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翌朝。


まだ拠点内に朝の気配が完全には広がっていない時間帯、ユキのシェルターの扉が控えめに叩かれた。

寝不足で浅い眠りを繰り返していたユキは、すぐに目を覚ます。

なぜだかわからないが嫌な予感がする。


扉を開けると、そこに立っていたのはモユルだった。

いつも通り伸びた背筋に、纏う装備は洗練されてる。

だが目だけが静かに燃えている。


「朝早くにごめん。少し話があるの」


断る余地はなかった。

ユキは黙って中へ通す。

シェルターの中は簡素だ。

テーブルとソファ、簡易ベッド、最低限の収納。

生活感はあるが、どこか仮住まいのような空間。

まるでここが自分の居場所ではないと言ってるような雰囲気が漂う。

モユルの目が部屋をゆっくり一周した。

そして小さく息を吐くと、ユキをじっと見据えた。


「先日の件、もう放置はできないわ」


ユキは肩をすくめる。

先日の件、つまりLaylaが全チャでリスカ画像を落とした、あの日のこと。

数日経ってようやくユキの中では整理された出来事になりつつある。

だが完全に引き摺ってないわけではない。


「……まだ尾引いてる?」

「尾を引いてるんじゃない。構造が出来上がり始めてるの」


意味がすぐに分からなかった。

もう全チャもユキを叩くコメントはなくなって平常通りとなってる。

表面上は収束したはずだ。

しかしモユルとは、大きな認識の隔たりがあるようだ。


「これからはパーティは固定にする。基本、私とだけ組む。他の人とは原則組まない」

「え?」

「個人チャットも制限する。必要最低限だけ。雑談は禁止」


言葉が冷たい。

だが怒っているわけではない。

むしろ、決定事項を説明しているような口調だ。

ユキは苦笑する。


「ちょっと大袈裟じゃない?俺そこまで――」

「大袈裟じゃない」


全て言い終わらない内に遮られる。

ユキの肩が揺れる。


「あなたは余りにも自覚が足りない」

「好意を向けられる側が、どれだけ無自覚に火種を撒いているか分かってない」


モユルがゆっくり詰め寄ってくる。

子供に言い聞かせるような声音だが、そこに拒否権はない。

数日前の全チャが頭をよぎる。

確かにモユルの言う通りだと納得してしまい、反論が弱くなる。


「……でもさ、それとパーティ固定は別じゃない?」

「別じゃない」


迷いなく切り捨てられる。


「あなたの周囲に“空白”があるから、奪い合いが起きる。なら、最初から枠を埋める」

「私はあなたの隣にいる。それを明確化する」


もはや、所有権の主張に近い。

ユキの胸が、わずかにざわつく。

モユルがどうかではない。

自分が商品にでもなったかのような感覚。


「それと」


モユルの視線が、テーブルの上に置かれたスマホへ落ちる。


「それ、貸して」

「……え?」

「確認するだけ」


拒否する間もなく、モユルはスマホを手に取った。

ロック解除を促す視線。

ユキは一瞬ためらったが、Laylaの件で強く出られない自分がいる。

仕方なく解除する。

モユルは迷いなく個人チャット履歴を開いた。

ナカジマ。

すぐさま、その名前を探し当てる。

ユキの心臓が小さく跳ねる。


「……距離置くって言ってたのに」


モユルが低く呟く。

ただ、こうなる確信は持っていたようだ。

画面には昨夜のやり取りが残っている。


《しばらく、距離置くわ》


――既読。

そしてその後。


《この前の狩場、効率悪くね?》


モユルの目が細くなる。


(やっぱり、あの男……)


誓った直後にこれだ。

距離を置くと言いながら、自分から話題を作っている。

これで好きじゃないと言ってたのが、ますます滑稽だ。


「ユキ」


声が一段低くなる。


「あのナカジマって男には、特に関わらないで」

「え?」


更に告げられたのは交友関係の選別。

ユキは思わず反論する。


「ナカジマさんは悪い人じゃ……」


言い切る前に、モユルが首を横に振る。


「いいえ。あいつが一番危ない」


迷いがない。

全て見透かしてるからだ。

だが、今のユキにはそれがわからない。


「出来るかぎり接触は避けて」


その言い方は、警告というより確信だった。

ユキの中で、違和感が膨らむ。

確かにナカジマは少しおかしい。

距離を置くと言いながら連絡してきたのも事実だ。

だが“危ない”と断定されるほどかと言われれば、即座に頷けない自分もいる。


「そこまで言うの?」

「言う」


モユルはスマホを握ったまま告げる。


「これは没収。しばらく私が管理する」

「ちょ、ちょっと待って」


さすがに焦る。

余りにも横暴だ。


「それはやりすぎじゃない?」

「やりすぎでちょうどいいの」


モユルは淡々と靴音を鳴らし、扉へ向かう。


「あなたは優しすぎるんじゃない。線を引くのが遅すぎる」


扉を開ける前に振り返る。


「私が引く」


それだけ言って、出ていった。

扉が閉まる音が、やけに重い。

ユキはしばらく立ち尽くしたままだった。

スマホがない手のひらが、妙に軽い。

軽いのに、落ち着かない。

切り離された感覚がじわじわ広がる。


(管理、か……)


モユルの言葉は理屈としては通っている。

昨日の炎上を思えば、過剰防衛も理解はできる。

だが。


(ナカジマが一番危ないって……)


そこだけが、引っかかる。

ナカジマは確かに不安定だ。

だが、あの男なりに不器用なだけにも見える。

距離を置くと宣言したあと、結局連絡してきたのは滑稽だったが、悪意とも違う気がする。

その違和感が、頭の中で回り続ける。


ベッドに横になっても、眠気は来ない。

スマホがないだけで、妙に世界が静かだ。

誰かがログインした通知も、個チャの着信も届かない。

切り離された感覚が、逆にナカジマの存在を意識させる。


(今ごろ、何してるんだろ)


考えるな、と自分に言い聞かせる。

モユルの異様な警戒心。

ナカジマの不自然な距離感。

自分がその中心にいるという事実。

胸の奥に、言葉にならないもやが溜まる。

結局、その夜ユキはほとんど眠れなかった。

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