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翌朝。

まだ拠点内に朝の気配が完全には広がっていない時間帯、ユキのシェルターの扉が控えめに叩かれた。

寝不足で浅い眠りを繰り返していたユキは、すぐに目を覚ます。嫌な予感が先に来た。

扉を開けると、そこに立っていたのはモユルだった。

いつも通り整った装備、崩れない姿勢。だが目だけがやけに冴えている。

「朝早くにごめん。少し話があるの」

断る余地はなかった。ユキは黙って中へ通す。

シェルターの中は簡素だ。テーブルと椅子、簡易ベッド、最低限の収納。生活感はあるが、どこか仮住まいのような空間。

その中央にモユルは立ったまま言う。

「先日の件、もう放置はできないわ」

ユキは肩をすくめる。

「……まだ尾引いてる?」

「尾を引いてるんじゃない。構造が出来上がり始めてるの」

ユキには意味がすぐに分からなかった。

モユルは淡々と続ける。

「これからはパーティは固定にする。基本、私とだけ組む。他の人とは原則組まない」

「え?」

「個人チャットも制限する。必要最低限だけ。雑談は禁止」

言葉が冷たい。だが怒っているわけではない。むしろ、計画を説明しているような口調だ。

ユキは苦笑する。

「ちょっと大袈裟じゃない?俺そこまで――」

「大袈裟じゃない」

遮られる。

「あなたは自覚が足りないだけ」

モユルは一歩近づく。

「好意を向けられる側が、どれだけ無自覚に火種を撒いているか分かってない」

数日前の全チャが頭をよぎる。血の画像。流れるログ。責められる文字列。

反論が弱くなる。

「……でも、それとパーティ固定は別じゃない?」

「別じゃない」

即答だった。

「あなたの周囲に“空白”があるから、奪い合いが起きる。なら、最初から枠を埋める」

言い切る。

「私はあなたの隣にいる。それを明確化する」

所有の宣言に近い言い方だった。

ユキの胸が、わずかにざわつく。

「それと」

モユルの視線が、テーブルの上に置かれたスマホへ落ちる。

「貸して」

「……え?」

「確認するだけ」

拒否する間もなく、モユルはスマホを手に取った。ロック解除を促す視線。

ユキは一瞬ためらったが、Laylaの件で強く出られない自分がいる。

解除。

モユルは迷いなく個人チャット履歴を開く。

ナカジマ。

ユキの心臓が小さく跳ねる。

「……距離置くって言ってたのに」

モユルが低く呟く。

画面には昨夜のやり取りが残っている。

《しばらく、距離置くわ》

――既読。

そしてその後。

《この前の狩場、効率悪くね?》

モユルの目が細くなる。

(やっぱり、あの男……)

誓った直後にこれだ。距離を置くと言いながら、自分から話題を作っている。依存と執着の匂いが濃い。

「ユキ」

声が一段低くなる。

「あのナカジマって男には、特に関わらないで」

「え?」

ユキは思わず反論する。

「ナカジマさんは悪い人じゃ……」

言い切る前に、モユルが首を横に振る。

「いいえ。あいつが一番危ない」

迷いがない。

「出来るかぎり接触は避けて」

その言い方は、警告というより確信だった。

ユキの中で、違和感が膨らむ。

確かにナカジマは少しおかしい。距離を置くと言いながら連絡してきたのも事実だ。

だが“危ない”と断定されるほどかと言われれば、即座に頷けない自分もいる。

「そこまで言う?」

「言う」

モユルはスマホを握ったまま言う。

「これは没収。しばらく私が管理する」

「ちょ、ちょっと待って」

さすがに焦る。

「それはやりすぎじゃない?」

「やりすぎでちょうどいいの」

モユルは淡々と靴音を鳴らし、扉へ向かう。

「あなたは優しすぎるんじゃない。線を引くのが遅すぎる」

扉を開ける前に振り返る。

「私が引く」

それだけ言って、出ていった。

扉が閉まる音が、やけに重い。

ユキはしばらく立ち尽くしたままだった。

スマホがない手のひらが、妙に軽い。軽いのに、落ち着かない。切り離された感覚がじわじわ広がる。

(管理、か……)

モユルの言葉は理屈としては通っている。昨日の炎上を思えば、過剰防衛も理解はできる。

だが。

(ナカジマが一番危ないって……)

そこだけが、引っかかる。

ナカジマは確かに不安定だ。だが、あの男なりに不器用なだけにも見える。距離を置くと宣言したあと、結局連絡してきたのは滑稽だったが、悪意とも違う気がする。

その違和感が、頭の中で回り続ける。

ベッドに横になっても、眠気は来ない。

スマホがないだけで、妙に世界が静かだ。誰かがログインした通知も、個チャの着信も届かない。切り離された感覚が、逆にナカジマの存在を意識させる。

(今ごろ、何してるんだろ)

考えるな、と自分に言い聞かせる。

モユルの異様な警戒心。

ナカジマの不自然な距離感。

自分がその中心にいるという事実。

胸の奥に、言葉にならないもやが溜まる。

結局、その夜ユキはほとんど眠れなかった。

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