第5話
王立学園の特別応接室。俺はひどく座り心地の悪い革張りのソファに深く腰を沈め、目の前で額に脂汗を浮かべる教官たちを眺めていた。
これから行われるのは、勇者アレスの膝を粉砕した件に対する、いわゆる『運営からのチーター疑いに対するヒアリング』だ。
部屋の空気は重い。
磨き上げられたマホガニーのローテーブルから漂う、鼻を突くような安っぽいワックスの匂いが、俺の嗅覚を無駄に刺激してくる。窓から差し込む西日の中で、埃の粒子がゆっくりと踊っていた。
「……それで、レヴィン卿」
白髪の教官が、ひび割れたような声で口を開いた。彼の喉仏が大きく上下し、ゴクリと唾を飲み込む生々しい音が響く。
「あの闘技場で貴殿が使用した武術は、一体何なのだ。魔力波を一切感知できなかった。それに、あの黒い暗器から放たれた見えない一撃は……防御結界の展開すら間に合わない速度だった」
質問の意図はわかる。
こいつらは俺が未知の古代魔法か、あるいは禁忌の呪具でも使ったのだと思いたいらしい。だが、あんなものはただの物理的な質量と速度の暴力にすぎない。
「ただの『鉄塊召喚』ですが」
俺は肩をすくめ、極めて事務的に答えた。
「鉄を筒状に構築し、その中で火薬――いや、燃えやすい粉塵を爆発させ、その推進力で鉄の粒を飛ばしただけです。魔法陣も詠唱も必要ない。ただの物理現象だ」
嘘は言っていない。
教官たちは顔を見合わせ、まるで理解できない外国語を聞かされたような顔をした。
まあ、無理もない。MPを消費してド派手なエフェクトを出すのが常識の連中に、弾道学やライフリングの概念を説明したところで、処理落ちしてフリーズするだけだ。
ふと、前世の記憶が脳裏をかすめた。
深夜二時。自室のデュアルモニターの前で、冷え切ったドミノピザの耳を齧りながら、海外プロの配信アーカイブを〇・二五倍速でコマ送り再生していた時のことだ。
ピザの箱から漂う段ボールの匂いと、冷え固まったチーズの脂っぽい舌触り。あの時、相手のピーク(飛び出し)のタイミングをフレーム単位で分析していた俺の執念に比べれば、この世界の魔法戦闘など牧歌的すぎて欠伸が出る。
「……信じられん。あの伝説の勇者殿が、詠唱すらできずに地に伏せるとは」
別の若い教官が、わなわなと唇を震わせながら呟いた。
馬鹿か。
詠唱なんていうのは、自ら『今から三秒間スタン状態になります』と宣言しているようなものだ。そんな舐めプをしておいて、撃たれたら文句を言う。FPSなら真っ先にトロール(荒らし)認定されて通報されるレベルのプレイングだぞ。
「レヴィン卿。貴殿のその……無駄のない足運び。そして、暗器を構える際の異様なまでの隙の無さ。あれも独学か?」
白髪の教官が身を乗り出してきた。
ああ、クリアリングと構え(エイム)の話か。
「『CQB(近接戦闘)』という概念です。室内や市街地などの狭い空間において、自身の被弾面積(ヒットボックス)を最小限に抑えつつ、最速で死角を潰すための戦術。角を曲がる時は、壁から距離を取り、少しずつカッティング・パイ(円を切り取るように視界を確保)する。当然の基本でしょう」
「し、しーきゅー……? 被弾、面積……?」
教官たちの瞳孔が完全に開いている。
どうやら、俺のFPS脳から出力された専門用語が、彼らの脳内フィルターを通ることで『極限まで洗練された未知の暗殺武術』として盛大に誤訳されているらしい。
「……恐ろしい男だ。我々はこれまで、魔力の大小だけで生徒を評価してきた。だが、レヴィン卿のあの動き……魔法の硬直を完全に支配する戦理。あれこそが真の『実戦』というわけか」
勝手に納得して震え上がる教官たちをよそに、俺はソファの背もたれに後頭部を預けた。
天井のシミの数を数えながら、早くこの茶番が終わらないかとだけを考える。
結局、アレスへの過剰防衛に関するペナルティは一切なし。
むしろ、従来の魔法至上主義の常識を根底から覆す『特例の天才』として、俺は最高ランクのSクラスへと配属されることが決定した。
面談を終え、廊下に出る。
ひんやりとした石造りの壁から、長年染み付いたカビと古い紙の匂いが漂ってきた。
歩き出しながら、ポケットの中で硬い金属の感触を指の腹でなぞる。
勇者様は今頃、医務室のベッドで自分の壊れたプライドを繋ぎ合わせるのに必死だろう。
次のイベントは、ダンジョンでの野外演習だったか。
面倒くさい。
だが、また動く的(NPC)を撃てるなら、少しは暇つぶしになるかもしれない。
――まあ、そういうことだ。
俺は小さく鼻で笑い、靴底で石畳を硬く打ち鳴らした。
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