第8話 裏切りの真相と王国の闇
リリスが去ってから数日、リーヴェ村は再び穏やかな日常に包まれていた。
子どもたちは畑で遊び、村人たちは忙しそうに春の収穫支度を進めている。
アルトもその賑やかさに溶け込みながら、まるで何事もなかったかのような日々を送っていた。
だが、夜が訪れるたびに、王都から吹き込む冷たい風が胸の奥に残った。
彼の中で何かがざわめいていた。
――リリスがあの日、震える声で言った「封印の歪み」。
それが本当に自然現象かどうかを、アルトは確かめる必要を感じていた。
*
その日、アルトは村の北にある古い遺跡に足を運んでいた。
かつて古代文明が残した小聖堂の跡地。
龍骨石で組まれた床には、ところどころに奇妙な紋章が刻まれている。
かすかに魔力の反応を感じ、アルトは膝をついて地面に触れた。
「……やはり、反応している」
あの王都の魔法体系では決して読み取れないほど複雑な波。
それは、世界の基盤に干渉する「原初言語」の痕跡だった。
おそらく誰かがこの付近に偽りの術式を埋め込んでいる。
手をかざすと、光が走り、幻影のような記録が再生された。
「“第七封印区域・王国再構築計画”。担当:大司教ゼルバート」
アルトの眉がぴくりと動いた。
「ゼルバート……か」
彼の名は王国の宗教組織の頂点に立つ男。
かつてアルトの研究を裏で監視し続け、「創造の系譜」を王権の支配に利用しようとした張本人だった。
記録の映像は、やがてアルト自身の“研究手記”を映し出した。
だが、その最後の部分が改ざんされ、異なる結末で締めくくられていた。
《被験者アルト・フェンリル、制御不能により危険指定。研究は失敗とする――》
「……そういうことか」
あの日、王都が彼を“裏切り者”と断定した理由。
すべて、この偽りの記録が作られていたからだ。
静かな怒りが胸の中で燃え始める。
その瞬間、空気が焼ける音がした。背後から鋭い気配。
アルトは身をひねり、間一髪で光弾を避けた。
「本当に優秀だね、君は」
声がした。遺跡の陰から白い法衣の男が現れる。
髪は灰色、瞳には狂信的な光。胸には金の十字の徽章――大司教ゼルバートその人だった。
「わざわざ辺境までご足労とは、熱心だな」
「君の研究が、最後の障害なんだよ。世界の“再構築”を前に、余計な意志は不要だ」
ゼルバートは笑みを浮かべながら、指先で空をなぞる。
無数の黒い光球が周囲に浮かび上がった。
「この地脈を操作し、“新たな神”を創る。人間が神の座につく日が来るのだ」
「それが、お前たちの目的か」
「ええ。君の研究――創造原理――を土台にした新世界。神々の欠けた器を、人が満たすのだ」
アルトは静かに息を吐いた。
「つまり、お前たちは神を模倣して“偽りの創造”を目指している」
「そう。だが残念ながら、君が鍵を握っている。君の“制御核”がなければ、すべては無に帰す」
ゼルバートが杖を振り下ろした瞬間、遺跡の大地が爆裂した。
黒煙と共に、数体の魔獣が姿を現す。
体表を鎖で縛られ、瞳にはまがまがしい紅の光。
人間の魂と魔力を融合させた、禁忌の産物。
「お前たち、魂の改造まで手を出したか……!」
アルトの声には明確な怒りが宿っていた。
彼の指先から蒼い光がほとばしり、空気が振動する。
「《蒼環をもって断つ――テオ・ノヴァ》」
閃光が世界を覆い、魔獣たちが一瞬で塵となった。
ゼルバートが目を見開く。
「その力、やはり……君は創造主の継承者!」
「だからどうした。俺は人間だ」
「人間ごときが神の力を扱うなど――!」
ゼルバートが詠唱を続け、周囲の空間がうねる。
異界の門が開き、黒い腕が這い出した。
「“虚界門”……!」
空間の裂け目から無数の影が蠢く。その中心に、巨大な瞳が現れ、凶悪な光を放った。
アルトは両手を広げ、村の方向を覆うように結界を展開した。
「ふざけやがって……。お前の理想のために、誰かを犠牲にはさせない!」
「理想? これは救済だ!」
「どんな名前で呼び変えようと、それは“支配”の言葉だ!」
怒気と共に、アルトの魔力が暴発した。
地が震え、遺跡の紋章が蒼く光る。
「――《零界再律(りょかいさいりつ)》!」
世界の全ての音が止まり、黒い門が砕け散る。
ゼルバートが驚愕の表情で後ずさる。
「あり得ない……その魔法、もはや神の権限……!」
「思い出せ、ゼルバート。お前もかつては“人を救いたい”と言っていたはずだ」
「違う、違う! 人は神に導かれねばならんのだ! 選ばれし力によって!」
「その考えが世界を壊す。お前が信仰しているのは神ではない。“傲慢”だ」
蒼い炎がアルトの掌から放たれ、ゼルバートを包み込む。
炎は肉体を焼かず、ただその魂の輪郭だけを削いだ。
「これ以上、無意味な創造は繰り返させない」
光が収まったとき、男の姿は跡形もなく消えていた。
ただ、地に残る金の徽章だけが、かすかに燃えて消えた。
*
静寂が戻る。
アルトは膝をついて深く息を吐いた。
その掌には、黒い破片――ゼルバートの“契約片”が残っている。
それは確かに、まだ何者か“上位の存在”と繋がっていた証拠だった。
「……神を名乗る者が、また動き出したか」
その声は、誰にも聞こえない深い闇に吸い込まれていった。
村へ戻る帰り道、アルトはふと空を見上げた。
夕暮れの空に一筋の流星が落ち、その光の尾を追ってティナの笑顔を思い浮かべる。
――どんな闇があっても、守りたいものがある。
その想いが胸の奥で再び静かに燃え上がった。
「次は、全部終わらせる」
彼は歩き出した。夕陽の中、蒼い光がその背を照らしていた。
(第8話 終)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます