第2話 少年の新たなる一歩①



 一晩、無駄に悩んでしまった。

 不意打ち食らって突然雷が落ちてきたらどうしようかとか、あれこれ夜中に考えちまった。

 授業を受けてても前の席に座ってる複数の後ろ姿にああだのこうだの唸り声を上げそうになったし、バッカじゃねーの、クードにまんまと踊らされてやんの。

 そんな、厄介事を持ち込んだ張本人のために一肌脱ごうとしてるオレは超いいヤツなんだろな。

 完璧王子が、友達が、じつはああ見えてガッツリ本気で悩んでるんだったら力になるかねぇ、世話になってるしなーって動いちまう。


「あのさ!」

「なんでしょう」


 午前に四回、午後に二回もある授業がやっとぜんぶ終わった。

 一日中タイミングを見計らい、最後の終礼が鳴って席を立ったその人を引き止める。

 今日もひときわきらびやかな金髪の、校内随一の美女。

 この学校に入って多数追加された褒め言葉のうち、お淑やかという表現が見事に当てはまるオレの憧れ、クリスティアーナ様。

 優雅に振り向き、微笑んでいる。

 神々しいお姿に言葉がすっ飛びそうになって、実際、オレは超失礼をかましてた。学園内ではお上品を心がけていたが所詮は付け焼き刃。

『なんでしょう』以降発言せずに視線だけで咎められている。

 床に額をこすりつけたくなってきた。テオ・ソトドラムは外面だけよくしようたって一生延々庶民風情だ。


「すいません、クリスティアーナ様。今少しいいですか?」

「ええ、構いませんよ。場所を変えましょうか?」

「いや、ここでいいです。聞きたい、ことが、あるだけなんで──」


 ご令嬢、とくに婚約者がいる人とは二人きりになるべからず。

 けど周囲にたんまり人いるじゃん、教室のド真ん中で恋愛意識調査おっぱじめるほど鋼の心臓してないんだわ。

 すまん、やっぱ専門外だよ。オレには荷が重かったよクード……動転してモゴモゴやらかして無礼千万。


「あーっと、そのおー……」

「殿下からの伝言ですか?」

「そうですそうです!! く──殿下が、クリスティアーナ様にお尋ねしたいことがあるそうで……ですが、えっと」

「わたくしが殿下に直接伺ったほうがよろしいでしょうね」

「はいっ──」


 すげえよ、さすがでございますクリスティアーナ様。

 感激で泣きそうになる。クードの用件を完全に把握してらっしゃるに違いない。オレの捨て身の突撃が浮かばれる。

 幸せそうに伏せられた目がさ、長い睫毛が際立って、薔薇色の唇が艶やかで何人もぶっ倒れそうになっていた。

 まえまえからの疑問が晴れた気分だ。

 クリスティアーナ様は同い年じゃない。同じ人間ですらない。

 美という美の集合体だ。クリスティアーナ様といるとクードの人間味にホッとするもんな。


「テオさん。週末にわたくしと殿下の交歓会がもうけられているのですが、テオさんもいらっしゃいませんか?」

「コーカンカイ?」

「お茶会です」


 語彙が貧相すぎて情けなくなった一年生の終わり、なるべく難しい単語を交えて会話をしてほしいと二人に頼んだ。

 嫌な顔一つせずに、聞き返しても噛み砕いて説明してくれる。

 持つべきは友だよな、クリスティアーナ様お一人を友達カウントはしないがな。

 けどまあ、友達の婚約者だし間接的には友達なのか? いや、無理だ、友達っぽいなにかと呼んで差し支えない範囲でいたい。


「それ、オレが行ってもいいんですか?」

「ええ、ぜひいらしてください。お土産は不要ですよ。わたくしにおもてなしをさせてくださいな」


 思いつきにも即座にフォローを入れてくれる。そんなに顔に出てるもんなんかな。いやあ恥ずかしい。

 クード、おまえ、世界一幸せ者だよ。

 約束する。おまえ達のご成婚祝賀パレードは最前席で見られるように朝イチで並ぶからな。

 ところで、クリスティアーナ様は馬車で来てるけど学園からお屋敷まで歩いて行ける距離なんだろうか。


「気を張らずにいらしてくださいね」

「──ありがとうございます。楽しみにしてます」


 鞄から出された封筒を受け取る。

 触っただけで高級な紙だってわかるしなんか花の模様が入ってる。生の封蝋をまじまじと見てしまった。マジで雅びである。

 招待状まで用意してくれて、きっとどうやって訪問すればいいかも書いているはずだ。

 気配りの達人のクリスティアーナ・エディケープル・クレパスキュール様。

 そんな人が公衆の面前でわざわざ特別扱いする意図を、オレはどう解釈してどう受け入れればいいんだろうか。

 クードもクリスティアーナ様も、オレを身分度外視で友達として扱ってくれる。

 嬉しいけど、複雑だ。


「ごきげんよう」


 穏やかで優しくて、厳しい未来の王妃様。周囲の反応など意に介さずお帰りになっていく。

 王太子殿下並びに殿下の婚約者様とのご学友期間もあと一年半。

 オレなりに王族と庶民のなんたるかを調べて、パンクしそうになって先生にも質問した。

 結果、弁えるべきなんだと納得して昔と同じく地道に距離を開ける作戦に打って出た。

 自然のセツリってヤツじゃん?

 オレは二人以外に会話できる相手はいないけど最初から割り切って付き合ってたし、時期が早まったんだと疎遠を決行した。

 バレて、かえってグイグイ来られるようになったけどな。逃げるなと釘を刺されてるし圧がやべえの。

 卒業したあとも今みたいに付き合ってくのはどうなんだよとは思うけど、クリスティアーナ様の悲しい顔は見たくもねーし、うん、そうだよ、まだあと一年以上ある。

 今はお茶会にありがたく参加させてもらえばいいんだ。

 ざわめきがやまない教室を出て足早に廊下を進んだ。

 土産はいらないって言われたし、着てける服だけ確保しよう。

 ここまでデカくなるのは想定外で体格に合うものを見繕うのも一苦労なんだが、そもそも貴族のお屋敷に着てけそうな上等なモンは持ち合わせがない。お呼ばれのスタンダードな知識もないし、明日クードに貸してもらえないか交渉すっか。


 ──アイツ、背はオレより低いのに脚は同じくらいあるんだよな。


 むくつけき男──クリスティアーナ様に無理くり頼んで品評してもらったんだぜ──を自覚しながら大股で校舎を出た。相変わらず女子生徒と後輩に怯えられ、ちょっぴりショックを受けている。

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