第33話 三つ巴決戦①

――8月3日 木曜日 サキ サイド 東音楽堂

正午回った頃、食堂から一直線にサキは音楽堂へ。

昼時だからか、場には疎らにしか候補生はいない。


「あ、あ……」


端の棚に置いてあったマイクを手に持つサキ。

同時に借りていたメトロノームを元の場へ。


次にサキは発声しつつ、唇をプルルと震わせた。


「う、う〜‥‥」


咳払いをし喉を整える。まるでプロの歌手になった気分になってほんの少しだけ、背伸びしてる。

そんな自分に向けて、サキは微笑んでみた


「よーし」


両耳にイヤホンを嵌め込む。

すると雑音を多少は防いでくれている。


サキは配布された携帯端末をサイドポケットから取り出して、画面を開いてみる。それから1週目の課題曲のインスト音源を再生。



「鱗粉舞う花についたそれは永遠のフィロソフィー」


インストに呼吸合わせ、歌唱してみる。

歌い出しのテンポは良好、音程も安定。


「考えても考えてもしょうがないけれど――真実はゆっくりと現していく」


今回は歌唱評価。

故に振り付けにはリソースを割く必要はない。


『評価判定には3段階ある、これは視聴者様にも同様にや――当然、3段階にすら値しない場合は無評価も十分にあり得る事やから』


昨日の集会が脳裏に響く。

重圧のようにのしかかってくるが今は不思議と顔が緩んでいたサキ。


『高、中、小の3つ――上から500、250、100adoreが付与される……ここで高評価もぎ取ったら楽やな』



今は、ただ練習が楽しいと思えた。

適度な緊張感と圧力感とそして今、目標に向かって練習出来ることは彼女にとって――


「だけど蝶蝶は遠くに消えてしまうの」


――とびきり“羽を広げれる”環境だ。


「空はこんなにも広いのに小さな体で何処へ行くの」


ひと通り、歌唱し終えたサキ。

その額には数滴だけの雫が乗っている。

目を見開くと、何ら変わりのない音楽堂の風景。


「ふぅ〜……」


無機質な程なベージュな壁に照明でよりテカる床。

壁には、ポツリポツリと穴が空いていた。


「君、名前は?」


「へ、へぇっ!!」


そんな弛緩していた時、背後から声を掛けた候補生。

サキは素っ頓狂な声を挙げると彼女は顔を綻ばせる。


「安心して欲しい、別に君を取って食べようなんか思ってないからさ……」


銀髪で、エミィとは少し違う異国情緒な少女だ。


「僕は“大音アテナ”‥‥アテナって呼んでくれて構わないよ」


ボブショートで片目を髪で見えなくなるほどに隠していて何処となくミステリアスな雰囲気をサキは感じた


「わ、私は美鴨サキ!ねねっ――」


サキは元気よく応えると、彼女の手を握って満面の笑みで音楽堂の隅に構えるグランドピアノを指差す。


「アレ、弾いていたのアテナだよねっ!?」


「ん‥‥あぁ、そうだ僕だね」


「やっぱり!!私、すんごく綺麗だなあって思って聴いてたんだ!私も弾けたら‥‥なんてね!」


“大音アテナ”と名乗る少女は温厚に返すと、刹那に眼を下に向けていた。だが、直ぐにサキの笑みを視る。


「練習したら、誰でも弾けるさ‥‥まあ、時間は掛かるけどね――良かったら、やってみるかい?」


「えっ?できるかなあ〜」


するとアテナは積極的に交流するサキに相対。


「サキなら、簡単な物なら直ぐに出来るんじゃないかな‥‥君は物事に対して真摯に眼を通す人だから」


サキより少し背の低い彼女。

ピアノへと横並びで歩く2人だ。


「って、出会って間もない人に言われても実感湧かないと思うけれど‥‥僕は、直ぐに君を理解できたよ」


腕を後ろに軽く組んでそう話す、彼女の横顔をしげしげと覗いていたサキであった。


「なんか占い師みたい!」


「占い師‥‥か‥‥言い得て妙だね」


銀髪のその彼女は笑い出すことはなかったが、腑に落ちた様だった。眼を柔らかく細めてサキに一見する。


「さあ、座って見て欲しい」


「よ、よしっ!」


2人はグランドピアノの前。

サキをトムソン椅子に促す。


「ピアノは、歌う事と同じだ――」 


サキは青臭く両手を鍵盤に乗せてみる。

立ったままのアテナが高音域範囲、その白鍵の一個を音鳴らす。


「キー、一つ一つの鳴らし方は呼吸であり、発声だ」


サキは、語る彼女を見上げる形で誠実に。


「音階の場所分かるかい?」


「っ、うん!学校で習った!」


細く、繊細な手先がサキのガサツな手首に重なる。

手首もとい手指は音階の正確な位置へと移りゆく。


「うん、親指の部分が“ド”の音だ……押してご覧」


ポロン!と音が響く。

手指に振動が伝わり行くと、首筋がゾワリと何かが通った様なくすぐりを感じたサキ。


「おおっ!学校のより、なんか音が良い気がする?」


「うん、その感覚は合ってると思うよ」

 

2人は顔を見合わせて、微笑んだ。

周囲の候補生の事は疎らだという事もあって、それほど気にする事はなかった。



ここで2人に目掛けて候補生の1人が近づく。

ゆっくりと靴音を立てて近づくが、2人はまだ気づかない。


『あのさぁ、五月蝿いんだけど?鬱陶しいんだけど』


耐えず、候補生は低い声で冷たく非難を浴びさせる。

まずサキが彼女を視認して声を挙げて立ち上がった。


「あっ!」


アテナが、怪訝にその少女に目を遣る。

彼女は切り替える様に頭を低く下げていた。


「これは、失敬だ……申し訳ないね、大切な時間を騒がしくしてまって」


素直に謝罪する彼女の隣のサキは口を開けたまま。


「“黒石アイ”さん!だっけ?」


「なに?そうだけど、悪い?」


不機嫌に胸の前で腕を組む、その候補生。

改め、千年に一度の逸材 “黒石アイ”


「いやぁ、ごめんね煩くしちゃって」


サキは気まずく笑うのか、軽く両手を合わせる。

本来は熱くなった場を和ませれるのだが――


「‥‥アンタ、本当に何処にもいるわね‥‥その度に鬱陶しいし、気が散るのよ」


今回はそうもいかなさそうだ。

唐突なダメ出しを受けた彼女は口を歪ませる。


「どうせ、大した実力もないのに……良い?人の性根の明るさは人によって変わるの」


「えっと……」


深く落ち込む事はなかったが言い淀む。

ただ見透かされている様で、考えたくなかった。


「聞き捨てならないな、その発言」


アテナが拳に力を入れてる。

そんな拳にサキは目を通していた。


「なに?真実を優しく教えてあげてるだけよ、私」


「だからと、伝えて良い事か否かは判断出来るだろ」


ヒートアップ、一歩手前だ。

慌てて、サキは2人の間に入る。


「い、いいよアテナ‥‥私、大丈夫だからさ!」


アテナに自分を庇わない様にと、抑える。

ただ、2人の睨めっこは途絶えない。


「へぇー、アンタは大丈夫なんだ〜……私に言われて悔しくないの?」


アイの挑発行為に、目を閉じるサキ。

アテナの方を向いていた身体が徐々に挑発者へ。


「……」 


無言が続いた。

数秒、何も言わないのでアイは鼻を鳴らす。


「私ね、嫌いなの……アンタの様な“自分”がない人間――」


最後にトドメの一撃を喰らわすアイ。

アイの三白眼がゆっくりと俯く彼女を捉える。


「悔しいよ!!」


アイが、目をぐるりとして去ろうとしたその瞬間。

彼女が床に向かって叫んだ。



「私がどんなに頑張っても届かない存在があるって知ってる!でも、それでも追い付きたくて努力してるの!だけど……」


その叫びに、関係のない周囲の候補生が注目する。

アテナとアイも同様にだ。


アイは組んでいた腕を解いた。


「だけど――努力する度に“自分”を埋め尽くしてるのも全部、知ってる‥‥だからこそ悔しいの!」


床に叫び続けているサキ。

涙は出ていない。ただ、それよりも叫びを出し続ける


「あぁぁ本当に悔しいよ!!」


そう、また放ちながらアイの視線に合わせた。

彼女は全身に寒気を感じてしまった。


どうして、あんなに言われても膝を折らずに真っ直ぐに叫び続け――そして笑顔で顔を向けられるのかと。


「ねぇ!!バトルしようよ、歌のバトル!!」


あまつさえも、突破な提案する彼女の果てしない忍耐と野心にアイも多少の屈服をせずにはいられなかった


「は?は‥‥?」


「私が、ファーデンで変わらないと!乗り越えないと大切な人達に顔向けできない、だからこそ!」


彼女の満身が強く、茹っている様にさえ見えてしまった。故にアイは、三白眼をまた光らせる。


「へぇ、良いじゃない‥‥」


不気味に光らせた三白眼は周囲さえ、切り裂けそうだ。アイは長い髪を垂らし揺らしながらサキに近づく


「叩き潰してやるから」


圧力をかける様に高圧的な放った。

サキは揺らぐ事なく彼女の瞳を注視する。


「じゃあ僕も、それに参加する……」


ここで、空気を読む事を知らずに手をピンと挙げた“大音アテナ”がいた。


「アンタは何のためによ……」


呆れた様に息を吐きつつ、アイ。


「申し訳ないけど、水を差さないで欲しいんだけれど?」

するとその息を跳ね返すように、彼女の銀髪が揺れる


「僕も“自分”がないから……かな?」

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