第31話 観測者の恋
◆◆◆
いま丁度、町は夜明けを迎えていた。
東の空に昇る朝日。ああ、この美しい眺めを人はしののめと言うのだったろうか。
今日が休日で本当に良かったと思う。昨日から一睡もしていないからだ。寝ずの勤務はさすがにこたえる。
魔王軍の死体は、全て衛兵が後片付けをしてくれた。
町の魔法結界を修復した後で、ラスティンは思考している。いま、病院へと戻るために道路を歩いていた。
今回の事件は何かがおかしい。
襲ってきた魔王軍、その種類は雷鳥竜、ダークメイジ、ゾンビ騎士である。これらのモンスターは普通、同じ場所に群れたりしない。つまり、故意に一箇所に集められて、統率されて襲って来たということになる。
あのサキュバスが司令塔だったのだろうな。
敵は強かった。彼一人ならば、殺されていてもおかしくはなかった。
だとしても、この町を襲う理由はなんだろうか?
ここは確かに魔法町だ。人間の魔法使いたちが集まる重要拠点である。それだけでも魔王軍にとっては潰す町として魅力があると言えた。
しかし、昨日の魔物たちの言葉がひっかかる。
ノクティアを王女と呼んでいた。サキュバスは、ノクティアが魔王の血を引いているとも……。
(まさか?)
朝方ということで、町は閑散としている。開放感があり、風が体に心地よい。石畳を踏みしめており、靴底がリズム良く乾いた音を立てていた。
右手に握る魔導具、モンスター魔力波動センサーの振り子を見つめてみる。いま、0を指している。つまり近くに魔物はいない。だけど一つ、おかしな点がある。
振り子の針が赤く光っているのだ。
普通、センサーはこのような奇妙な反応を見せたりしない。
病院に近づくにつれて、センサーの針の赤い光は強くなっていくようだった。
(これは一体、どういうことだ?)
センサーが壊れたのだろうか?
いや、昨夜まではキチンと作動していたはずだ。
この赤い光が何なのか。
ノクティアのそばに行けば、分かる気がしていた。
病院にたどり着き、玄関でスリッパに履き替えて床に上がる。
ナースステーションでマコトの部屋番号を聞き、通路を歩いた。
センサーの振り子を見る。
針の赤い光は、眩しいほどに強くなっていた。
それどころか針が大きく左右に揺れている。
異常が起こっていた。
ラスティンの胸がざわざわと震える。
マコトの個室にたどり着く。
扉を少し開いた。
ノクティアが、マコトの手を両手で握りしめており、祈るように見つめている光景があった。
……っ。
(何だろう、この気持ちは)
どうしてか切ない。
気を紛らわすようにセンサーの針に目を向けた。一度だけそれまで以上に針は強く光り、その後でおさまった。左右の揺れは止まり、0をまた指す。
接近することで、ノクティアの特異能力が魔導具を停止させたのである。
ラスティンは分析した。
その上で断定もした。
つまり、先ほどまでの赤い光は、ノクティアから発せられる特有の波動である。そして、ノクティアに近づくと、魔導具は魔力を無くして停止する。
では特有の波動とは何なのか?
また分析する。
つまり彼女は普通の人間ではない。
魔王の血を引いている。
そう判断するしかあるまい。
魔王と魔物の娘なのか、人間とのハーフなのか、そこは分からないのであるのだが。
昨夜、サキュバスはその事実を魔王に報告すると言っていた。
だとすれば、魔王軍はノクティアを狙って、もっと大規模な襲撃を町にしかけるだろう。
可能性としては大だ。
そんなことになれば、町民、魔法使い、兵士、多くの死者が出ることになる。
最悪の事態が想定された。
ラスティンはかぶりを振る。
決断するしかあるまい。
ノクティアには悪いが、町を出て行ってもらうことになる。
合理的に考えれば、ラスティンでなくとも、その答えにたどり着くはずだった。
扉の隙間からノクティアをまた見つめる。
こちらには気づいていないようだ。
泣き疲れたような顔。
彼女の顔が若干青い気がするのは、マコトに輸血をしたからだろうか?
そこに彼女のいつもの強さはなく、か弱い少女そのものだった。
ただの女の子。
可愛らしい。
ラスティンは気づいた。
普段のノクティアの強いオーラは、仮面なのだ。
それを取れば、こんなにも弱々しい姿となる。
そして確かなこと。
ノクティアはマコトを想っている。
一途に。
(……っ)
ラスティンの心に違和感がまた起こった。
何だ!?
センサーの針のように揺れる心。
自分の感情を分析する。
勇者マコトは強い。
誠実な男でもある。
そしてノクティアに想われている。
その事に、ひどく胸がざわついていた。
……。
くっ。
この感情は、
少年時代に覚えがある。
認めるしかあるまい。
つまる話、
嫉妬だ。
ノクティアには、この町にいてもらわなければいけない。
たったさっき出した答えが、一人の男としての強い感情に一蹴されていた。
扉を背にして、ラスティンは歩き出す。
ハウハニスという魔力絶縁物質がある。
もしかしたら、それを使えば、ノクティアから発せられる特有の波動を遮断する魔導具が作れるかもしれない。
遮断できれば、魔王軍は彼女を感知できない。
所在を掴めなくなるだろう。
つまり、
彼女は町にいられる。
ラスティンは知らずのうちにつぶやいていた。
「ある」
踏みしめる床が乾いた音を立てる。
「あるぞ」
希望が体に満ちていた。
「彼女を守る方法が」
そこで立ち止まり、苦笑をこぼした。
(何を言っているんだ。ノクティア君には、マコト君という存在があるというのに)
……。
「これは」
ラスティンは左手で自分の頬に触れた。
「恋のせいだな」
また歩き出す。
浮ついた気持ちと共に、
背中にずっしりとしたものがのしかかっている気がしてならない。
これは、
……罪悪感だ
まるで、自分が何か取り返しのつかない選択をしたような。
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