第39話 好きの計算
「私も、のどかのことが好きです」
心臓が止まるかと思った。好きって伝えることについてばかり考えて、言われることへの準備は全然してなかったから、真正面からつばさちゃんの言葉と衝突する。
やばい、うれしい。好き。すき。
脳が沸騰したように熱い。止まるかと思った心臓は、実際はものすごいスピードで動いていて、その熱や鼓動をつばさちゃんに伝えたくなる。
抱擁を少しだけ緩めてその代わりにつばさちゃんの首に腕を絡めて、真正面から見つめ合いながら告げる。
「つばさちゃん、すき。すきなの。わたし、つばさちゃんのことがすき」
好きって伝えたい気持ちが止まらない。止まらなくて、さっきまでの苦労が嘘のように、三回もつばさちゃんに好きって言ってしまった。
わたしは初めて言えたのと合わせて四回も好きって言ったけど、つばさちゃんはまだ一回しか言ってくれてない。わたしは計算が上手だからちゃんとそこの回数は同じになるようにしたいって思う。
だからもっと言ってほしい。
「つばさちゃんも、好きって言って……」
上目遣いをするように間近でつばさちゃんの瞳を見つめる。
そしたらつばさちゃんもわたしの真似っこをするように、腕をわたしの首から背中に絡めて耳元に顔を近づけて告げる。
「のどか、好きです」
「んっ」
つばさちゃんの声がしっとりしてて、息が熱くて喉から声が漏れる。一瞬背中がゾワってなって、脳がひっくり返ったようにグチャって空白になって、けれど程なくしてわたしの思考は再び巡り始める。
「あと二回、好きって言って……!」
「なんで二回?」
「今わたしが好きって言った回数が四回でつばさちゃんは二回だから」
「なんか……のどかってたまにお馬鹿さんですよね?」
「お、お馬鹿さんじゃないよ……かしこいもん」
「そうですか。賢くてえらいですね」
つばさちゃんはちょっと小馬鹿にするように笑って、わたしの頭をぞんざいに撫でる。
どうしよ。つばさちゃんにだったら馬鹿にされても雑に扱われてもうれしい。だってわたしつばさちゃんの彼女だもん。彼女、恋人。そんな関係を自分が望んで互いに了解したからこそ、自分が認めた相手であるつばさちゃんに従属することがうれしい。
なんて、かしこすぎて別のことまで考えてしまって肝心な言葉がもらえてないことに気づく。
「かしこいじゃなくて好きって言ってよ……」
「はいはい。のどか、好きです」
「ふふ。あと、いっかい」
「ほんとかわいい……好きです」
つばさちゃんが思わず心の声を漏らすように呟いて、それを誤魔化すように好きって言う。
それでまた身体が熱くてその熱を伝えたいって思って、抱擁を強める。つばさちゃんの小さな身体に沈み込む。
肩口に顔を押し付けたら、つばさちゃんのちょっと湿った感じの匂いが鼻腔に流れ込んできて、その匂いまで好きって思ってしまうから困った。香水をつけているでもなく、お花みたいに甘くもないのにずっと嗅いでいたい。
そしたらちょっと露骨すぎたのか、つばさちゃんが困惑したように呟く。
「のどか、なんか匂い嗅いでます?」
「うん。つばさちゃんの匂いが好きだなぁって……だめ?」
「だめじゃないですけど……わんちゃんみたいだなぁって」
「えへへ。あ、つばさちゃんも嗅いでいいよ?」
計算が上手なわたしはその回数もおそろいにしなきゃって気づいて、両腕を広げてつばさちゃんの目の前で自分の身体を晒す。
そしたらつばさちゃんが一瞬喉を鳴らした気がして、けれどその真意を確かめるより先につばさちゃんがわたしの身体に沈み込む。
つばさちゃんの顔がわたしの肩から首筋に押しつけられる。
「のどかはすごい甘い匂いがします」
「そうなの?」
「はい、ずっといい匂いだなって思ってました」
「すき?」
「はい。好きです、のどかの匂い」
「うれしい」
うれしくて、ぎゅって黒羽さんに自分の身体を押し付ける。一瞬黒羽さんが硬直した気がしたけど、お構いなしに抱擁を深める。
それから、そっと囁く。
「さっきはあといっかいって言ったけど、あれはうそ。もっと言ってほしい。これからも、わたしが数えられなくなるくらい好きって言って」
多分、それよりもはるかに多くわたしの方が好きって言ってしまうけれど。
そんな言葉は少しだけ悔しくて飲み込んだ。飲み込んだらお腹の中が愛しかった。
「はい。何回だって言います。好きです。のどか」
黒羽さんの方が好きの回数が一回多くなった。けれど、それもこの一瞬だけ。
だって、今からまたわたしが好きって言うから。
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