第13話 第五の難題・急〜完全数の証明と、決して屈服しない最後の将軍〜

「ええ、チェックメイトですわ。

大政奉還(上場廃止)なさった旧親会社様?」


 わたくしの極上のドSスマイルと、純金の算盤が弾ける冷たい音が、駿府の別邸に響き渡った。

 最新型の超大型カメラ。

その背面に垂れ下がった漆黒の暗幕は、中でうずくまる『巨大な獲物』の激しい痙攣に合わせて、ガタガタと無様に揺れ続けている。

 外界から完全に遮断されたそのブラックボックスの隙間からは、限界まで濃縮されたわたくしの甘い体液の匂いと、かつての絶対君主の威厳を粉々に砕くような、甲高く艶やかな嬌声が漏れ出していた。


(ああ……なんて、なんて甘美な絶望の音色かしら……っ!)


 下腹部の奥からジリジリと這い上がってくる狂おしいほどの征服欲に、わたくしは思わず身震いした。

 二百六十年続いた日本最大の独占企業

(江戸幕府)。

その頂点に君臨し、大政奉還という歴史的損切りでわたくしたちの手から逃げおおせたはずの、最強のバケモノ。

 その男の強靭な肉体と、決して揺るがないはずの王者の矜持が、今、わたくしの計略という蜘蛛の糸に絡め取られ、たった一枚の布の向こう側でドロドロに溶かされている。


「……んぁっ、あぁああっ!

いや、やめ……っ、頭が、とけ、る……っ♡」


 わたくしは、獲物を味わい尽くすようにゆっくりと手を伸ばし――慶喜を覆っていた漆黒の暗幕を、バサリと容赦なく剥ぎ取った。


「はぁっ、はぁっ……んんっ……!」


 夏の眩い陽光の下に晒されたのは、もはやかつての威厳ある将軍の姿ではない。

 上等な絹の着流しは無惨にはだけ、わたくしの劇薬によって急激に形作られた豊満な双丘が、荒い呼吸とともに激しく上下している。

限界まで朱に染まった頬。

快感の涙で潤んだ瞳。

絹のような白い肌には、玉のような汗がびっしりと浮いていた。

 日本の頂点に立っていた男は、完全に

『絶世の妖艶な淑女』へと姿を変え、わたくしの足元にへたり込んでいたのだ。


(……素晴らしい。なんて完成された美しさかしら)


 わたくしは純金の算盤を胸元に抱きしめ、うっとりとため息をこぼした。

 そして、己の勝利を盤石なものとするため、歴史の闇に沈んだ彼女の数字を紡ぎ、高らかに宣言する。


「わたくし(一)、文ちゃん(二・三)、利通(十・四)、五代様(五)、弥太郎(八・六)。……そして、第七子・七郎麻呂(七)にして、徳川(九)の血を引く貴女」


 背後に控える四柱の雌たちも、新たな「妹」の誕生を確信し、息を呑んでわたくしの言葉を見守っている。


「貴女をわたくしの市場(ハーレム)に

組み込んで、ついに『一から十』までのすべての数字が揃いましたわ。

これこそが、わたくしの目指した

天下統一(合本主義)の完成ですの。

……さあ、かつての主君殿。

わたくしを『お姉様』と呼びなさいな」


 完全なる服従の要求。

 絶対的な主従関係(ヒエラルキー)の構築。

 さあ、泣いてすがりつきなさい。わたくしの靴を舐め、牝としての忠誠を誓うのですわ。


 ――しかし。

 次の瞬間、わたくしは己の目を疑った。


「……はぁっ……んんっ……ふふっ」


 慶喜は、快感に震える身体を無理やり起こすと、乱れた着流しの胸元から圧倒的な色香を漂わせながら、艶やかに微笑んだのだ。

 限界まで牝の快感に溺れ、身体の芯までわたくしのモノに作り替えられているというのに。

慶喜のその眼差しだけは決して死んでおらず、

王者の光を宿したまま、わたくしを鋭く睨み上げていた。


「……見事に、一杯食わされたな……っ。

だが……わらわが、お前の下に……つくわけが、なかろう……っ!」


 彼女はゆっくりと立ち上がり、あろうことか、支配者であるはずのわたくしの顎に、その艶やかな指先を這わせた。

 至近距離で絡み合う視線。彼女の瞳には、牝の熱情と、決して屈服しない王者の矜持が、極上のアンバランスさで同居している。


「……これからは、わらわの『可愛い相棒、栄一ちゃん』として……

特別に傍に置いてやっても……よろしくてよ……っ♡」


 ――ゾクッ。

 わたくしの背筋を、強烈な電撃が駆け抜けた。

 身体は限界まで感じて赤面しているのに、精神的優位だけは絶対に譲らない。

これまでの「完全服従(お姉様呼び)」の法則を打ち破る、慶喜のその大人の色香と強烈な反骨心。

 完全に支配しきれない。

自分の想定した完璧なビジネスモデル(支配構造)に、極上の『特例(イレギュラー)』が組み込まれた瞬間だった。

 だからこそ、心の奥底で燃え盛る征服欲が無限に掻き立てられる。

絶対的な主従関係ではなく、ヒリヒリとするような「対等な共犯関係」の悦びに、わたくしの口角は自然と吊り上がった。


「……ふふっ。底知れないお人ですわね、貴女は」


 わたくしたちが、互いの力量を認め合い、極上の笑みを交わし合った、その時である。


「な、なんであの女だけ『ちゃん』付けなん!?」


 背後から、空気を読まない絶叫が響き渡った。

 振り返ると、特別な「栄一ちゃん」呼びと、対等な関係性を見せつけられた四柱たちが、一斉に嫉妬で発狂していた。


「ウチの脳内松下村塾の緊急取締役会でも、そんな不平等条約は断じて承認されとらんわ!

なんでポッと出の元将軍が、完全子会社化されずに『対等合併』みたいな顔して横並びになっとるん!」


 総理大臣・伊藤博文が、ダウナーな気怠さを完全に投げ捨て、存在しない親友たちの総意を盾に激怒する。


「ハッ、三歩後ろ歩かれへんどころか、栄一お姉様の隣(共同代表)でイキっとるやんけ!

ウチらへの株式の希薄化(愛情の分散)やぞ!

ホンマ、ムカつくわァ! 今すぐその首絞めて、市場から退場させたる!」


 西の天才・五代友厚が、計算高い傲慢さを剥き出しにして凄み寄る。


「……不当な特別扱いです。絶対的な階級制度の破壊は、組織(ハーレム)の腐敗を招く。

著しいコーポレート・ガバナンス(統治)の欠如として、徹底的に抗議します」


 氷の独裁者・大久保利通が、眼鏡の奥で冷たい

嫉妬の炎を燃やし、銀細工の懐中時計がミシミシと軋むほど強く握りしめた。


「許さん……っ!

お姉様の愛を対等に享受するなど、ワシの純愛への最大の侮辱じゃき!

駿府の別邸ごと、三菱の資本で更地にしてやるぜよ!!」


 そして、ヤンデレ海運王・岩崎弥太郎が、血走った三白眼を見開き、最も重い呪詛を吐き出しながら地団駄を踏んだ。


 日本の頂点を極めた大物たちが、たった一人の女の寵愛を巡って、子供のようにギャーギャーと騒ぎ立てている。

 そんな四柱の雌たちを、慶喜は「格が違う」とばかりに涼しい顔でスルーし、わたくしの肩に妖艶に身を預けてきた。


「……ふふっ。

騒がしい株主(妹)たちだね、栄一ちゃん?」


「ええ。ですが、これでようやく

『最高の独占市場』の完成ですわ」


 わたくしは純金の算盤をカチャリと鳴らし、国内の頂点(一〜十)を完全に掌握した喜びに、深く、甘い溜息をこぼした。

 蝉時雨が降り注ぐ、うだるような夏の陽射しの中。

 株式会社・栄一お姉様は、ここに国内最強の布陣として、その完成を見たのである。

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