第4話 血霞の思惑

 ウィンドミル王国、国境の町。

 ファルネーゼ侯爵領は、王都とは違う文化を持つ町だった。

 現当主、アウレリオ・ファルネーゼが家督を継いだ際、国境の町という地の利を生かし、他国の文化を積極的に取り入れた。

 その中でも一際小高い丘の上に、侯爵の屋敷はある。


 屋敷の図書室で、アウレリオは古い文献を朝から真剣な眼差しで読みこんでいた。ふと、とあるページの一節で彼の目が留まる。


 『王国の初代女王リーサ・ウィンドミル、その瞳はどこまでも澄んだ翡翠の瞳をもち、高い魔力と慈愛の心で国を治めた。リーサの資質を受け継ぐ者は翡翠の瞳をもって生まれ、代々王として王国を治めてきた』


 この国では翡翠の瞳は忌むべきものとされている。それは、偽りだというのか? ウィンドミル王国は、どこかで歴史が塗り替えられた――?

 今の王家には翡翠の瞳を持つ者はいない。では、リーサの資質はどこへ?


 コンコン、と扉を叩く音がする。アウレリオは手を止め、「……入れ」と声を落とし、迎え入れる。

 執事のフリオが、静かな低い足音とともに入ってきた。アウレリオは、彼の方を向き、命じた。


「――フリオ、翡翠の瞳を持つ者を探してくれ。翡翠の瞳は……忌むべきものではなかった」

 

 彼は顔を曇らせ、声を落とす。

 

 それを見たフリオが、思い出したように重い口を開く。

 

 「……これは、私の祖母から聞いた話です。かつて、ウィンドミル王家で、王女の追放があったと」

 

 アウレリオは、目を見開き、息を呑み、その後頷く。フリオは静かに話を続ける。

 

 「当時の第一王女エレノア様と第二王女ルチアーナ様……当時の国王陛下は亡き前妻の子であった両王女を、王家から追放したのです。かつての愛人であった後妻の子に王位を継がせるために。それから、追放されたエレノア様が受け継いでいた翡翠の瞳は忌むべきものとされた、と」

 「その第二王女ルチアーナは、知っての通りファルネーゼ家の者となった……私の高祖母だ。では、翡翠の瞳を持つ第一王女はどこへ――?」


 フリオは首を振る。


 「エレノア様の行方は……伯爵家に嫁いだ以外は何も――ただ、現在オルドラン伯爵家に翡翠の瞳を持つ娘がいる、と」

 「オルドラン伯爵家――現在、当主は病に倒れ困窮しているという」


 それから、アウレリオはフリオや他の従者に命じ、オルドラン伯爵家を調べさせた。

 伯爵家の家系や現状、そして翡翠の目を持つ娘のこと――。

 単なる興味ではない。執着にも似た感覚が、点と点を結んだ。


 従者から差し出されたオルドラン伯爵家の調査書に――追放された王女・エレノアの名があったのだ。

 そして、やはり現在、翡翠の瞳をもつ娘がいることも。


「明日、ベスティア・アカデミーへ視察に行く。この目で――確かめる。そしてフリオ、オルドラン伯爵家に赴き資金援助の提案を。その代わり彼女をこちらへ、と伝えろ」


 アウレリオは何か決意のようなものを含んだ芯のある声で告げた。

 フリオは深々と一礼する。


(翡翠の瞳を持つ娘――この国の正当な資質を持つ者。その血を継ぐオルドラン家を潰すわけにはいかない……どんな手を使ってでも、私のもとへ)


 打算のような、執着のような――何より、彼は忌むべき瞳と呼ばれる彼女をこの王都から離れた国境の地で守りたかった。


(血霞に隠せば、翡翠も目立つまい――王都で過ごすよりはこの離れた地で)


 そして、視察に赴いた時、初めて実際に目にしたアリーチェは虐げられ、そして十分な生活が送れていないとひと目でわかるひどいやつれ方をしていた。

 伯爵令嬢とは思えぬ古びた制服。青白い肌。しかし翡翠の瞳の奥には――強い光が宿っている。

 資質を確かめるための視察だった。

 だが――彼女の瞳に、アウレリオは射抜かれた。


 ――もう、彼女は誰にも傷つけさせない。手元に置き、この手で守りたい。


 アリーチェを見て彼は思う。その視線は、彼女を逃がすまいという執着の色を宿していた。


 屋敷に戻り、アウレリオは命じる。


 「翡翠の調度品で一部屋整えろ。彼女、アリーチェを迎えるために。そして、私は彼女をオルドラン伯爵邸へ迎えに行く――馬車の準備を!」

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