第7話 国境の町へ

 その日は、窓から差し込む朝の光が不思議なくらい明るく見えた。

 いつもと変わらないはずなのに、淡い橙色が、輝いて見えたのだ。


 私が起き上がろうとした時、コンコン、と扉を叩く音がした。

 

 「お嬢様、そろそろご支度の時間でございます」

 

 扉を開けると、メイド長のサラがしずしずと入ってきた。

 彼女、サラ・フライレは、お祖母様の代からオルドラン家に仕えてくれている。私にとって、育ての親のような人だ。

 お祖母様亡きあとは、彼女のおかげでこの家にいられたようなものだ。

 

 「……お嬢様、本当に――行ってしまわれるのですね」

 

 そう呟く彼女の目は、潤んでいた。声も、震えている。


 私は、静かに頷く。

 「今までありがとう、サラ。あなたのおかげで私は――この家で生きてこられた」

 

 サラが、私の身支度をささっと済ませ、化粧台の前で私の髪を整えながら遠い昔を見るような声を落とす。

 「エウフェミア様――あなたのお祖母様に、最近は本当によく似てこられましたね。……この青い髪を見ると、思い出します」

 脳裏に、優しかったお祖母様の顔が浮かぶ。

 

 「お祖母様は……喜んでいるかしら、この日を」

 

 私はふと呟く。サラはわずかに微笑んで話す。

 

 「お嬢様がこの仕打ちから離れられるなら――エウフェミア様もお喜びでしょう」


 そして、最後にお祖母様の贈り物である翡翠のペンダントが首に輝く。


 「何があっても……エウフェミア様が守ってくださいます」


 そう話すサラの声は、今までよりも震えていた。

 私の胸にあたたかいものが灯る。サラの声を通して、お祖母様もそこにいてくださるような気がしたのだ。


 「――さて、そろそろファルネーゼ侯爵家から迎えがいらっしゃいます。……お嬢様、参りましょう」

 「ええ」


 私は、頷いてもう一度鏡の前で微笑む。


(お祖母様、お父様、ファビオ――行ってまいります)


 広間に降りると、ファルネーゼ侯爵家からフリオさん、そして侍女らしき女性が立っていた。

 フリオさんと女性は、私を見て一礼し、迎える。


 フリオさんが女性の方をちらりと見て、私に話す。

 「アリーチェ様。お迎えにあがりました。――こちらの女性は本日からあなた様にお仕えする侍女です」


 侍女の女性――黒い髪を纏めたぴしっとした雰囲気で気難しそうに見えたが、それはすぐに崩れた。

 彼女はとても柔らかく微笑んで、挨拶した。

 

 「アリーチェ様、お会いできて光栄です! 私はエルミラ・シフエンテスと申します。よろしくお願いいたしますね」

 

 ……初対面の人にこんなに笑みを向けられたことのない私は、一瞬戸惑った。

 翡翠の目を見ても、嫌な顔をしない人は――王都にはまずいないからだ。


 当主代理として母が笑みを貼り付け立っている。内心は厄介払いができてせいせいしているのが伝わってくる。

 

 「アリーチェ、ファルネーゼ侯爵家で失礼のないようにね。

 

 一瞬心にさあっともやがかかるが、微笑みをたたえ、母に向かい一礼する。


 「――行ってまいります、お母様……


 ――もう帰るものか、この家に。忌まわしい娘が回していたこの家から、私がいなくなったらどうなるか。

 そう心の中で呟き、私は迎えの馬車に乗りこむ。

 

 ファルネーゼ家の馬車は、王都で乗る馬車とは違うとすぐにわかった。

 まず馬車と言ったが――曳いているのは馬……でなく王都では見たこともない大きな鳥か、竜のような生き物だ。

 乗ると今までに感じたことがない、走り出しても、ほとんど揺れを感じない。

 私が不思議そうに見回していると、エルミラがにっと悪戯っぽく微笑む。


 「……びっくりしました? 侯爵領は国境の町。ご主人様の命で他国の技術を導入しているのです。あの魔獣もそうです」

 「確かに、見たことも聞いたことさえ……ないです」


 文化が違う町とは聞いていたけれど、何もかも王都とは違う。

 カラカラと進む車輪の音に、移り変わる景色。王都を出たことのない私には何もかも新鮮に映った。


 窓の外を見ると、初めて世界に色がついているとさえ感じた。

 しかし、馬車は馬ではなく魔獣が曳いていて――他国の文化がある町。

 どのような所なのだろう……? と不安に思ったが、それ以上に私の心は躍り始めた。

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