第3話 放課後の共闘


 石柱が並ぶ広間は、地下とは思えないほど広かった。天井は闇に溶け込み、足元の石畳は古い遺跡のようにひび割れている。中央に立つ淡い光の柱が、空間全体をぼんやりと照らしていた。


 桜井紬は、無意識に息を潜める。


「ここが中心部?」


「ああ。第一階層の基点だ」


 天城奏は短剣を握り直しながら答えた。その横顔は冷静だが、視線は絶えず周囲を走っている。


 広間の奥へ進もうとしたとき、床に違和感を覚えた。


 石畳の一部が、わずかに沈んでいる。


「待って」


 紬は思わず声を上げた。


 奏がぴたりと止まる。


「そこ、色が違う」


 よく見ると、四角い石の縁に細い傷が集まっている。他の石よりも擦れた跡が多い。


 紬は近くに落ちていた小石を拾い、その石畳の上へ投げた。


 瞬間、壁の穴から矢が放たれ、石を貫いた。


 乾いた音が広間に響く。


「……罠か」


 奏が低くつぶやく。


「踏んでたら危なかった」


 紬の背中に冷や汗が流れる。


 奏はわずかに視線を柔らげた。


「よく気づいたな」


「なんとなく。傷が多かったから」


 自分でも不思議だった。ただ、違和感を見逃せなかっただけだ。


「観察力は武器になる」


 奏はそう言って、罠を避ける経路を示した。


 その言葉に、紬の胸が少しだけ軽くなる。


 戦えない自分にも、役目がある。


 二人は慎重に進む。


 広間を抜けた先は、細い回廊だった。壁には蔦のような模様が浮かび上がり、青白い光が脈打っている。


「この階層は、まだ浅い」


 奏が説明する。


「魔物も弱いが、数は多い」


 言葉が終わるか終わらないかのうちに、通路の奥で影が揺れた。


 小型の魔物が三体。


 犬に似ているが、目は赤く、牙は異様に長い。


「下がっていろ」


 奏が前へ出る。


 最初の一体が飛びかかる。奏は体を半身に開き、最小限の動きでかわす。刃が首元を裂き、霧となって消える。


 二体目が横から襲う。


 紬は壁際に身を寄せながら、周囲を見渡す。


 床に、ひび割れが走っている部分があった。


「右!」


 反射的に叫ぶ。


 奏が右へ踏み込むと、魔物の足がひびに引っかかり、一瞬動きが止まった。


 そこへ鋭い一撃。


 残る一体は距離を取って唸る。


 低い姿勢で円を描くように動くその様子を、紬はじっと見つめた。


 視線が一定だ。


 獲物の隙をうかがっている。


「後ろから来る!」


 叫んだ直後、魔物が回り込んで跳びかかった。


 だが奏はすでに振り返っていた。


 刃が弧を描き、最後の一体も霧散する。


 静寂が戻る。


 紬は膝が震えていることに気づいた。


 怖い。


 だが、それ以上に胸が高鳴っている。


「ありがとう」


 奏が短く言う。


「私、何もしてないよ」


「声がなければ、対応が遅れた」


 彼は淡々としているが、その言葉は確かだった。


 紬は小さく息を吐く。


 自分は足手まといではない。


 それだけで、少し前に進める気がした。


 回廊を抜けると、再び広い空間に出た。


 今度は床の一部が水に沈んでいる。浅いが、底は見えない。


「湿地帯エリアか」


「エリア?」


「階層ごとに環境が変わる。ここは足場が不安定だ」


 奏が慎重に一歩踏み出す。


 水面が波打つ。


 そのとき、背後で水音が弾けた。


 水中から、細長い影が飛び出す。


 蛇のような魔物。


 奏はすぐに斬り払うが、二体目、三体目が続く。


 紬は水面を見つめた。


 波紋が広がる位置が不自然だ。


「左、三歩先!」


 奏が言われるまま踏み込むと、ちょうどその位置から魔物が飛び出した。


 迎撃。


 刃と牙が交差し、水しぶきが散る。


 やがて最後の影が消えた。


 静まり返った湿地帯で、紬は肩で息をした。


「……すごいな」


 奏がぽつりと言う。


「何が?」


「初めて入ったとは思えない」


 紬は首を振る。


「怖いよ。でも、見てるとわかる気がする。どこが変か」


 自分でも説明できない感覚。


 だが、それは確かに役立っている。


 奏は少し考え込むように視線を落とした。


「向こうの世界には、戦士だけじゃなく、斥候や術師もいた」


「せっこう?」


「敵の動きを探る役目だ。観察し、仲間に伝える」


 紬は小さく笑う。


「じゃあ、私はそれかな」


「……そうかもしれない」


 その言葉に、胸が温かくなる。


 放課後の教室では、ただの一生徒だった自分。


 だがここでは、役割がある。


 二人は水辺を抜け、乾いた石床へ戻った。


 遠くで、低い振動音が響く。


「奥に何かいる」


 奏の声が引き締まる。


 だが紬は、ふと別のことに気づいた。


「ねえ」


「何だ」


「私たち、ちゃんと協力できてるよね」


 不安と期待が入り混じった問い。


 奏は一瞬だけ目を見開き、それから静かに答えた。


「ああ。今は一人じゃない」


 その一言が、紬の胸を強く打った。


 通路の奥へ進む。


 恐怖は消えない。


 だが、背中を預けられるという感覚が、確かにそこにあった。


 放課後の裏庭から始まった冒険は、もう偶然ではない。


 これは、二人で進む道だ。


 紬はそう確信しながら、奏の隣を歩いた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る