第24話
ティンクが黒板に、{キャバレー}と書いた。
「絶対にダメだ」と担任が言った。
「でも、昭和の街風景といえば、キャバレーじゃないでしょうか」
「加藤、おまえはなんでそれを知っているんだ」
「おじいちゃんが言ってました。キャバレー通いが大好きで、おばあちゃんにいっつも怒られていたみたいです」
どっと笑いが起こった。クラス中がウケている。
「それで、老舗の和菓子屋が傾きかけたんです」
自虐的なこと言って、さらに笑わせにくる。また皆が笑って、ティンクも肩を震わせていた。チラッと加藤さんを見て、腰のあたりでピースサインをすると、あっちも親指を立ててドヤ顔を見せていた。
「あのなあ、陵日祭でキャバレーなんてやったら、俺の首がふっ飛ぶだろう。車のローンがたんまり残ってんのに、この歳で無職になりたくないぞ」
二年三組は、クラスとして文化祭でなにをやるのかを話し合っていた。
司会はなぜか自分が指名されてしまい、書記というか黒板への筆記係はティンクとなった。
僕たちが付き合っていることは先生にもバレているので、あえてカップリングをされてしまったようだ。
教壇に上がったとたんに、夫婦での初の共同作業、とか冷やかされてしまい、けっこう恥ずかしい思いをしながらやっている。
今年の文化祭が、{なつかしい街風景}という、なんともつかみどころのないテーマとなった。
各クラスでテーマに沿ったことをするのだが、我が三組の提案がまとまらない。お化け屋敷とか、どこがなつかしいのかメイド喫茶とか、耳にタコ物件ばかりで新鮮味のある意見が出なかった。
「だったらキャバレーでいいじゃん。昭和の街風景って感じでさ、なつかしいじゃん」と、加藤さんが挙手をしてから言ったんだ。
「なして昭和?」
「なんとなく街風景って感じがするから。知らんけど、懐(なつ)い気がするんだよね」
「ああ、それわかる気がする」
「でも、私たち生まれてないよね」
「平成は近すぎて微妙だし、令和じゃ今すぎて面白くないし、昭和でいいんじゃないの」
おもに、窓際の女子からの賛成意見が相次いだ。
「でもよ、キャバレーってどういうことをするんだ、いや、されるんだ」
ある男子からの素朴な疑問だ。僕もよくは知らない。
「男と女の夜の社交場って感じじゃないの。詳しくは知らんけど」と言ったのは太田さんだ。
「もうちょっと、セクシーでエロいかも」須藤さんが言うと説得力がある。
「ギャルがスケベな客をもてなすんだって」と誰かが言った。
「それ、キャバクラじゃん。お兄ちゃんがハマってるよ」
ここでゲラゲラと笑いが起こる。
「動画でみてるけど、やっぱきれいなお姉さんが、オッサン連中を相手にしてるけど」
ある男子がスマホでキャバレーの動画を見ていた。すると、皆がケイタイを取り出そうとする。
「コラァ、ケイタイを見るな。いちおう授業中だからなー」
担任が怒ってやめさせた。
「とにかく、そういういかがわしい店はダメだからな。おまえらは高校生なんだから、まじめに考えろ」
クラスの皆がマジメに考えた結果、接客業という、すごく幅の広いものになった。三組の教室を何かの店として、生徒がお客さんを、おもてなしするということだ。
「どういう店にすればいいですか。意見があれば手をあげてください」
なんか面倒くさくなってきたけど、司会なので議事を進行させなければならない。
「はい」と挙手をしたのは、またしても加藤さんだ。
サッと立って、ニヤニヤしながらこっちを見ている。イヤな予感がしたので、先に禁止事項を説明しておく。
「ええっと、キャバレーはダメですから」
「だったら」
「キャバクラもダメです」
加藤さんの目論見は、なんとなく察することができた。きっと派手な格好して、人前に出たいんだ。
「なんでもいいから、オシャレさせてよ~。うちのクラスは美人が揃ってんだから、もったいないでしょう。ニッポンの損失よ」なんというか、図星だった。
「その美人の中に、あたしも入っているよね」
「太田はさあ、分類的に恐怖的な美人」
爆笑だった。言い当て妙な感じで、太田さんは腕を組んで不機嫌を隠さない。
「そういうあんたは絶壁美人」
太田さんの言い返しに、司会でありながらも自分は笑ってしまった。ティンクも、黒板に顔をくっ付けながら肩を震わせている。
「オッパイは整形でデカ乳にできるんだから、問題ない」
「顔だって、整形でどうとでもなるって」
「いや、怖いのはムリ」
「ムリじゃねえし」
もう、爆笑が止まらない。担任も呆れてしまっている。
「はいはーい」
ここで我妻さんが立ち上がった。
「おもてなし、って店にすればいい。みんなは、なつかしさを感じさせるような衣装なりメイクなりサービスなりして、お客さんをもてなすのよ」
「それいいね」
「誰もやったことないアイディアで、なんかいいんじゃないの」
「メイドやったり、お化けの格好したり、コスプレしたり、自由でいっぱいあって面白そう」
各人が好みの衣装でお客さんをもてなす喫茶店、というコンセプトになった。アニキャラのコスプレでも、幽霊でも、バニーガールでもいいってことだ。
たしかに文化祭の出店としては、あんまり聞いたことがない。問題は学校側から許可が下りるかどうかだ。
「おまえら、あんまり派手にやるなよ」
面倒くさくなったのか、担任は投げやり気味に許可してくれた。
女子たち、とくに加藤さんがガッツポーズ&ピースサインを見せつけている。「ティンクティンク」と手で呼び寄せて、なにか耳打ちしていた。
「うわあ、それってヤバいよ」とティンクがダメダメしている。なにかを企んでいるようだ。
最近は、加藤さんがやたらと絡んでくるようになった。もちろん、いい意味でだ。窓際グループと須藤さんグループの接近が多くなっているんだ。
これは素晴らしいことだ、と考えるのは、じつはちょっと早かったりする。どうしてかっていうと、二つのイケイケグループが一つになると、ほかの地味~なグループが孤立してしまうからだ。
じっさい、オタクっぽい女子たちのグループがあって、いわゆる学園カーストの下っ端だったけれど、前は二つの敵対するグループの狭間にあって、それなりに重宝されていた。味方は多いほどいい、敵は少ないのに限るから。
だけどいまは隅のほうで、小さく目立たないように固まっている。もちろん、須藤さんグループが彼女らをイジメることなんか絶対にないし、窓際グループがそういうことをしたら、いくら雪解けしたといえども、猛然と突っかかっていくだろう。
基本的になにもしてないのだけど、空気を読み過ぎて、彼女たちのほうから萎縮してしまっているんだ。
「ねえねえ、アニメチャンネル見てんでしょう。あれ、どうなったの」
その地味~なグループに、ここのところ、ティンクがちょくちょく顔を出している。
僕の彼女はもともと美人すぎるし、スタイルもいい。くっそ度胸もあるので、本来ならカースト上位になっていてもおかしくはなかった。須藤さんや加藤さんたち、学園アイドルの新崎君からも、いま以上に慕われていたと思うしな。
ただ片腕なことや、中学の時のイジメ、さらに母子家庭で貧乏だったり、成績がアホだったり、ムダに孤高だったりしたので、他人と溶け込めなくなった。クラスの人気順位では最下位となってしまい、かなり残念な感じだった。まあ、それは僕も同じようなものだったけど。
だがしかし、どういうわけか、いまは人気者だ。
須藤さんグループに入ったことが大きいけど、六月際でのダンスだったり、新崎君に惚れられたり、加藤さんに絡んでいたDQNを張り倒したりして、信頼されるようになった。彼女自身のグレードが上がったというか、そんな感じだ。
地味~なグループは、そんなティンクに親しくされて、そうとうにテンパっていた。機嫌を悪くさせないよう慎重に、まるで腫れ物にでもお触りするように相手をしていて、見ていて気の毒な感じだったんだ。
「なあ、アニメ女子たちに気を使ってやるのはわかるけど、もうちょっとソフトにやったほうがいいんじゃないか。あの子たち、けっこうキョドってるぞ」
「はあ?なに言ってるのよ」
「いやだってさあ、最近よく話しかけているから」
「さなえさんのパソコンでアニメを見ていたんけど、いなくなって見れなくなったから、続きがどうなったのか知りたいだけよ」
「そんなの、サブスクでいくらでも見れるだろう」
「お金もったいないでしょう。ムダ使いしているとお尻が痒くなっちゃうんだから。そもそもパソコンもスマホもないし」
「お尻がどうなっちゃってんだよ。アニメだったら、テレビでもやってるだろう」
「深夜は寝てますし、誰かさんの粘っこい長電話で、どのみち見れないんですけど」
昨日、放課後のカフェでこんな話をしたんだ。
長々と語ってしまって、結局なにが言いたいかという、ティンクがクラスの中心になってきているのではないか、ということだ。
本人は意図していないと思うけど、陵日高校二年三組は、片腕の美アイドルを軸としてまとまってきている。
これって、なにげに奇跡的なことではないか。
だって、クラス替えした春の時点では、近寄りがたい変わり者だったのに、いまでは欠かすことのできない中心人物になっているんだ。深町さんの心配が真逆の結果となってしまった。もう最高だろう。
「麻尋、なにニヤついてるのよ。司会なんだから、サボッていたらダメでしょう」
我が彼女を愛でながらニヤついたら、その本人に叱られてしまった。遠くの席にいる須藤さんから、指ピストルでバキューンと撃たれた。本業に戻らなければならない。
「二年三組では、おもてなしの店、ということで決を採りたいと思います」
異論はなかった。テキトーとも思える提案に、なにはともあれ落ち着いてしまった。これでいいのかは、とても怪しいと思う。
昼食時、僕は須藤さんグループの近辺にいる。席がすぐそばなので、どこにも行かないとそうなってしまう。
ティンクがアニメの話を聞きたがるので、地味~な女子グループが限りなく接近していた。もちろん、誰も彼女たちを排除しようとはしない。空気感が柔らかく、いつも通りにあぶれた男子も集まっている。
「ねえねえ、そっちはどうするの。メイドとかコスプレするの」
加藤さんたちまで接近してきた。もうここはどこかの一か所ではなくて、クラス全体みたくなっている。
「まだ決まってねえよ」と、太田さん。
「みんなでさ、おもいっきりメイクしようよ。安いスナックの女みたいに妖しい感じがいい。そういうのって一回やってみたくて、面白そうじゃないの」
その場の空気が一瞬で凍りついた。
須藤さん、太田さん、我妻さんに遠藤さんの表情が固くなった。とくに太田さんは、眼が死んだ魚のようだ。僕の心も穏やかではない。
「あんた、それってティンクへの当てつけか」
「えっ」
加藤さん、ピリついた雰囲気を察してキョドっていた。彼女を見る我が女子たちの目線がキツイ。タイマンの前のオーラが滲み出ていた。
「え、あの、私、なんかヤバいこと言っちゃった?」
血の気が引いて焦っている。どうやら、ワザとではないらしい。
「お母さん、その安いスナックのホステスしているから」
申し訳なさそうにティンクが言ったんだ。
「あっ」と、加藤さんが小さく声を上げた。なんとなく知っていたはずだけど、迂闊にも言ってしまったようだ。
「ほんと、うちのお母さんって、なんだろうね」
ティンクは加藤さんが悪者にならないように、母親のせいにしている。
「違う違う。陽奈のお母さんのことじゃないから。そういうのじゃないから。ごめんね、ほんとにごめん」
「アッキーが悪いわけじゃないから謝らなくてもいいよ。かえって気を使わせちゃって、ごめんなさい」
加藤さんとティンクがお互いに謝っている。ちょっと滑稽な光景だけど、誤解だとわかって、ピリピリと帯電していた場の空気感がやわらいだ。男たちがホッとしている。なにせ、うちの女子たちは強力すぎるからな。
「まあ、派手派手メイクでおもてなしする、っていうのは面白いかもね」これは須藤さん。
「でしょう、でしょ。うちの組は私含めてきれいどころばっかりなんだから、ぜったい映(ば)えるって」
「きれいどころって、オッサンかよ。つか、シレッと自分上げしてるよな」
太田さんが言うと、どっと笑いが起こった。ティンクもニコニコ顔だ。
「明日の放課後、みんなでメイク大会をやろうよ。男子も残ってて、味見してくれたら盛り上がるから」
「味見という表現はヤバい気がするけど」
遠藤さんが、そっとつぶやくんだ。味見ではなくて、見比べとか評価とかだよな。
「あたしは部活があるからムリだわ」
「太田は怪談要員だから、べつにいいよ」
「あんた、殺すからね」
この二人が本気でないことを祈る。
「じゃあ、文化祭の準備を教室でやるってことで、先生に許可とれば。ムダにたむろしてたら怒られるし」
「フミフミ、それはグッドなアイディアだわ」
我妻さんに向かって、加藤さんが親指を上げてサムズアップした。ウインクはいらないと思うけど。
「なんか加藤さんにフミフミって言われると、なんかあ、アソコが痒くなるっていうか」
我妻さんがスカートの上に手を置いて言った。女子たちがクスクス笑いで、男どもは目の色が変わっている。上野のリアクションをみられないのが残念だ。
「陽奈はマストだから、絶対に残っててね。なにもないでしょ」
「うう~ん、とくに用事はないんだけど」と言いながら、ティンクの目線がこっちへと流れてきた。
明日の放課後、僕とティンクに確固とした予定はないけど、駅近くにできたドーナッツ屋のことをさっき言っていたので、おそらくは僕のおごりで寄っていこうと考えていたフシがある。
「彼氏も一緒にいなさいよ。ただでさえ美人な彼女なのに、ありえないくらいにレベルアップするから。もう神レベルにしちゃう」
「あんたさあ、たんにティンクをイジりたいだけじゃないの。この前のに味をしめちゃってさあ」
「じつはメイクに凝っているんだよね。将来的に、そっちの方面に就職したいと思ってるし」
「自分の顔でやればいいじゃん。言いたくはないけど、加藤さあ、けっこう美人だと思う」
「陽奈には、ぜんぜん負けるって。素材がいいと、メイクアップするアーティストの腕も上がるんだから」
「アーティストまでなったんかいィ~」
我妻さんのツッコミで、その話題は笑いとともに締められた。
「陽奈、ぜったいだからね」
結局、明日の放課後にメイク大会をすることになった。参加は自由だけど、ヒマな女子は半強制的に参加する流れだ。もちろん、ティンクは断れない状況となった。
僕としては、じつはけっこう楽しみにしている。だって、自分の彼女がきれいになるのを喜ばない男はいないだろう。
スマホがブルッたから見ると、上野からだった。明日が楽しみで今夜は眠れそうにないとのこと。我妻さんも可愛いからな。その気持ちがよくわかるよ。
「あしたはドーナツ屋さんで、めっちゃおいしいドーナッツを食べようと思ったのに」
そう言いながら、ティンクはドーナッツにかぶりついていた。
「いや、いま食ってるじゃんか」
「これは今日の分でしょう。わたしは明日の話をしているのよ」
「ティンクさんは、ひょっとして二日連続でここに来ようとしていたのか」
「もちろん」
「ひょっとして、二日連続で僕におごらせようとしていたのか」
「二日だけじゃないから。麻尋が破産するまで毎日よ。当然でしょ」
アイス抹茶ラテをチューと吸い込みながら、僕の彼女はツンとすました表情だ。
唇のまわりに砂糖が付いているのはご愛敬かな。おもわずヘンタイ的な衝動に駆られてしまうのは、男としてはしょうがないだろう。我妻さんが同じような状態ならば、上野は発狂して抱き着いているはずだ。
「上野はそこまでしないでしょ」
「また僕の心を読んだな」
まったく、女子はどうして心眼が鋭すぎるんだ。
「基本的にチキンなんだから、上野は」
呼び捨てにされて、さらにチキン呼ばわりされてしまった。我が友人の地位が、いつものように低すぎて泣けてくる。
「うまくいっているのかなあ、あの二人」
「うまくいっているから、ティンクさんに悪口を言われちゃうんだから」
「まさか、焼いているのか」
「誰に?」
「ええっと、そうだなあ、我妻さんとか」
「っもう、バカなの」
僕とティンクは、対面ではなくて並んで座っている。毎度毎度のことだが、ぐいぐいと、ないほうの肩口を押し付けてくるんだ。
「なんだよ」
「わたしたちだって、うまくいってるでしょう」
「そんなの、当り前じゃないか。あたり前田のクラッカーだよ」
「昭和かっ」
「まだ売ってるよ」
おじいちゃんでも知らないギャグを口走るなと叱られること小一時間、良い時が流れている。
「そういえば、さっき橋本さんからなにかもらってたよな」
「マンガの単行本を借りたんだ。前からたのんでいたから」
橋本さんはオタク女子だから、マンガをたくさん持っているだろう。ちょっと驚いたのは、ティンクと貸し借りしあうほどの仲になったことだ。
「今度、さやっちと一緒に、橋本さんの家にお邪魔する予定なんだ」
「遠藤さんとか。へえ~」
順調に友だちを増やしているティンクに対し、僕は上野だけだな。
「なんか、最近はクラスの連中といい感じだよな」
「うん。みんなと友だちになりたい。中学の時は全然ダメだったから、高校でちゃんとしたいんだ」
ティンクはドーナッツを食べ終えてしまった。追加を買いに行きたいけど、ここで話を切りたくない。
「友だちって、そんなにムズくないだろう。あんがいと話せるもんなんだよ」
「そんなことないよ。いまでも、かなえたちと話すのは緊張するし、アッキーはどこまで本気なのかわからないし。今日は仲良くしても、明日になって手のひら返されるかもって考えると、なんだか眠れない」
これはマジな気持で言っていると思う。
「わたし、もう中学の時みたいにしないよ。あんなことするなら、死んだほうがマシ」
あんなこととは、みんなの前で土下座することだ。
「大丈夫だよ。ティンクが橋渡ししているから、クラスの中が固まってきているのはいいことじゃないかな。すんごい役に立っているって」
「べつに役に立とうとしているわけじゃないけど」
「結果的に、みんながティンクを気にしているんだよ。僕の彼女が人気者なのは、ちょっと嫉妬するけどな」
いまの言い方は恥ずかしいなと思っていたら、ティンクがジーっと見つめてくるんだ。なんか、緊張してきた。
「麻尋と仲良くなってから、みんなとも話せるようになったと思うんだ。すっごく感謝してるし、ほんとにありがとう」
瞳がうっすらと濡れている。本心から言われると、こっちの目も潤んできちゃうよ。
「でも、麻尋が相変わらずのボッチくんなのは、なさけないんだから」
そう言われてズッコケてしまった。
「この感動的な展開で、それを言いますか」
「甘いぞ、半歩君。ティンクさんは甘くないのだ」と言い放って、自分のお皿をグイグイと押し付けてきた。
「甘くないティンクさんに、毎度毎度甘いものをおごるのはしんどいぞ」ここのドーナッツは高いんだよ。
「いやならいいよ。翔太におごってもらうから」
「いやいや、新崎君には飯島さんがいるから」
「ヘンタイ君が一人で満足するわけないでしょう」
「それ、新崎君の前で言っちゃダメだぞ」
ケラケラと軽快に笑っている。つられて、僕もゲラゲラとやってしまった。
「俺がどうかしたのか」
「わっ」
いきなりだった。なんと後ろに新崎君がいるではないか。しかも、飯島さんと一緒だ。
「二人でデートなの?お熱いね」
ティンクがすっとぼけて言うんだ。
「そうなの。これから授業にいくんだけど、その前にヘンタイ君にドーナッツをおごってもらうのよ」
しっかりと聞こえていたようだ。これは気まずい。
「飯島さんは、これから授業なんだな」
「定時制だからね。四年間の高校生生活は長いわ。夜は眠いし」
眠そうな感じではないな。気のせいか、表情が柔らかくなったように見える。
「なあ、明日の放課後、三組でメイク大会をやるんだって。陽奈子もやるんだろう」
どこから仕入れたのか、イケメン君は相変わらず情報の取得が早い。
「亜希から連絡あって、うちも行っていいっていうから。明日はよろしくね」
「うん、大歓迎だよ。一緒にきれいになろうよ」
「ティンクは、なにもしなくてもきれいだけどさ」
ティンク、返答に困って微妙な笑みでごまかしている。
「俺も行くからよろしくな」と新崎君。
「男はメイクしないぞ」
「そんなこと知ってる。一美がどうなるか見たいんだよ」
それもあるけど、きっとティンクを愛でたいのもあるだろう。こいつだけは油断できない。
「麻尋、ドーナッツまだ?」
ここで、おかわりの催促だ。やっぱり食べるのかよ。ニコニコしながらも、欲望は隠さない女なんだ。
「俺がおごってやるよ。一美のも陽奈子のも、ついでに半歩のも」
「半歩言うな」
ティンクと飯島さんが笑っている。イケメン君は、してやったりのドヤ顔だ。
「いや、僕がおごるから。全部おごるから、じゃんじゃん頼んでくれ」
ここは見栄を張るしかない。負けてはいられないんだ。
「一美はけっこう食べるけど、大丈夫か」
ウンウンと、飯島さんが頷いている。口元が、えへへへと笑っていて、悪魔の食欲を予感させた。ちなみに、財布の中身はティンクのおかわり分しかない。それもギリギリなんだ。
「あ、いや、そのう、新崎君がどうしてもっていうんだったら、そのう、だから、おごってもらってもいいかなとは思う」
軽蔑されているような視線が痛いが、ないものはないのでしかたがない。
結局、イケメン君がおごってくれた。
飯島さんにはドーナッツだけではなくて、ケーキとかクロワッサンとかワッフルとか、盛りだくさんだった。ほんとに食うんだな。ティンクも負けているほどだった。
「さっきの麻尋って」
この店で一番高いプレミアムドーナッツをおいしそうに頬張りながら、ティンクが流し目で言うんだ。
「ダサ」
僕のドーナッツは、ちっとも甘くなかった。
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