第5話

## 第5話 童貞メロディ


二次会のカラオケが始まる、五秒前。

栄光の架橋へと続く廊下。


マサトは、もう勝者の顔をしていた。

自然に**マリさん**をエスコートして、

気づけば肩に手を回している。


……早い。

早すぎる。


経験値の差を、背中で見せつけてくる。


一方、ただの童貞。


今夜、何か起きるんじゃないかと、

都合のいい妄想だけが膨らんでいく。


「流星くん、大丈夫?」


ふらついた俺を、

**チカちゃん**が支えてくれる。


距離、近い。

匂い、する。


「だ、だいじょーぶ…」


わざとふらついて、

強がってみる。


「あはは、ウケる」


笑ってくれる。

それだけで、心臓が仕事を始める。


――その瞬間。


「流星さん大丈夫ですかぁぁ?」


割って入る声。


アキのブタだ。

いや、ブタのアキ。


「ちょっと酔ってますし、

車で休んだ方がいいですよぉぉ」


……は?


今、

今じゃないだろ。


フォローしてる自分を

評価してほしそうな顔。


なかなかやるな、ブタ。


部屋に入ると、

マサトは一瞬で照明を落とし、

マリさんの隣へ。


完全にホームポジション。


チカちゃんと**タマちゃん**が並んで座る。

俺は隣を狙う。


……一瞬、遅れた。


アキの巨体が、

滑り込む。


速い。

負けた。


よし。

なら、逃げない。


俺はトップバッターで歌った。

声は震えていたけど、

みんな盛り上げてくれる。


マサトが歌って踊って暴走。

場が回る。


タマちゃんが可愛くまとめて、

マイクが、チカちゃんに渡る。


「よし、いってみよー」


歌声が、真っ直ぐだった。

笑顔とセットで、反則。


胸の奥が、ぎゅっとなる。

ぎゅ……うぅっ

…… と同時に、

気持ち悪い。


最悪のタイミングで、

俺は外へ出た。


夜風。

深呼吸。


「大丈夫?」


水を差し出される。

ボルヴィック。


灯りのない駐車場。

月明かり。


距離、近い。


「ありがと……

ちょっと酔っただけだから……

ぜんぜん大丈…うぅぇっ…夫」


ダサい。

最高にダサい。


でも、チカちゃんは笑う。


「無理しなくていいよ」


それだけで、

胸があったかくなる。


少しだけ、

別の時間。


「今日、楽しいね」


「うん」


即答だった。


やがて、みんな出てきて、

お開き。


全てを出し切り、ぼうっとしていると、


「流星、番号交換しなくていいの?」


マサトから、ロスタイムにキラーパスを受ける。


背中を押されて、

俺は言う。


「あ……交換……する?」


情けない声。


でも、

チカちゃんは笑って携帯を差し出した。


震える指で、数字を打つ。


それだけで、

世界が少し変わった気がした。


部屋に帰って、

ベッドに倒れ込む。


翌朝。


テーブルの上のボルヴィックを見る。


……ある。


夢じゃない。


俺はニヤけた。


少しだけ。

ほんの少しだけ。


昨日の俺は、

前に進んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る