第26話:宣戦布告の放課後


放課後。鴉森高校の裏門近くにある、落書きだらけの廃倉庫。


そこは、この学校の生徒たちから金を吸い上げている半グレ集団――「スカウトグループ」の溜まり場になっていた。


「おい、マジかよ。転校生のガキが、結衣の集金袋を奪ったって?」


ソファに深く腰掛けたリーダーの鮫島が、苛立ちを露わに煙草を床に捨てた。彼の周りには、数人の男たちが金属バットを弄りながらニヤついている。


「ああ。おまけにクラスの奴を一人、ボコボコにしやがった。……例の『お見知り置き先生』だ」


その時、廃倉庫の錆びたドアが、遠慮のない音を立てて開いた。


入ってきたのは、如月蓮と雫。そして、二人の後ろで震えながら俯いている佐伯結衣だった。


「わざわざ自分から来るとはな。……ガキ、その手に持ってる袋をこっちに寄越せ。そうすりゃ、命までは取らねえよ」


鮫島が威嚇するように立ち上がる。だが、蓮は全く動じず、奪い取った62万円の入った袋を無造作にテーブルへ放り出した。


「これが必要なんですか。……たったこれだけのお金のために、彼女の人生を壊していたんですか」


蓮の声は冷たく、どこか相手を見下しているような響きがあった。


「なんだと? たったこれだけ……?」


「僕たちは以前、一条という男に買われていた。あいつは、一回の手続きで何億ものお金を動かしていた。……それに比べれば、あなたたちのやっていることは、道端の小銭を拾い集めている子供の遊びにしか見えない」


その言葉が、鮫島の逆鱗に触れた。


「このクソガキが……! 全員ぶち殺せ!」


バットを手にした3人の男が、一斉に蓮へと襲いかかる。

しかし、蓮は眼鏡の位置を直すことすらしない。


「――雫」


「わかってる」


雫が、風のような速さで踏み出した。


一人の男がバットを振り下ろすより早く、その懐に潜り込み、顎の下を掌で突き上げる。脳震盪を起こした男が崩れ落ちるのと同時に、二代目のバットを掴み、そのまま相手の腕を物理的にありえない方向へ捻り上げた。


グシャッ、という鈍い音が響き、男が絶叫する。

一条の下で叩き込まれた実戦武術。それは、相手を痛めつけるためではなく、一瞬で「戦闘不能」にするための、最も効率的な破壊の技術だった。


わずか10秒。立っているのは、蓮と雫、そして震える結衣だけになった。


「な……なんなんだ、お前ら……!」


腰を抜かした鮫島に、蓮がゆっくりと歩み寄る。蓮はスマホを取り出し、画面を鮫島に見せた。


「鮫島さん。あなたが使っている闇金の口座、そして結衣さんにパパ活をさせていた秘密のサイト。……今、僕の協力者がすべて特定しました。僕の合図一つで、あなたの資産も、連絡網も、すべてこの世から消えます」


鮫島の顔が、一瞬で土気色に変わった。


「ま、待て……! それをされたら、俺の立場が危うい! 上の連中に殺されちまうんだ。お願いだ、頼む、それだけはやめてくれ!」


鮫島は床に膝をつき、額をこすりつけるようにして懇願した。これまでの威勢はどこへやら、自分を「上の組織」に繋ぎ止めている唯一の命綱――金と情報――を握られた恐怖に震えている。


「……なら、条件はわかっていますね。結衣さんを自由にして、二度とこの学校に近づかないことだ」


「わ、わかった! 約束する! 結衣のことはもう追わねえ、指一本触れさせねえ! ……だから、頼む……」


鮫島は顔を上げ、すがりつくような目でテーブルの上の集金袋を見た。


「……最後に、そのお金だけは……その62万だけは渡していただけませんか? これがないと、今日の上納が払えなくて、俺、本当に消されちまうんです。頼みます、これだけは……!」


蓮は、その惨めな姿を無感情に見下ろした。

一条という巨悪を見てきた蓮にとって、目の前の男はただの「計算ミスを犯した愚か者」に過ぎない。


「……いいですよ。その62万で、あなたの命が買えるなら安いものです」


蓮は集金袋を無造作に足元へ放り投げた。


「ただし、次はありません。……お見知り置きを。僕たちが『次』に動く時は、あなたの存在そのものを消去する時です」


鮫島は必死に袋を抱きかかえ、何度も頭を下げながら逃げるように立ち去った。


廃倉庫に静寂が戻る。結衣はその場に泣き崩れた。

かつて一条に買われ、誰にも助けてもらえなかった蓮と雫。そんな二人が、今、自分の力で一人の少女の地獄を終わらせたのだ。

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