第17話 第六の難題・啓蒙〜偶像の崩壊と、泥に塗れた『実学』〜

フラッシュの白々とした閃光が、狂乱の坩堝と

化した大講堂を容赦なく暴き出しておりました。


「あ、あぁっ……♡ ひぐっ、んぁああっ……!」


 演台の上に這いつくばり、甘く下品な嬌声を

上げる一匹の雌。

 男としての硬い骨格は溶け落ち、無駄な肉を削ぎ落としたスレンダーな肢体。

知性と禁欲の象徴たる、その薄く

小ぶりな胸(微乳)を床に擦り付けながら、

彼女は発情(ヒート)の熱に身をよじらせています。

 汗と涙でぐしゃぐしゃになったその顔は、ほんの数分前まで「天は人の上に人を造らず」と

高潔な理念を語っていた、あの冷徹な

大思想家・福沢諭吉の成れの果てですわ。


「う、嘘だろ……?」


「福沢先生……?

なんで、あんな女みたいな声を出して……

服をはだけさせているんだ……!?」


 数千人の大衆が言葉を失う中。

 最前列に陣取っていた『時事新報』のエリート記者たちや、慶應義塾の制服を着た優秀な学生たち――すなわち、福沢諭吉を神と崇める信奉者たちが、頭を抱えて絶望の悲鳴を上げておりました。


「やめてくれ!

先生のそんな姿、俺は見たくないッ!」


「ああっ……俺たちの『学問』が、理性が……

ただの『性欲』に侵されていく……っ!

やめてくれぇっ!!」


 嘔吐し、血の涙を流して崩れ落ちる学生たち。

 彼らの泣き叫ぶ声が、わたくしの鼓膜を極上の音楽のように心地よく震わせます。

 ……ええ、そうでしょうね。彼らにとって福沢諭吉とは、絶対的な『知の偶像(アイドル)』。

それが今、大衆の好奇と性欲の視線に晒されながら、雌として快楽を貪っているのです。

彼らの精神的インフラが、物理的にガラガラと崩れ去っていく音が聞こえましたわ。


「……さて。特別授業(わからせ)の時間ですわね」


 わたくしは質素なドレスの裾を優雅に翻し、ヒールを鳴らして這いつくばる福沢の前に立ちました。

 そして、尖ったヒールの先で、彼女の顎をクイと乱暴に持ち上げます。


「『万人は己の足で立つ独立自尊の精神を持て』と、先ほどまで偉そうに仰っていたではありませんか。なのに今の貴女は、わたくしの与える快楽の餌がなければ生きられない、惨めな雌犬ですわね」


「ひぐっ……!? あ、あぁ……っ♡

ちがっ、私は……っ」


 わたくしは隣の伊藤博文から分厚い書類を受け取り、福沢の鼻先に突きつけました。

 ――『時事新報および慶應義塾の全権譲渡契約書(完全子会社化)』。


「さあ、この国のメディアと教育のすべてを、わたくしに譲り渡すというこの契約書にサインしなさいな。そうすれば……

もっと『気持ちよく』して差し上げますわよ?」


「――――ッ!!」


 快楽の誘惑。

その絶対的な報酬の前に、大教育者の最後の理性が砕け散るのがわかりました。

 彼女は荒い呼吸を繰り返し、震える手で、自ら演台に転がっていた万年筆を握りしめたのです。


「やめてぇっ! 先生! 屈しないでください!!」


「俺たちに『独立自尊』を教えてくれたのは

先生じゃないですかァッ!!」


 信奉者たちの血を吐くような絶叫。

 万年筆を握った福沢の薄い肩が、ビクンと跳ねました。彼女はインクで汚れた指先でズレた銀縁眼鏡を押し上げると、涙とよだれに塗れた顔を振り向けました。


「……愚か、者め……っ、はぁっ、はぁっ……」


「せ、先生……?」


 福沢は、荒い雌の吐息を漏らしながら、必死に『教師』としての威厳を保とうと声を張り上げました。


「私、が……お前たちに教えた、

学問の、本質とは……なんだ……っ。

空理空論を捨て、実際の生活と経済に役立てる……『実学(じつがく)』だろうが……ッ♡」


「っ!?」


 しかし、劇薬によって脳髄をハッキングされた今の彼女の口から紡がれる言葉は、あまりにもおぞましい詭弁へとねじ曲がっておりました。


「見ろ……っ、栄一の、この圧倒的な『資本』を……っ!

これこそが、社会を回す絶対的な真理……ッ!

逆らえない強大な市場(ちから)の前に、

ちっぽけなプライドで抗うことなど……あっ、

んぁっ……ただの空理空論にすぎない……ッ!」


 福沢は自らの小ぶりな胸を両手で

揉みしだきながら、狂ったように叫びます。


「市場(ルール)に適合しろ……っ!

絶対的な強者に平伏し、己を売り渡し、

その庇護下で生き残ることこそが……

究極の、実学……ッ!

わたくしたちが雌として隷属することこそが……

新しい時代の『独立自尊』なのだぁっ……♡♡」


「な、なんだと……っ!?」


「そんなの、ただ性欲に負けた言い訳じゃないか! 先生の論理が、完全に壊れてる……ッ!」


 教え子たちが発狂し、自らの髪をかきむしって泣き崩れます。

 わたくしがその極上の絶望を味わっていた、その時でした。


「……ホンマ、頭の硬いインテリの

ヒヨッコどもやで。

先生の『深い愛情』が分からんのか」


 隣にいた伊藤博文が、低く這うような声で

呟きました。

彼女の瞳は再び虚空を見つめ、深く暗い精神の底――『脳内松下村塾』へとダイブしておりました。


 ***


 博文の脳内。

血と硝煙、そして死臭が染み付いた、

薄暗い長州の畳部屋。

 障子の隙間から差し込む青白い月光が、

幕末の狂気の中で命を散らした亡霊たちを照らし出している。


(……俊輔。安全な教壇から綺麗事を吐くインテリの卵どもが、師の崇高な決断に反発しとるぞ)


 車座の中央で、冷ややかに笑う木戸孝允。

彼の瞳には、どす黒い怨嗟が渦巻いていた。

(血を流し、泥に塗れて国を創る苦しみを知らん奴らが、理屈だけで世界を測ろうとする。

……虫酸が走るわ)


 ベンベン、と。部屋の隅で、血を吐きながら三味線をかき鳴らす高杉晋作が、狂ったような笑みを浮かべる。

(おもしろきこともなき世を、おもしろく。

……綺麗に整った『論理の偶像』なんて、叩き壊してしまえ。

あいつらの青臭い脳髄を、もっとドロドロの極上の幻覚(ファンタジー)で焼いてやれや)


 彼らは憎んでいたのだ。

血に塗れた泥水の中でしか国が創れないという残酷な現実を直視せず、安全圏から「正しさ」を説く知識人たちの傲慢さを。


(……狂い給え、俊輔!)


 闇の奥から、吉田松陰の狂気を孕んだ声が響く。


(真の教育とは、己の身を燃やして見せることだ! 師の『堕落』を、教え子を守るための

『崇高な自己犠牲』へと昇華させよ!

その嘘(ものがたり)こそが、あいつらの魂を

縛る新たな鎖となる!)


 ***


 現実に戻った博文は、深く被っていた帽子を取り払い、涙ながらに慶應義塾の学生たちに向けて絶叫しました。


「アンタら、先生の覚悟がわからんのか!

先生はな、アンタらみたいな若いもんが

不況で路頭に迷わんように、自分が泥を被って……ううん、自ら『雌』に堕ちて、お姉様という

巨大な傘に入ってくれたんや!!」


(……は?)


 わたくしは、この女の底知れぬ恐ろしさに、扇子を持つ手が微かに震えるのを抑えきれませんでしたわ。

 息を吐くように、これほど完璧な

美談(ファンタジー)をでっち上げるとは。


「自分の貞操とプライドを売り払ってでも、

教え子を守る……ッ!

それが先生の行き着いた、

本当の『実学(愛)』やないか!

先生はアンタらのために、自ら進んで

あんなエッチな姿になってくれたんやでぇっ!!」


 初代内閣総理大臣の圧倒的な覇気と、長州の怨念が込められた恐るべき大嘘。

 その凄まじい熱量と謎の説得力に、泣き叫んでいた学生たちの動きが、ピタリと止まりました。


「そ、そうだったのか……!

先生は、俺たちの未来を守るために……っ!」


「自ら進んで雌に……!

な、なんて尊いんだ……ッ!

俺たちのために、あんなはしたない姿に……ッ!!」


 ――完全に、脳髄がハッキングされましたわ。

 学生たちの絶望が、恐ろしいほどの『感動』へと鮮やかにすり替わったのです。


「……ッ!」


 当の福沢自身も、博文の演説を聞いて目を丸くしておりました。

しかし、劇薬で蕩けた彼女の脳が、博文の用意した『崇高な言い訳』を完璧に都合よく受け入れたのでしょう。

戸惑っていた顔が、みるみるうちに恍惚とした悲劇のヒロインの笑みへと変わっていくのが分かりましたわ。


「はぁっ、はぁっ……!

これが、私の愛(実学)……ッ!」


 すっかり悲劇の聖女気取りとなった福沢が、荒い息を吐きながら、演台の上で前傾姿勢をとって契約書にペンを走らせようとしました。

 その時ですわ。


「……あら?」


 わたくしは、意地悪な笑みを深くしました。

 汗に塗れ、肌にぴったりと張り付いたスレンダーな彼女のシャツ。その薄く禁欲的な胸の先端……『アッチ側』が、異常なほど硬く尖り、布地を突き破らんばかりにツンと勃ち上がっているのに気づいたのです。


「ひゃっ!?」


 わたくしは、自身の胸元から抜き出した純金装飾の万年筆のペン先で、シャツ越しにその尖った果実を、カリッ……と、ねっとり撫で上げました。


「おや、大思想家様?

『生徒のための崇高な犠牲』だなんて立派なことを仰っているのに……

貴女のこの可愛らしいお胸の先端は、わたくしに堕とされる快感で、こんなにも正直に、硬く勃ち上がっておりますわよ?」


「あ、あああっ……♡ い、いやっ、だめ、ペン先で……そこ、カリカリしな、いでぇっ……!」


 公衆の面前で、しかもサインの最中という極度の緊張状態。

 そこに、思想とメディアの象徴である『ペン』の先でアッチ側を鋭く弾く刺激が加わり、福沢の身体はビクビクと痙攣するように跳ね上がりました。


「ほら、手が止まっておりますわよ。

早くわたくしの物になるサインを書きなさいな。

それとも……もっとここを、強くイジメてさしあげましょうか?」


「ひぐっ! か、書きますっ!

今、書き、ますからぁっ……! んあああっ♡♡」


 カリッ、カリカリカリッ……!

 わたくしのペン先にアッチ側を弄られ、快感に白目を剥きながら、福沢は自身の巨大なメディアと教育機関をわたくしに売り渡すサインを、半狂乱で書き殴りました。


「ご褒美を……っ!

生徒のために身体を売った私に、実学の『ご褒美』をくださいませ、お姉様ぁっ……♡♡」


 数千人の大衆と感動に泣き崩れる学生たち、そして無数のカメラのフラッシュが瞬く中で。

 最強の『ペン』が、わたくしの資本の『算盤』の前に完全に屈服し、己の理念を都合よく捨て去って、ただ快感に啼く雌として隷属した瞬間。


「……よくできましたわ、福沢」


 わたくしは、自身の靴先にチュウチュウと必死に口付けを落とすスレンダーな新たなペットを見下ろし、扇子でその頭を優しく撫でてやりました。


「さあ。わたくしの絶対階級の底辺で、本当の

『平等』を、一から学び直しなさいな」

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