第14話 【暴走新人】
ズドォォォォン!!
俺の意識を強制的に再起動させたのは、寝台ごと頭蓋骨を揺さぶるごとき轟音と地響きだった。
敵襲か!?
思考するより早く、俺の身体は脊髄反射で跳ね起きていた。枕元の大剣を掴み、ダンジョンの入口へと疾走する。
朝の光が眩しい前庭に出ると、そこには信じがたい光景が広がっていた。
「…………」
俺の手から、大剣が滑り落ちそうになった。
俺が……俺が、数週間かけて石の配置をミリ単位で調整し、毎日苔の湿度を管理し、わびさびの心を込めて作り上げた「ロックガーデン(枯山水風)」が、跡形もなく消し飛んでいたのだ。
あるのは、無粋なクレーターのような大穴と、もうもうと立ち込める土煙だけ。俺の安らぎが、物理の暴力によって上書きされている。
「やりました! やりましたよ師匠ぉぉぉッ!!」
その土煙を突き破り、元気な馬鹿が飛び出してきた。
その顔は朝日のように輝く満面の笑みだ。
「見ましたか!? これぞ新必殺技、『デコ・バースト』です!」
勇者は聖剣を掲げ、誇らしげに叫んだ。
「師匠の『デコピン』を参考に、衝撃を一点に集中させるイメージで編み出しました! 岩をも砕くこの威力……少しは師匠の領域に近づけたでしょうか!」
俺は、震える手で大剣を握りしめた。
近付いたのは、俺の「殺意」の限界点だ。
俺の庭石が……。あの岩は、形が良いのを選ぶのに三日かかったんだぞ……。
あの絶妙な配置のバランス、余白の美学、静寂の表現。それが、ただの暴力的な穴に変わってしまった。
それは、積み上げた積み木を理不尽に蹴り崩された子供のような、純粋な「喪失感」、そしてそれを引き起こした元凶への「殺意」だった。
俺は無言で、勇者に歩み寄った。
勇者は「おっ、褒めてもらえる!」と思ったのか、無防備に両手を広げて待ち構えている。
その隙だらけの胴体に、俺は裏拳を叩き込んだ。
ドゴッ!
鈍い音が響く。骨身に染みる音だ。
手加減はした。即死しない程度に。だが、内臓がひっくり返る程度には。
「ぐへぇッ!?」
勇者の身体がくの字に折れ、ボールのように水平に吹き飛んだ。
彼はそのまま、自身が以前トレーニング用に掘っていた落とし穴へと、頭から綺麗にホールインワンした。
ドササッ。
土埃が舞う。自業自得という言葉がこれほど似合う光景もない。
俺は、近くにあった木の板を拾い上げ、指先に力を込めて文字を彫り込んだ。
メリ、メリメリッ。
【ウルサイ チリ ヲ カタヅケロ デナオセ】
それを、穴の縁に突き刺す。墓標のように。
これで少しは反省するだろう。
そう思って背を向けた時だった。
「……なるほどぉぉぉッ!」
穴の底から、感涙にむせぶ叫び声が聞こえた。
俺は足を止めた。嘘だろ。
這い上がってきた勇者は、鼻血を流しながらも、感動に打ち震えていた。
「威力だけではダメだ……。周囲への被害(塵)を抑える『制御力』こそが、真の強さ……! そして『出直せ』とは、基礎からやり直せという愛の鞭……!」
勇者は俺の看板を拝むように見つめ、大きく頷いた。
「ありがとうございます、師匠! 慢心していた僕の目を覚まさせてくれました! この瓦礫の撤去、そして庭の修復……すべて修行として、完璧にやり遂げてみせます!」
そう叫ぶと、勇者は猛烈な勢いで砕けた岩の破片を拾い集め始めた。
その背中には、一切の迷いがない。
……通じない。
俺は天を仰いだ。首の骨がカクリと鳴る。
こいつには、言葉も暴力も、すべて「ポジティブな修行」というフィルターを通してしか届かない。
俺の「怒り」は「激励」に変換され、「拒絶」は「試練」に変換される。
最強の防御スキルだ。精神的な意味で。
俺は、ため息をつくのも忘れて、その光景を眺めていた。
まあいい。
庭が元通りになるなら、労働力としては悪くない。
俺は、作業を始めた勇者の横を通り過ぎ、ダンジョンの中へと戻った。
背後で、「よいしょ! こらしょ!」という掛け声が響いている。
うるさい。
だが、その騒音の中に、奇妙な「安心感」が混じっていることを、俺は認めざるを得なかった。
少なくとも、あいつがここで騒いでいる限り、この場所は「戦場」ではなく「日常」であり続けられる。
俺はリビングのソファに倒れ込みながら、ふと思った。
いつからだ。
この騒がしい日常を、悪くないと思い始めたのは。
それは、俺が「孤独」から遠ざかっている証拠なのか、それとも、逃げ場を失いつつある予兆なのか。
答えは出ない。ただ、外からは相変わらず、岩を運ぶ勇者の元気な声が聞こえていた。
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