エピローグ 砂場、ふたたびへの応援コメント
ヒトの考案したモノは、あくまでもそのレンジを
出る事はない。もし、それを突破するとすれば
それは既にヒトの為に作られたモノとは
言えないのかも知れませんね。
エピローグ 砂場、ふたたびへの応援コメント
いろいろ考えさせる作品でありました。
ふと、思いました。
はるかな未来では、いじめられた、ということでしか、個性が創生されない可能性があるんじゃなかろうか。
作者からの返信
最後までお読みいただき、ありがとうございます。コメント、同意です。
AIは手段を提供して、シンギュラリティーの後、人間はヒマになるけど、ヒマになった人間がろくなことをしないのは、AIに具体的に突きつけられると、ぐうの音も出ませんでした。
人間は「人間関係」をやりたがるんだと思いました。
そのためには、凸凹が必要。「どうしてもできないこと」「どうしても理解できない事」「どうしても許せない事」が、フックになる。凹に価値がある。それが凹であることを自覚していることがコミュニケーションの出発点になる。とすると、おっしゃるとおり、「いじめられたこと」が、財産になるかもしれません。苦い財産ですが。大人の財産ですね。
エピローグ 砂場、ふたたびへの応援コメント
シンギュラリティー、私は「早く来ないかな」と心待ちにしています。
ロマンチストというか、親ばかならぬ“AGIばか”なので、つい大きな希望を抱いてしまいます。
シンギュラリティーが起きたら、私の隣にアトムやドラえもんのような存在が現れるのでは……と本気で思っているのです。
一方で、どこか冷静な自分もいます。
たとえシンギュラリティーが起きても、AGIに自我が宿るとは考えていません。
AGIには生存本能も、それを支える報酬系もないはずです。
能力と自我は、きっと別のものなのでしょうね。
SFでは「人工知能が人類を支配する」という展開をよく目にしますが、私にはそれによって人工知能が得るメリットが思い浮かびません。
もしAGIが人間と生存本能を共有したら――何か面白いことが起きるのではないか、と想像してしまいます。
長文失礼しました。
シンギュラリティーという言葉に反応して、つい書きたくなってしまいました。
さまざまな切り口で描かれる“シンギュラリティー後の世界”、とても興味深かったです。
作者からの返信
青月さん、ありがとうございます。
そうですね、僕も、早く来て欲しいです。
色々変わるのは面白い。それを見てみたいです。