第36話 実験開始
右良し、左良し、気配良し。
ラシアはおやっさんに聞きたい事があったので、宿の気配を探っていた。
おやっさんがノアのお母さんと再婚して一階に小規模の魔道具屋を開いたため、お弟子さんがついてきたり道具目当ての客が増えたからだ。
ラシアの体はLv100だけあって本当に凄い。
集中して研ぎ澄ませば、二階の自室にいても一階の気配を探れる。
樹海で遭難して数日が経った頃からできるようになったといった感じだ。
「数え切れない夜が私を強くした!……」
実際は数日だったなーと思いながら別の事を考える。それは、この気配を探る感覚が急に身についたからだ。
調べ方は分からないが……一つ思っている事がある。もしかしたらレベルアップなのかもしれないと。
ゲームだと上限の100まで上げきって経験値も溜めきってあるから上がらないが、現実だと上限はあるのかという話だ。
その事について、ラシアは三つの可能性を考えている。
一つは今言ったようにレベル101。
もう一つは気のせい。
最後の一つはこの世界でのレベル。
ゲームのレベルは100だが、この世界初心者のラシアはレベル1。この世界でのレベルが上がった、そんな感じだ。
ラシアはこの気配を追えるようになる前にビエットと話していて、アーチャーのスキルであるフォーカスアップというパッシブスキルの事を考えていたので、もしかしたらそれを覚えてしまったのかといった感じだ。
ただ、ステータスウィンドウを開けないため確認はできない。この体が凄いので前からできたのかもしれない。握力が凄いとかその辺の延長という可能性もあるからだ。
(ただ……レベルアップと考えたら次はないな。必要経験値で考えたら恐ろしいほどいる。異世界に来て戦って、樹海でもずっと戦ってようやく1上がったって感じだからなー……)
そんな事を考えていると人が減ったのが分かる。ラシアの新しく手に入れた力の使い道は、人よけだ。
話しかけられそうになったら感じて先に逃げる。だからおやっさんの新しい奥さんでありノアの母親とは、お礼を言われた時くらいしか話していない。
それでいいと思いながら、ラシアは一階のおやっさんの所へ行く。
気配どおり、ティアがテーブルの上で勉強し、おやっさんは皿洗いをしている。
「ラシアさん。おはよー」
「もうお昼前だからおそよーだね。おやっさん、ちょっと聞きたい事あるけどいい?」
「ティアに変な事教えんな。というか……あいつがお前ともっと話したいとか言ってたぞ」
ノアのお母さんの事である。ノアを助けたお礼はもう聞いたし……錬金術の事は聞きたいのだが、そろそろラシアの他人と話せるキャパシティがオーバーしそうなのだ。
「ティアちゃんとおやっさんと受付のお姉さんで私の世界は回るから大丈夫。知らない人と話すのはとても勇気がいるんですよ、おやっさん」
「お前それでよく子守しながら樹海抜けたな」
「そりゃー命かかってたらできますよ。日常では命かかってないので」
「じゃーラシアさん、命かかったらおばさんとお話できる?」
「ティアちゃん。命がけで会話する事ってないからね」
そう言ってラシアは飴を取り出しティアにあげて頭をなでる。
そんなラシアを見ておやっさんは思う。そのコミュニケーション能力を他の人に少しでも出せば簡単に会話が成立するだろうと……。
「それで? いっつも人が少ない時狙って話に来るが……今日はなんだ?」
「そうそう。それでおやっさんよ。武器の精錬ってどんな感じかと思って」
ラシアは炭坑から取ってきた武器強化のアイテムを取り出す。
ブロン鋼、シルバ鋼、ゴルディ鋼、リハル鋼の四つだ。
おやっさんは久しぶりに見たなという感じで手に取り、懐かしそうにそれを眺める。
そしてラシアは王都で色んな武器を見てきたが、武器が強化されていないような気がしたので、その事をかいつまんで説明した。
「お前……たまに思うがわりと常識知らんよな?」
「常識とは、18歳までに身につけた偏見のコレクションである……って聞きましたよ?」
「誰からだよ!」
「えっ……偉い人」
「俺が冒険者やってる時から少ないが……武器を鍛える奴は少ないぞ」
「うえっ!?どうして?」
ラシアは本気で驚く。武器を強化すれば単純に攻撃力が上がる。それに特殊武器なら+10になるとスキルが発生するからだ。
リジェネクティブハンマーなら未強化ならヒールだが、+10まで行くとサンクチュアリというHP回復のフィールドを生成する。
イレイザーハンマーなら、ヴォルケイノブレイクとコキュートスブレイクという二つのハンマーを10にする事で、二つの能力を持つ一つのハンマーができる感じだ。
特殊能力がない物も多いが、0と10では攻撃力が大きく違う。
そう考えながら話を聞くと、おやっさんの言う事ももっともだった。
単純にブロン鋼やシルバ鋼を売って、その金で上位の武器を買った方が強い。
果物ナイフの+10よりダガーやショートソードの未強化の方が強いといった感じだ。
ブロン鋼やシルバ鋼は魔道具の制作や日用品の補修に必要なので需要はかなりあり、買い取りは安定して金になるとの事。
「でも鉱山のダンジョンに人いなかった!」
「鉱山で採れるからな。ブロン鋼って言っても要は鉱石だからな。鉱山で採掘した方が早い」
「リハル鋼は? 珍しいと思うけど……鉱山で取れる?」
「そいつは悪魔の鋼って言われてるから基本的に欲しがるヤツはいないぞ」
悪魔の鋼とはなんぞや? と思いその事を質問すると、ゲームと同じでそこから武器防具が壊れる確率が発生するのでそう呼ばれるとの事。
「少しは切れ味が上がるかもしれんが……ぶっ壊れたら直せんからな。しかもリハル鋼は魔道具を作る時に使うから売った方が金になる」
「分かるんだけど……+10目指そうぜ。ロマンだろロマン」
「夢で飯は食えんからな……というか10段階まで行くのか? 俺が使ってたのは8までだったが……」
「リハル鋼は8まで。それ以上はヒヒイロ鋼がいる。その辺って売ってないの?」
元冒険者の血が騒ぐのか、おやっさんも気になっていたのとラシアもその辺が詳しく知りたいので、アイテムバッグの中から七色に輝く鋼を取り出した。
「これがヒヒイロ鋼。なんだけど……おやっさん知らない?」
「見た事ねーな……いや、一回ある。俺が冒険者やってた時に一回拾った事あるな。どっかいったが……」
「上級でも低確率だからそんなに見ないかも……これで鍛えたら10まで行く感じ」
やはり元冒険者の血が騒ぐのか、おやっさんはヒヒイロ鋼を手に取り、ティアと一緒に興味深そうに眺めていた。
おやっさんも知っているのが分かったのでラシアは続けて鍛冶について質問する。
ゲームだと鍛冶屋に持っていくか鍛冶職のブラックスミス等に頼むと、レベルに応じて成功率が変わり強化してくれる仕様だったので、この世界だとどう強化するのだろうというのが疑問だ。
「鍛冶屋でもやってくれるが……誰でもできるぞ」
「What?」
「何処の国の言葉だよ……金床とハンマーあったらできるぞ。家にはないが」
「持ってるからちょっと見せて!」
そう言ってラシアはアイテムバッグの中から王都で買った金床と鍛冶用のハンマーを取り出し、おやっさんに見せる。
が……変な生き物を見る顔をされる。ティアもおかしな顔でラシアを見る。
「え?これと違うの!?」
「……なんで持ってるんだ? というのは聞かないが。一つだけ言わせろ。大の大人が持てない金床を片手で持つな。それ鉄の塊だぞ」
ラシアはすぐに床に置き、すっごい重たかったと付け加えた。
おやっさんもティアも大人だったようでそれ以上の追及は無かった。
「じゃあ!おやっさん。なんかカンカンしてみてって思ったけど武器ある?」
「棍棒でも強化できるんだからなんでもいいが……」
と言ってから奥に入って行き、少し欠けた包丁を持って戻って来た。
「強化したら欠けたとこ直るからこれ直していいか?」
「全然どーぞ。壊れる所も見たいから壊れてもいいやつで」
「リハル鋼は売れ。お前金欠だろうが!」
おやっさんは金床の上に欠けた包丁を置き、その上にブロン鋼をのせる。そして左手で包丁を支え、右手に鍛冶用のハンマーを持ち叩き始める。
熱などは無いが叩く度に音と光が発生し始める。
そしてブロン鋼と包丁が一つになると光が収まり出来上がりだ。
欠けていた包丁は本来の姿を取り戻し、輝きを増していた。
「こんな感じで誰でもできるぞ」
「なるほど……よしおやっさん。壊れ方も気になるから折れる所まで強化して。材料は私が出すから」
破棄するつもりの包丁だったので、まあいいかと思い、おやっさんは材料を足して叩き始める。
カンカン
カンカン
……
…………
そして+7が成功しほんのり光り始める。
「……なぜ成功するか。おやっさん悪いけど材料出すから続けて」
次ぐらいで折れるか……とおやっさんも笑い鍛冶を続ける。冒険者の頃を思い出し少し楽しそうだ。
そしてまた成功し大台の+9へと入る。
壊れる前提でレアアイテムを使うのもどうかと思うが、ラシアは実験目的で、おやっさんは知らない素材が楽しくて止まらない。
カンカンと金属を叩く音が止まらない。
そして……ようやく完成する。
+10の包丁が……
「わー!その包丁光ってて凄い綺麗だね!」
ティアの言葉通りその辺で売ってる包丁は光り輝いていた。
「……良かったねおやっさん。光り輝いてるから料理する時は手元が明るい!」
「神々しくて使いづらいわ!……というかこれどうすんだ?あいつにどう説明すんだ?」
あいつとは新しい奥さんの事である。もう少ししたら帰って来そうな気配がするのでラシアは荷物をまとめて逃げる準備を始める。
「おやっさん!恨むなら自身の幸運を恨むがいい!私は失敗してと頼んだ!」
「おい!」
「ラシアさん!私も部屋に遊びに行っていい?」
これから錬金の実験をしようと考えているが、何かあっておやっさんに文句を言われそうだったら、ティアを盾にできそうなのでラシアは了承する。
「じゃあ!おやっさんありがとう。また困った事があったら聞きに来る」
「来んな!」
光る包丁とその扱いに困るおやっさんを残して、ラシアは部屋へ戻って行った。
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