第8話 裏切りの真相と王国の闇

リリスが去ってから数日、リーヴェ村は再び穏やかな日常に包まれていた。

子どもたちは畑で遊び、村人たちは忙しそうに春の収穫支度を進めている。

アルトもその賑やかさに溶け込みながら、まるで何事もなかったかのような日々を送っていた。


だが、夜が訪れるたびに、王都から吹き込む冷たい風が胸の奥に残った。

彼の中で何かがざわめいていた。

――リリスがあの日、震える声で言った「封印の歪み」。

それが本当に自然現象かどうかを、アルトは確かめる必要を感じていた。



その日、アルトは村の北にある古い遺跡に足を運んでいた。

かつて古代文明が残した小聖堂の跡地。

龍骨石で組まれた床には、ところどころに奇妙な紋章が刻まれている。

かすかに魔力の反応を感じ、アルトは膝をついて地面に触れた。


「……やはり、反応している」

あの王都の魔法体系では決して読み取れないほど複雑な波。

それは、世界の基盤に干渉する「原初言語」の痕跡だった。

おそらく誰かがこの付近に偽りの術式を埋め込んでいる。


手をかざすと、光が走り、幻影のような記録が再生された。

「“第七封印区域・王国再構築計画”。担当:大司教ゼルバート」

アルトの眉がぴくりと動いた。


「ゼルバート……か」

彼の名は王国の宗教組織の頂点に立つ男。

かつてアルトの研究を裏で監視し続け、「創造の系譜」を王権の支配に利用しようとした張本人だった。


記録の映像は、やがてアルト自身の“研究手記”を映し出した。

だが、その最後の部分が改ざんされ、異なる結末で締めくくられていた。

《被験者アルト・フェンリル、制御不能により危険指定。研究は失敗とする――》


「……そういうことか」

あの日、王都が彼を“裏切り者”と断定した理由。

すべて、この偽りの記録が作られていたからだ。


静かな怒りが胸の中で燃え始める。

その瞬間、空気が焼ける音がした。背後から鋭い気配。

アルトは身をひねり、間一髪で光弾を避けた。


「本当に優秀だね、君は」

声がした。遺跡の陰から白い法衣の男が現れる。

髪は灰色、瞳には狂信的な光。胸には金の十字の徽章――大司教ゼルバートその人だった。


「わざわざ辺境までご足労とは、熱心だな」

「君の研究が、最後の障害なんだよ。世界の“再構築”を前に、余計な意志は不要だ」

ゼルバートは笑みを浮かべながら、指先で空をなぞる。

無数の黒い光球が周囲に浮かび上がった。


「この地脈を操作し、“新たな神”を創る。人間が神の座につく日が来るのだ」

「それが、お前たちの目的か」

「ええ。君の研究――創造原理――を土台にした新世界。神々の欠けた器を、人が満たすのだ」

アルトは静かに息を吐いた。

「つまり、お前たちは神を模倣して“偽りの創造”を目指している」

「そう。だが残念ながら、君が鍵を握っている。君の“制御核”がなければ、すべては無に帰す」


ゼルバートが杖を振り下ろした瞬間、遺跡の大地が爆裂した。

黒煙と共に、数体の魔獣が姿を現す。

体表を鎖で縛られ、瞳にはまがまがしい紅の光。

人間の魂と魔力を融合させた、禁忌の産物。


「お前たち、魂の改造まで手を出したか……!」

アルトの声には明確な怒りが宿っていた。

彼の指先から蒼い光がほとばしり、空気が振動する。


「《蒼環をもって断つ――テオ・ノヴァ》」


閃光が世界を覆い、魔獣たちが一瞬で塵となった。

ゼルバートが目を見開く。

「その力、やはり……君は創造主の継承者!」

「だからどうした。俺は人間だ」

「人間ごときが神の力を扱うなど――!」


ゼルバートが詠唱を続け、周囲の空間がうねる。

異界の門が開き、黒い腕が這い出した。

「“虚界門”……!」

空間の裂け目から無数の影が蠢く。その中心に、巨大な瞳が現れ、凶悪な光を放った。


アルトは両手を広げ、村の方向を覆うように結界を展開した。

「ふざけやがって……。お前の理想のために、誰かを犠牲にはさせない!」

「理想? これは救済だ!」

「どんな名前で呼び変えようと、それは“支配”の言葉だ!」


怒気と共に、アルトの魔力が暴発した。

地が震え、遺跡の紋章が蒼く光る。

「――《零界再律(りょかいさいりつ)》!」

世界の全ての音が止まり、黒い門が砕け散る。

ゼルバートが驚愕の表情で後ずさる。


「あり得ない……その魔法、もはや神の権限……!」

「思い出せ、ゼルバート。お前もかつては“人を救いたい”と言っていたはずだ」

「違う、違う! 人は神に導かれねばならんのだ! 選ばれし力によって!」

「その考えが世界を壊す。お前が信仰しているのは神ではない。“傲慢”だ」


蒼い炎がアルトの掌から放たれ、ゼルバートを包み込む。

炎は肉体を焼かず、ただその魂の輪郭だけを削いだ。

「これ以上、無意味な創造は繰り返させない」


光が収まったとき、男の姿は跡形もなく消えていた。

ただ、地に残る金の徽章だけが、かすかに燃えて消えた。



静寂が戻る。

アルトは膝をついて深く息を吐いた。

その掌には、黒い破片――ゼルバートの“契約片”が残っている。

それは確かに、まだ何者か“上位の存在”と繋がっていた証拠だった。


「……神を名乗る者が、また動き出したか」

その声は、誰にも聞こえない深い闇に吸い込まれていった。


村へ戻る帰り道、アルトはふと空を見上げた。

夕暮れの空に一筋の流星が落ち、その光の尾を追ってティナの笑顔を思い浮かべる。


――どんな闇があっても、守りたいものがある。

その想いが胸の奥で再び静かに燃え上がった。


「次は、全部終わらせる」


彼は歩き出した。夕陽の中、蒼い光がその背を照らしていた。


(第8話 終)

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