ラシアの独壇場だ。一人で月齢の王を倒す人物なのだから。


「私が先生とお慕いするのも、今日で最後になるかもしれませんねー」


 ことの深刻さが分かっていないのか、ガロニアはそれは残念だと笑うが、セレットは何もないことを祈った。


 その頃、ガロニアの弟子やその護衛達は宿に近づいていた。


「ベニユッド、そのラシアとかいう女が白の騎士なのか?」


「はい。ガロニア様が言うにはそうなのですが……」


「ですが……?」


「どう考えても、人ができることの限界を超えているように思います。ですから私的には、私達が知らない魔道具が原因ではないかと考えています」


「なるほどねー」


 そう話す男達の片方はガロニアの弟子で、自身も冒険者としてAランクと言われ、セレットをも超えると言われている者だ。


 そしてもう片方は、Xランクで活躍するガロニアの護衛だ。


 護衛の男が腕を組み、考え、ベニユッドに告げた。


「本当に弱い奴なら婆さんも相手にしねーし、興味もないだろう。少し試してみるか?」


「流石にそれは……」


「何、殺し合いをしようと思ってるわけじゃねーよ。俺も噂の白の騎士が気になるからな。一度戦ってみたい」


 ベニユッドは考える。


 アイテムに頼ってあの現象を起こしたのなら、この護衛の男にすぐ倒されるだろう。強ければ、あの力の片鱗が見えるかもしれない。自分も戦えるし、身を守ることもできる。


「何か策はありますか?」


「おう」


「ずぅーうぇったいにやめといた方がいいと思うにゃー……私は離れて見とくにゃー」


 獣人の仲間がそう言うが……本当に駄目な方へ話は進んでいった。


 その頃、ラシアはおやっさんに調味料を買ってこいと言われ、露店に向かっていた。


 パルサーとグオンはギルドに戻るので、途中まで一緒に歩いている。


「前に来た時も思ったが……なかなか良い宿じゃないか。おやっさんも元は冒険者か?」


「製造系の職だとは思うけど、かなり戦えると思いますね。なんとなくだけど、結構強いと思いますよ」


「姐さんにあれ買ってこいとか言えるぐらいですから、現役時代は相当なもんでしょうな」


「性格の問題じゃないですかねー」


 そんな話をしながらギルドに着いたので、三人はそこで別れて、ラシアは露店の方へと向かった。


「……しまった。姫様のところに行って、ティアちゃんについてきてもらったら良かった」


 そしてラシアが露店で悪戦苦闘している頃、宿の方で動きがあった。


 ダード達がおやっさんと世間話をしているところだった。


 そこへ、ドアを蹴り破ってガロニアの弟子達が入ってきた。


「よう。おっさん。ここにラシアとかいう白の騎士がいると思うが、何処行った?」


「あん? ガロニアの所のクソガキか。口の利き方も知らん奴に答える義理はねーな」


「言わなけりゃ痛い目を見てもらうって言ったらどうする?」


「……そりゃやり返すわな。ここは食堂だ。ついてこい」


「おやっさん。俺達も加勢するぞ」


「おう。食った分働け」


「威勢の良いガキは何処にでもいるな! 遊んでやるか!」


「ガーゼン。やり過ぎはいけませんよ」


 分かってるよと言って軽く手を上げ、ガーゼンと呼ばれたXランクの男は、その仲間と共に宿の中庭へ向かっていく。


 おやっさんは冒険者時代に使っていた斧を取り出し、ダード達も戦闘態勢に入り、戦いが始まった。


 ラシアはようやく買い物を終え、宿へと向かっていた。


 どうして人と話すのはこうも疲れるのだろうかと思うが……自分の中で答えは出ている。


「心の傷は時間が癒やしてくれるとか言うけど……嘘だな……なんだ?」


 過去のことを思い出してかなり嫌な気持ちになっていると、何か嫌な感じがラシアを覆う。


「宿で何かあったのか?」


 ラシアは急いで宿へと向かった。


 悪いことは重なる。


 ラシアが走ったタイミングで、ティアが先に戻ってきた。知らない人達に、おやっさんが組み敷かれていた。


 ティアは慌てて、おやっさんの上に座るガーゼンに駆け寄る。


「何してるの! お父さんを放して!」


「おー元気なちびっ子だな」


「ティア! 危ないから離れてろ!」


 ガーゼン達はラシアの力を見るために来た。


 ティアは自分の父親を助けたかった。


 ダード達は気を失っていた。


 ガーゼンの払った手が、上手くティアに当たり、ティアは宙を舞った。


 上位冒険者の身体能力は、普通の人間を遥かに凌駕する。だから人との距離には、本当に気をつけなければならない。


「ティア!」


 そう叫ぶおやっさんの声を遮るように、何かが切れる音がした。


 …………


 ラシアが中庭に抜ける扉を開けた瞬間、ティアが空を舞っていた。


 その光景は、ラシアが子供の時に見た光景と重なった。


 小さな女の子だった。自分のことを兄と言ってくれる、可愛い女の子だった。


 だけど……奪われた。


 飲酒運転だった。


 自分の手を引いて先を歩いてくれる妹は、目の前から消えた。


 一度も謝りに来なかった。家族はバラバラになってしまった。


 その時の光景と重なった。


 どうして妹の葬式に来なかった? 一度も謝りに来なかった?


 ……それは、この世界に来たことで分かってしまった。


 モンスターだからだ。見た目は人だけど、中身はモンスター。


 だったら倒さないといけない。自分に迷惑がかかるのは我慢できても、優しい人に迷惑がかかるのは駄目だ。知らない人でも駄目だ。


「クラックフォール」


 知人達を拘束している人型モンスターを即座に拘束し、一瞬だけ隙を作る。そのチャンスに、聖銀鋼の鎧を身にまとう。


 鎧も相手をモンスターと認識しているのだろう。生き物のように、即座にラシアの体に張り付く。


「おい! ラシアやめろ!」


「いいね! やる気満々か」


 即座におやっさんに乗っているモンスターを蹴り飛ばし、おやっさんを自由にする。


 そしてティアに近寄ると、気を失っていたが無事だった。


 おやっさんにティアと回復薬を渡し、モンスターに向き合う。蹴り飛ばしたモンスターは動けるようになったが、他はまだ拘束中だ。


 何をしてくるか分からない。先に武具を破壊する。


 ラシアはルインブレイカーを地面に置き、サポートウェポンを使用する。


「ディスラクシオンツール」


 幾何学模様が描かれた小さな鎚が、ラシアの前に浮かび上がる。そして少し光った後にバラバラになり、ルインブレイカーに装着される。


 ディスラクシオンツールはハンマーのサポート武器だ。太陽剣と同じような物だが、少し性能が違う。


 ツール自体を強化することができ、それを装着した武器に強化値を足す。


 ラシアのディスラクシオンツールは+10だから、ルインブレイカーも+10に強化される。そして+10になったことで、武器破壊の能力がパッシブからアクティブスキルに切り替わり、範囲内の武器防具を破壊できるようになる。


「まぁ対人用のスキルだけど、モンスターも武器持ってるし試してみるか」


「何をごちゃごちゃと! 次はこっちの番だぞ!」


 モンスターが何か言っているように聞こえるが……ラシアは上手く聞き取れない。


 大剣を持って飛びかかってきたので、簡単に手を掴み、軽々とその攻撃を止める。


「なっ!?」


 そしてそのまま握り潰した。灰色の液体がラシアの瞳に映るが、モンスターだしそんなものだろうと思う。


 なにか周りのモンスターも、恐怖に怯えているようだった。


「そういえばダンジョンのモンスターって怯えないよな? まぁいいか」


 ラシアはルインブレイカーを手に取り、構える。


「アーマメルトクラッシャー」


 ラシアがルインブレイカーで地面を叩くと、中心に何の変哲もない衝撃波が発生する。そして一番近くにいたモンスターの武器や防具から、ボロボロと崩れ去っていく。


 服も防具に入るのでは? とラシアは思う。だが服などは残り、モンスターが身につけていた全ての武具は塵となった。


 ダード達が身につけていた物も塵になったので、これは後で土下座だなとラシアは笑う。


 オリスメニタを倒して魔石が出るのは確認済みなので、町中でも手に入るだろう。


 後は倒すだけ。一番近くにいたモンスターに向かって、ラシアはハンマーを構える。


 そのタイミングで声が聞こえた。


「ラシアちゃん待って!!」


 声の方向を見ると、驚いたセレットと、知らない……モンスターがいる。老婆? のようにも見える。


「おい! ばばぁ! 逃げろこいつはやべー!」


 ……ああ。モンスターが何かを言っているので、仲間を呼んだのか。たまにそういうモンスターいるよねとラシアは笑う。だけどこれは現実だ。セレットを人質に取られてはかなわない。


 即座に接近し、その土手っ腹に思いっきり蹴りを叩き込む。蹴り飛ばされた体は、宿の壁に叩きつけられ大きな穴が空く。


 そこまで強いモンスターではなかったようで、今ので気を失ったようだったが……


「お? ……なんか障壁みたいなのあったな。軽減系のアクセか?」


 体術系のスキルは取ってないので、流石にハンマーのようにはいかないなと思う。


 後はとどめだ。


 先に蹴り飛ばしたモンスターに近寄り、ラシアはハンマーを掲げる。


 そして振り下ろそうとしたタイミングで、ラシアの横腹に温かい衝撃があった。


「ラシアさん! 私はだいじょぶ! 大丈夫だから! もうやめて!」


「あっ、あれ? ティアちゃん。どうして泣いてるの? モンスターは倒さ……ない……と」


 そこでラシアは意識を失った。

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