第120話 拠点の日常

 トンネル工事は滞りなく進む。

 皆ここでの生活に慣れてきたようで、緊張感は薄れていっているような気もする。

 こんなときに気が緩んで山に入るとか馬鹿をやる人がでてこないか心配だな。今の拠点は安全だけど、工事を始めた頃はキングエイプが襲撃してきたんだ。それを忘れたわけじゃないだろうけど、喉元過ぎれば熱さを忘れるといった感じになってないか。

 それをカパネッラに伝えると、兵と傭兵に新しく仕事を出そうかと提案してくる。


「どんな仕事を?」

「私たちがここに滞在して半月ほど。その影響がここらにどのような形で出ているか調査してみるものいいかと考えました。拠点には魔物は近づいてきませんが、離れたところにはいますからね。それとの戦闘があると思えば、緩んだ気持ちも引き締まるかと。もちろん山には入らず麓の調査のみです」

「ここが危ないところだと再認識してもらうには、それもいいかもしれない」


 その方向でベリングと話してみるとカパネッラは言い、部下にベリングへの伝言を頼む。

 そう時間をかけずにベリングはやってきた。


「なにか用事だとか」

「ええ、兵と傭兵に周辺調査を任せようと思いまして」


 長期滞在したことの影響を調べたいと話したあとに、俺が緩みを心配したということも伝えられた。


「たしかにだれてきたわけではありませんが、気の緩みは私も感じていました。思わぬ失敗もあるかもしれませんな。私も賛成です」


 一度にどれくらいの人数を、どこに、何時間動かすのか、そういったことを二人は話して計画を煮詰めていく。

 基本的に二人で話し合われて、俺は聞くだけだ。たまに山の魔物の動きについて再確認するように聞かれた。

 ここで決められたことは明日通達されて、明後日から三日かけて調査を行うことになった。

 ちょうど俺が王都に帰ったときに調査する形になる。

 怪我人が出るかもしれないから、医療品を城に求める書類をカパネッラは作って俺が受け取った。

 そして翌日、夕食を終えて風呂に入ったあと暇つぶしに拠点内を歩いていると、レッタとティーボに会う。髪の毛が湿っているから彼女たちも風呂に入ったあとのようだ。


「あら、サイラス」

「サイラスさん」

「よう、二人とも元気?」


 元気だと頷く。顔色は悪くなく、不自然に痩せたといったこともないから本当なんだろう。


「サイラスさんも元気でしたか」

「見てのとおり怪我一つないよ。少し前にお菓子とか販売したけど、二人は食べることができたのか」


 買っているところは見たけど、あの場にいなかったサイラスが知っているのはおかしいので雑談の話題の一つとして聞く。


「はい、久々の甘いものは美味しかったです」

「また食べたいけど、そう何度も臨時の出店はできないでしょうね。サガキ様のご厚意で行われたものだそうだし」


 こういった感想がでるんだったら、工事が終わるまでにあと一回はやってもいいかな。


「サイラスは仕事順調かしら」

「順調だよ、ちょっとばかり予定外のこともあったりするけど、スケジュールに遅れとかはないかな。そっちは仕事に慣れた?」

「野菜の皮むきとか早くなってきたわね」

「作業量の多さも慣れてきました」


 町に帰ったら食堂の裏方として働くこともできそうだと笑う。


「人間関係の方は大丈夫なのか。こっちには心を癒す目的で来ていただろ」


 異常は見えないから大丈夫とは思うけどね。


「ちょっとばかり距離を取っているからすっごく良好とまではいかないけど、問題はないわ」

「職場の人たちに信じていた人に裏切られたということは伝えています。そういった事情を汲んで無理に距離をつめようとはしてきません。そういった配慮のおかげで穏やかに働くことができています」

「伝えたのかー」

「先に伝えておいた方が人間関係で空気を悪くしないかなと思ったのよ。仲良くしようとしてくれているのに、こっちは距離を取るとかギスギスするでしょ。そうならないように全部ではないけど伝えたわ」

「仕事中の会話とかはちゃんとやっていますからね。仕事終わりの付き合いがほぼないという感じです」


 仕事に不真面目だったら事情があっても同僚たちは不満を抱いただろうけど、ちゃんとやっているなら受け入れてくれるみたいだな。

 ちょっとだけ付き合いが悪い、そんな感想を抱かれる程度になっているんだろう。


「自由時間はなにをやっているんだ? 二人だけだと話題もそう多くはないだろ。ここは遊ぶところもないし」

「今みたいに散歩して、拠点内の光景とか外の光景を眺めているわね」

「あとは演技のちょっとした練習もしています」

「演劇を続けていく気になったんだ」


 こっちで過ごすうちに少しずつ上向きになったっぽいな。

 でもレッタたちは首を横に振る。


「違うわ。せっかく身に着けた技術だし、さびつかせるものもったいなくて練習くらいは続けてみようと思っただけ」

「そっか」

「でも練習できる演目が少なくて、同じことの繰り返しになってしまっているんですよね」

「自分たちで話を作ってみたら? いい暇つぶしにもなるだろ」

「話を作るなんてしたことないわよ」

「いきなり長編やオリジナルを作れとは言わないさ。既存短編を少し変えてみたりして、創作に慣れていったらどうだ」


 二人はうーんと首をひねる。


「どうやればいいのかわかりません」

「そこまで難しくないと思うけど。たとえば登場キャラの性別を逆にしてみる。それだけでも話に変化が出てくるはず。男ゆえに取った行動、女ゆえに取った行動。性別が逆になったら、それが変わってくる。その変化が物語にも影響を及ぼす。公表するわけじゃないんだから、バッドエンドになっても問題ない。まずは変化がどのような影響を及ぼすのか想像してみるといい」

「なるほど。だったらキーアイテムが変わるとかなくなるとかでも変化が期待できる」


 レッタが自分なりに応用を口に出したので、それもありだろうと頷いておいた。


「そういうことを繰り返してなれていけば、オリジナルの話を作ることもできるようになると思う」

「うん、やってみてもいいかもしれません。時間はあるんですから。助言ありがとうございました」

「どういたしまして」


 二人と別れようと思ったけど、創作の助言をしてほしいと頼まれて人の少ないところで一時間ほど話すことになった。

 創作のヒントになるかと俺の知っている童話のあらすじを話す。

 桃太郎は桃から生まれるということに首を傾げられ、浦島太郎は海の魔物に誘拐され呪われたのではと疑問を投げかけられ、金太郎は強すぎて人間社会から排斥されかけたと思ったみたいだ。女の子向けのシンデレラは、魔女の存在が都合よすぎないかと首を傾げていた。

 俺は小さい頃から聞かされていたからそういうものだと思っていたけど、異世界に来るとそういう解釈になるんだなー。

 そのうちまた助言をお願いと頼まれて二人とわかれる。


「お帰りなさいませ。思った以上に遅いお帰りでしたが外でなにかありましたか」

「知人と話し込んだ。トラブルというわけじゃないよ」

「そうでしたか」

「そういやフェーダは時間をもてあましてない?」


 レッタたちの暇つぶしに付き合ってふと思ったことを聞く。

 城にいるときより仕事が少なくて暇じゃなかろうか。


「そういったことはありませんよ」

「城にいるときよりもやることは減ってそうなんだけど」

「たしかにそうですね。ですがその分掃除など質を高めています。時間をかければ暇になることはないです」

「そっかー。いつもありがと」

「これが仕事ですから」


 ここではどんな仕事をしているのか聞いて寝るまで雑談で過ごす。

 フェーダは風呂掃除もしたいそうだけど、あの風呂はどう掃除すればいいのかわからないみたいだ。

 俺もわからんね。本格に作ったわけじゃないからどうやればいいんだろ。

 敷き詰めた玉砂利や石の板に水垢や体からでた垢が付着しているんだろうから、それらを丸洗いすればいいのか。

 そこまでやろうとしたら重労働だと思う。

 俺なら簡単かな。水を入れて、その水を振動させて汚れを落とす。あとは汚れをひとまとめにしてそこらへんの土に埋める。玉砂利の下の土にも汚れは付着しているだろうけど、そっちまでやろうとしたらきりがない。

 翌朝、朝食を食べて風呂に向かう。そこで掃除をすませて、ついでに大浴場の方にも向かう。


「朝からお湯を入れるんですか」


 たまたまそこにいた兵に聞かれる。


「いや掃除をしにきたんだ」

「掃除? ほかの人に任せたらいのでは?」

「精霊契約魔法を使ってぱっとやるから、人任せにする必要もないんだよ」

「精霊契約魔法は便利ですね」


 そうだねと返して浴場に入ろうとすると、見てもいいですかと聞かれて頷き、一緒に入る。


「まずは水を入れる」

「おー」


 一瞬にして水で満たされた浴槽を見て驚きの声が上がる。


「石を触ってみたらわかると思うけど、少しばかりぬるってしているはずだ」

「触ってみます」


 水に手を入れた兵が玉砂利を持ち上げて、表面を擦る。

 本当だと言ってからまた水に戻した。

 

「次に水を揺らす」


 細かな波が水面に現れる。

 すぐに透明だった水が薄く濁っていく。舞い上がった土もあるけど、垢の汚れもある。


「水が濁りましたね」

「これが石とかについていた汚れ。石を触ってみたらさっきのぬるっとしたものがなくなっているよ」


 兵はまた水に手を入れて玉砂利に触れる。手触りの変化に感心した声を漏らしていた。


「あとは水を操って汚れを一ヶ所に集めて、桶にいれておく。水を消して残った汚れを土に埋めて終わり」

「埋めるのはやっておきます」

「じゃあお願い。工事に行ってくるよ」

「いってらっしゃいませ」


 桶を渡して、大浴場から出る。

 工事現場にいる人たちに挨拶して、今日も頑張るぞと最奥へと走る。

 トンネル入り口辺りでは地面を押し固めるために、大きな木槌を使ってドンドンと地面が叩かれていた。雨水などを逃がすための側溝作りをしている人たちもいた。

 そういった作業が進められて、少しずつトンネルが完成していっている。

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