第22話 全ては噛み合っていく

 あの人のお父様に対する裏切りを知り、私の心臓は軋んだ。


 「――アリーチェ様。何と言ってよいかはわかりませんが……あなたは、ひとりじゃありません」


 少し震えが残る私の背中から、エルミラの呟く声がする。

 ふっと、私もぎこちなく口角を上げ、笑おうとして――頷いた。

 そうだ。私はあの頃とは違うのだ。あの人の言う通りに奪われていた――王都での日々。

 私の足は、自然と図書室の方へ向いていた。


 図書室の扉を開けると、朝日がうっすらと差し込み、しんと静まり返って誰もいない。


 (――あの本を、一度最後まで読んでみよう)


 棚にある古びた本を取り出す。しかし……こんな書物が、なぜここにあるのだろう。


 これまでに知ったことを、なぞるように読み返す。初代女王陛下、追放された王女――そして、塗り替えられた王家の話。

 そこから先は、不自然なまでに白紙であった――まるで、何者かに消されたかのように。


 (白紙――? いや、何かで消されたような、不自然な色)


 ページを捲っても、何も書かれていない。まるで、ウィンドミルの歴史が途中から消されているかのように。


 最後の方のページにたどり着いたとき、――そこだけ、あとから書き足されたような文字があった。


『あの子は――お父様の子ではありません。ウィンドミルの歴史は――誰かが真実を見つけ出してくれると願って――ルチアーナ・ファルネーゼ』


(追放された第二王女――ルチアーナ様。ファルネーゼ家のどこかに、真実が伝わっている――?)


 五年前の襲撃は――ただ血筋を消すためだけではない。ルチアーナ様がそう訴えているように浮かぶ。

 ふと、お父様から譲り受けた翡翠のブローチを取り出す。

 気がつかなかったが、中が開く形になっていた。そっと押すと、かすかな音を立てて開いた。

 中に、古い紙切れのようなものが入っている。インクも所々掠れていて、なんとか読み取れる範囲で――こう記してあった。


 ---


 お父様は、血が繋がっていないことも知らずにあの子を王にする。

 義母、コルネリア・ウィンドミル――いえ、フランドルはお父様の寵愛を利用し、ウィンドミルを塗り替えようとしている。

 デルフィーナは……お父様の子ではない。

 真実が――いつか明かされんことを。


 ---

 

 下の方に『エレノア・オルドラン』と記されたそれは、本と共に揃うことを待っていたかのように現れた。


 (夢の中でお祖母様と一緒に現れた、私とよく似た翡翠の瞳の女性――あの方は、もしかして)


 このブローチだけ、お父様が肌身離さず持っていた理由が――今なら繋がる。

 フランドル――宰相の姓。その宰相と関係を持っている母。

 オルドラン家に代々伝わるこのブローチが、あの人に見つかるより前に私のもとへ渡ったのは――何かの導きか。


 宰相は――何かを知っている。

 そうでなければ、この繋がりは説明がつかない。


 (襲撃も、翡翠の真実も――繋がっている。でもどうやって? お父様をむしばむ呪いは、誰が、どのようにして?)


 私は考えあぐねたまま、図書室の中を探した。薬草術や魔術――様々な本が揃っている。その中で、一冊の本がまるで誘うように存在を放っている。

 ページを捲るごとに、嫌な予感がじわりと背中に広がる。


 次第に呼吸が浅くなり、指先が、凍ったように冷たくなる。

 

『装飾品などを媒介とし、相手を次第に衰弱させ、死に至らしめる』

『その術は、特定の家系にのみ伝わる特殊なものである』


 その記述だけが目の前に浮かぶように見える。

 呼吸が、さらに浅くなるのを感じ、意識が遠のく。


 「――アリーチェ? ここにいたのか? ……アリーチェ!」


 アウレリオ様の声ではっと現実に戻される。彼が心配そうな目で私を見る。


 「また顔色が悪かった――何か、あったのか?」


 彼の視線が手元の本を見据える。


 「アウレリオ様、これを――あの本の最後には、書き足された文字が。それと……オルドラン家に伝わるブローチの中には……この紙が」


 震える手で彼に手渡すと、一瞬彼の目が鋭くなり、そしてわずかに揺れる。

 

 図書室のランプが静かに揺れ、張り詰めた重い空気が私たちを包む。


 彼が沈黙を破るように低いトーンで声を落とす。


 「やはり……繋がっていたのか……全てが――」


 私の横の椅子に彼は腰を下ろし、机上にある本へ目を通し、次第に彼の身体も僅かに震える。

 沈黙が包んだまま、窓の外の景色は橙から白い光、そして再び橙色に染まっていった。


 そして、彼が目の色を変え、口を開く。


 「――調べを進めよう。アリーチェ、君はしばらく屋敷から離れないほうがいい」


 静かに私は頷く。

 点と点は、繋がっていき、やがて大きな渦になろうとしている。

 

 彼は、ただ、静かに私を抱き寄せ、呟いた。

 

 「大丈夫……大丈夫だ。俺を――信じて、待っていてくれ」

 「ええ、私はいつもあなたのそばに」


 私は彼の手を握りしめ、お互いの胸元へもってくる。

 彼はかすかに微笑み、揺れる目で私を見つめる。


 「アウレリオ様。大丈夫です。私たちはひとりではありません――それに、これらも」

 「――そうだな」


 本と古い紙切れ――追放された王女の筆跡に視線をやり、お互いに頷いた。

 まるで導かれるようなタイミングで集まったそれは、私たちの行く先を示しているようだった。


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お読みいただきありがとうございます!

次回からの第四章:調査編はアウレリオ視点でお話が進んでいきます。

真実を確かめるため、調査を始めるアウレリオとアリーチェ。その先には――。


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