第37話 王都からの打診
「――お父様が、新しい宰相に!?」
朝から驚きのあまり食堂に私の声が響いた。
今回の件の功績でファルネーゼ家とオルドラン家は公爵へ
「宰相就任は陛下直々の要請だ。王家は、正統な血を引くファルネーゼとオルドランを王城に引き入れ、幕引きしたいのだろう――これは異例なことだ、断る理由もない」
アウレリオ様は平然な顔をして話すが、伯爵家が公爵家に叙されるなんて、あまりにも異例なことだと私も理解している。
しかも病み上がりのお父様を、宰相という重責におくなんて……と私の頭は混乱していた。
(お父様が、今度は呪いじゃなくて、本当に病気で倒れてしまわないか心配――)
「それでだが、王家からは俺達も王都に移り、俺に王宮勤めをしてほしいと打診があった。今日か明日、王城から使者が返事を聞きにくるが――アリーチェは、どうしたい?」
「王都に……住むのですね……」
王都――あの灰色の世界。
私の脳裏に、かつての王都での日々が思い起こされる。一連の事件の後、『翡翠は忌み色ではない』とされたが、人の価値観なんてそう変わらない。
それに――王都に戻るつもりは、私にはない。
叶うならば、このままファルネーゼ領で暮らしていたいと思う。
そのくらいに国境の町は、私にとって大切な場所になっていた。
「私は――王都へは行きたくありません」
「そう言うと思って、使者が来たら王都に移ることは断るつもりだ。仕事は俺が王都に出向けばいい。……俺に宮仕えなんて向いていないが」
彼はふっと吹き出すように笑い、私もつられて笑ってしまう。
あれから、彼も笑うことが増え、屋敷の人々も時折見せた悲しそうな目をすることは少なくなってきた。
「――ファビオも、卒業するまで王都には戻らないと言っている」
「そう、でしょうね」
王都では、私たち姉弟は色々なことがありすぎた。
時折来るサラやお父様からの手紙で、王都のことを聞くくらいだ。
お父様は快方に向かい、お元気なこと。女王陛下のお話や、少しずつ変わっていっている王都の雰囲気のこと。
行ってみたい気もするが、あの灰色の世界に住みたいとは思わない。
「あの、提案なんですけど――今年の収穫祭、盛大にやりません?」
突然エルミラが告げた。
私が首を傾げると、彼女は続ける。
「ご主人様とアリーチェ様の結婚のお披露目もしていませんし、アリーチェ様のお誕生日もお祝いしていません。そして――全ての終わりと始まりの意味で!」
「いいっすねそれ! 屋敷の料理人も、町の料理人も全員で盛大に作りますよ!」
アルヴィンが賛成! といわんばかりに歓声を上げる。
横でビセンテさんとフリオさんが目を細めている。
「騒ぐ前に、王家から使者がいらっしゃるわ。皆、支度するわよ!」
パンパンと手を叩き、アマラさんが告げると、私とアウレリオ様も含め皆いそいそと支度に戻る。
部屋に戻り、支度をしながらエルミラがぽつりと呟く。
「本当に、あれから皆に笑顔が戻って……アリーチェ様も、ご主人様も元気になって……私、嬉しくって」
彼女が少し涙ぐみながら微笑む。
それを見て私もこれまでのことを思い返す。
王都で初めて会った日からエルミラとも、どんな時も一緒にいた。戦友のようなものだ。
私は、お祖母様から贈られた翡翠の衣装に身を包み、広間へ降り、王家からの使者をアウレリオ様と並んで待つ。
遠くからカラカラと車輪の音が聞こえ、それは次第に大きくなっていく。
私はごくり、と息を呑む。背筋から冷たいものが滴る。
車輪の音が大きくなり、そして、止まる。
白い、金色の装飾が施された馬車……王都に住んではいたが、実際に見るのはこれが初めてだ。
急に、屋敷の空気が張り詰め、厳かな雰囲気になる。
紺色の外套に身を包んだ、王家の使者が降りてくる。
私は、それを丁寧な礼とともに迎えた。
「ファルネーゼ侯爵、及び侯爵夫人、先日打診した王都への移住の件――考えてくださいましたかな?」
壮年の男性が私たちに尋ねる。
アウレリオ様は一拍、間をおいて静かに答える。
「王都への移住は――いたしません。これは妻も同じ意向です」
「奥様はなぜ、王都へ移住されたくないのですか?」
私は一瞬躊躇うが、男性の目をまっすぐに見据え、口を開く。
「私の生きる場所は、王都ではありません。国境の町だからです――夫の隣のこの場所が、私の生きる場所です」
使者は頷く。
「侯爵ご夫妻のお考えはわかりました。それでは、ファルネーゼ侯爵、後日、王城にて――」
もう一度一礼して、使者を見送る。
「正式に
アウレリオ様が珍しくため息をつく。元々「やんちゃ」な国境の町の領主が王城勤めも加わるとさぞかし息苦しいだろう。
私はそれを、微笑みながら見ていた。
あの日から彼もこうやって素顔を見せてくれるようになって、私も嬉しい。
そして、これからも彼が素のままでいられるように、私は傍にいたい。そう思う。
彼も、周囲の人々も、もう誰の笑顔も消させたくはない。
そのために私は前に立ち、彼の傍に居続ける。
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