第7話 ドイナッカへの来訪者
お昼時のおむすび屋さんは大盛況。コウメさんがお弁当とおむすびを風呂敷で包んでいる間に私がお会計。その合間に世間話をしながらコウメさんの判断でサービスを付けたりお小言が付いたり。
「あんた、野菜もっと食べな! あんたはカロリー気にしなさい!」
お客さんたちは肩をすくめて笑いながら、コウメさんの食事管理を受けて帰っていく。茹で野菜を持たされた騎士の一人は、お金を払いながら私に軽くウインクをした。
「親が戦争で早くに死んじまったからさ、こうやって気に掛けてくれる人がいるだけで嬉しいんだよ。コウメさんの愛が嬉しくてついつい通っちまうんだよな」
照れくさそうに笑いながら片手を上げて帰っていった騎士を見送ってお金の整理をしていると、またガラガラと入口が開いた。そこからひょっこり顔を覗かせたのはサノスケさんだった。
「あんたは暇なのかい? 朝も昼も来るなんて」
「いや、暇ではないが。ただ、少し顔が見たくなってな」
サノスケさんの瞳が柔らかく細められて私を捉える。そんなに心配を掛けてしまっているのだろうか。でも確かに離婚の話し合いの途中で逃げて来た、なんて伝えたら心配にもなるだろう。
「ふふ、ありがとう。サノスケさん」
大丈夫、そう伝えたくて微笑んで見せると、サノスケさんは照れ臭そうに頬を掻いてはにかんだ。
「いや、感謝されるようなことではないさ。ただ、まあ、嬉しいな」
この人はきっとこういう素直なところが愛されるのだろう。それに比べて私はどうだろう。王女から公爵夫人になったころの私は、夫にとって可愛げのある女だったのか。なんて。私はずっと私だった。
「アイ!」
いきなりピシャリと勢いよく開かれた扉の音に驚いてサノスケさんの後ろを見ると、オウガさんが血相を変えて、肩で息をしていた。その瞳が私を捉えると、焦りが安堵に変わる。
「良かった、無事か」
そう言いながらのっしのっしと大股で私に近づいてきたオウガさんは、その力強い腕で私を優しく抱き締めた。何に慌てているのか分からないまま、けれどオウガさんの腕の温もりに心が安らいで、オウガさんが安心できたことに喜びを感じる。
「オウガ、どうした?」
その声に振り向いたオウガさんは、今ようやくそこにサノスケさんが立っていることに気が付いたらしい。すぐに私から腕を離すと、小さく咳払いをしてピシッと背筋を伸ばした。
「すぐに辺境伯邸に戻ってくれ。今、門に来客がいらしている」
「来客?」
「ああ。王都から第一王子殿下と第二王子殿下だ。大方隣国との戦争の最前線であるこの地の視察というところだろう。だが何せ事前の連絡がなかったからな。何か緊急事態かもしれない。すぐに辺境伯邸へお通しする」
「分かった。すぐに戻って用意を整える。従士は同席してもらう。キノスケが騎士団詰め所、テンマが訓練所にいるはずだ。すぐに呼んでくれ」
「承知した」
オウガさんは私とコウメさんを見て力強く頷くとお店を出ていった。コウメさんがそっと肩を抱いてくれて、私は自分の身体が震えていたことに気が付いた。これが戦線の視察ではないことくらい、町の様子を見れば分かる。緊迫状態でもない限り、王族が辺境に連絡もなくやって来るなんてことはあり得ない。
ならば私を探しにきたと考えるのが自然。普段なら私の味方をしてくれる兄も、政治的に揺らぎを生みかねないことには寛容ではないだろう。公爵家のお家騒動なんて、反王族派にとっては格好の弱点だ。
「大丈夫だ。今は戦況も膠着状態で騎士たちも偵察部隊を出しているだけで通常の業務に当たることができている状況だ。王族の方々も戦争を望む方ではないから、ここが突然火の海になることはない。もしも、そうなったとしても、私が守る」
私の不安が表情に出ていたのか、サノスケさんはそう言って力強く微笑んでくれる。あの兄たちが戦争を激化させるような人たちではないことくらい、妹である私がよく知っている。けれど、こうして私を心配して声を掛けてくれることがただ嬉しかった。
「はい、ありがとうございます。あの、どうか、頑張ってください」
「ああ、ありがとう。お守り代わりに、アイが握ったおむすびをくれないか?」
「は、はい!」
私は鮭のおむすびを手渡した。その手を握られて、手のひらの硬さと力強さ、高い体温に驚く。
「また夜ご飯を食べに来る。待っていてくれるだろうか」
力強さとは裏腹な、心配そうな弱々しい表情。もしかすると、サノスケさんも凰族との謁見が不安なのかもしれない。勇気づけてくれたそのお礼に、私も。
「はい、待っていますね」
そっとその手を握り返すと、サノスケさんは目を丸くした。それから少年のような幼さを孕んだ笑みを浮かべると、そっと手を離して店を出て行った。
「アイ、今日は裏で盛り付けとおむすびの追加を頼めるかい?」
「ご迷惑をおかけして、申し訳ございません」
頭を下げると、肩をガシッと掴まれて顔を上げさせられる。正面に見るコウメさんは怒ったような、それでいて悲しそうな顔をしていた。
「こんなの、迷惑じゃない。アイはもう、うちの可愛い看板娘なんだから。アイのためにできることをするのが、私の幸せなんだから。それを謝られちゃ、私の立つ瀬がないわよ」
コウメさんの愛は、温かすぎる。私には溶けてしまうくらいだ。家を飛び出してきて、偶然でこんなに素敵な出会いをすることができた。これはきっと、奇跡のような運命だ。
「ありがとうございます」
「ふふ、惜しい。ありがとう。はい」
「ありがとう」
「よくできました」
頭を撫でられて肩から力が抜ける。当たり前のように守られる。それがどれだけ恵まれた環境なのか。じんと温まる心に涙を飲み込んだ。
「おむすび、握ってきます」
「うん、よろしくね」
なるべくお店に顔を見せずに、けれどお客さんたちが幸せな気持ちになれるように。優しくふわ、ふわ、とおむすびを手の中で転がす。口の中でほろりと解けるお米の温もりはみんなの味方になってくれるはず。
お昼の大繁盛が止んで、しばらく。誰かがピシャリと扉を開けて駆け込んでくる音がした。
「あら、テンマ。どうしたの? うちはボロいんだから、丁寧にね」
「ご、ごめん、コウメさん。おむすび四つある? その、今辺境伯邸に来ているお客さんが、御頭とオウガさんが持っていたおむすびに興味津々でさ」
「あらま。見る目があるお方なんだね。今日はうちの看板娘が握ったやつなんだよ」
コウメさんは厨房の方を覗いて手招きをしてくれた。おむすびを手にひょこりと帳場に顔を出すとソウタロウと同じくらいの年頃の少年が立っていた。瞳を爛々と輝かせると、帳場に出た私の手をガシッと掴んでくる。
「貴女が看板娘さん! 騎士団の中でもとっても話題なんだよ! 美人さんが現れたって! あ、もちろんコウメさんも美人さんだけどね!」
「全く、口ばかり達者になっちゃって。アイ、この子は新人従士のテンマ。成人したての子だから、何かあれば助けてやってね」
「もう、僕だって大人なのに。アイ! もしも町の中で迷子になったら僕を頼ってね! 町の中なら、どんなに小さな隙間も僕の慣れ親しんだ道だから!」
「ただのやんちゃ小僧だよ、全く」
コウメさんは呆れたように笑いながらテンマくんを小突く。テンマくんはぺろりと舌を出して悪戯っぽく笑うと、帳場に身を乗り出した。
「アイ、僕もたくさん会いにくるね! 御頭のこと、たくさん教えてあげる!」
「え? サノスケさんのことを?」
「うん! だって」
「こら。そこまで。それ以上は野暮ってもんよ」
コウメさんはおむすびを包んだ風呂敷をテンマくんの手にぽんっと乗せる。
「大事にお届けしてね」
「うん、ありがとう! はい、これお代。じゃあね!」
元気に走っていったテンマくんを見送ると、コウメさんは私の背中をそっと押してまた厨房に隠れるように促した。私はその気遣いに有難く思いながら兄たちに見つからないことを祈りながらおむすび作りの続きに取り掛かった。
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