第34話 真実と戸惑い

 王城での出来事は、すぐに王都中を駆け巡った。

 民衆は明かされた真実と一連のことを、まだうまく理解するには躊躇ためらいがあるようだ。

 無理もない。五代前――百年以上前からの価値観なんて、すぐに変わるものではない。

 そして、国の歴史が塗り替わったとしても、この国の王家は変わらず続いていく。


 「宰相閣下が……あんな恐ろしいことを裏でされていたなんて……」

 「魔力封印の上、終身幽閉になったそうよ。――牢は魔力が効かない構造になっているとか」


 民衆が囁くのを聞きながら、アウレリオは歩いていた。

 向かうのは――王都で滞在しているオルドラン伯爵邸。

 宰相の力が及ばなくなり、フェルミンの体調も少しずつ快方へ向かっているようだ。

 しかし、彼の指輪は――外されていなかった。


 「ミレイアを宰相の手から守りきれなかったのは――私の責任だ。だから、この指輪は……戒めとして、つけておく」


 声を落とすフェルミンの目は、僅かに揺れている。

 責任を感じている彼に、アウレリオはかける言葉を一瞬失う。


 「ご主人様! そして――ファルネーゼ侯爵様。王城から文が届いております」


 ――王城? 何の用だ?


 一瞬アウレリオの頭の中を疑問符が駆ける――。しかし、要件はなんとなく察することができた。


 「……オルドラン伯爵。……そちらを、開封していただけますか?」

 「これは、女王陛下が公式に使用される封蝋――国は、我らに何かを求めているようです」


 フェルミンが封を開くと、おそらく女王の直筆で、思いもよらぬことが書いてあった。


 --------------------------


 ――アウレリオ・ファルネーゼ侯爵及びフェルミン・オルドラン伯爵。


 この度のお二方の働きに、深く感謝いたします。

 おかげで、この国の誤りを照らすことができ、私も安堵しております。


 話というのは、他でもありません。

 私のもとで、手助けをしてくださいませんか?

 正統な血を引くあなたがたに、私がお願いするのも烏滸がましいかもしれません。

 ですが、この国を照らすため助力いただきたいのです。


 この国の過ちの責は、私――いいえ、現在のウィンドミル王家が負います。


 そして、お二方の今回の件の多大な功績を称え、そして、この国に対しての償いとして。

 公爵の位を授けたいと考えております。


 その件については後ほど王城から正式通達に向かわせます。


 多大なる感謝を込めて。


 ――女王 デルフィリア・ウィンドミル。


 --------------------------


 「やはり……そうきたか……」


 アウレリオは呟く。

 国の真実が知られた今、正統な血を持つものを王城に入れておきたいのだ。

 そのための陞爵しょうしゃくということは理解できた。

 断ることはできないだろう。しかし、国境の町現在の領地だけは安堵してほしいものだ。


 「正式な打診がくるのはしばらく後でしょう。――一度、アリーチェのもとへ、戻ってやってくれませんか?」

 「そうするつもりです。オルドラン伯爵――いえ、義父上ちちうえ。明日、ファルネーゼ領へ戻ります」


 夜、アウレリオは客室から、屋敷のバルコニーへ出る。

 満天の星がことさらに夜空に輝いて見えた。まるで、明日からの国の行く末を照らすように。


(全て、終わった――。父上、母上、姉上、クロエ……俺は、この国を照らすことができたでしょうか)


 ひとつの星がきらりと光る。喪った者からの返事のように。

 アウレリオの頬に一筋の涙が伝う。そこには『血霞の侯爵』と謂れなき異名を付けられた彼の姿は、どこにもなかった。


(この件の裁定は、ファルネーゼ領にも伝わっているだろう。アリーチェが動揺しなければよいが――)


 彼は、屋敷に残してきた妻のことを想う。今回の件で一番心を痛めているのは、彼女だ。

 戻ったら彼女の傍にいよう。彼はそう夜空の星々に誓った。


 朝になり、フェルミンに出立の挨拶をし、アウレリオとフリオは馬車へ乗り込む。

 カタカタと動き出す車輪に、屋敷で待っている彼女との距離が近くなっているのを感じていた。


 そして、窓の外の草木は陽の光を浴びて、今までと違う輝きを見せているように感じる。

 この国は少しずつ、だが、確実に動き始めている。

 百年以上にわたった価値観も、少しずつ変わっていくだろう。


 ファルネーゼ領は、無事だろうか。そして、何よりアリーチェは――心労で倒れてはいないだろうか。

 彼は、組んだ足先を何度も組み替える。

 そして、ふっと力が抜けていくのを感じていた。


 ゆっくりと時が経つ。外の景色を彼はぼうっと見つめる。

 全て終わった。そして、これから始まることを彼は考え、ひとつ呼吸を落とす。


 ただ、屋敷に置いてきたアリーチェの心情を思うと、一刻も早く彼女のもとへもどらねばと彼は強く思う。

 当然の帰結とはいえ、母親を喪った彼女は――大丈夫だろうか?

 彼女の翡翠の瞳が悲しみで揺れるのを、もう見たくはないし、これからもさせない。


 戻ったら、彼女が笑顔でいられる生活を、今度こそ――前を向いていけるように。

 カタカタと走り、揺れる馬車の中で、彼は、その手を握りしめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る