第6話 暗闇の登攀(クライミング)
「……リィン、チップを読み込め。蛇、あんたらの演算リソースも繋げ。この『欠陥』、俺たちがもっと高く売りつけてやる」
ギルの言葉に、隠れ家の空気が一変した。蛇は不敵な笑みを浮かべ、コンテナの壁一面に巨大なホログラムを展開する。そこに映し出されたのは、上層の「プレート」を支える巨大な重力制御ユニットと、それを巡るエネルギーの奔流だ。
リィンが蛇たちのサーバーと同期し、膨大なデータを凄まじい速度で処理していく。
DATA ANALYSIS: 88% COMPLETE.
ERROR DETECTED: ENERGY RECYCLE RATIO.
CONCLUSION: THE "PLATE" IS LITERALLY CONSUMING THE LOWER LAYERS TO STAY AFLOAT.
「……ひどい。上層を支えるためのエネルギー、下層の酸素配給システムから逆流(ドレイン)させてる……」
メイがモニターを指差し、声を震わせた。サカモト社の計画の「欠陥」とは、設計ミスではない。下層を文字通り「使い捨てのバッテリー」として燃やし尽くさなければ、上層の優雅な生活は維持できないという、冷徹な計算の結果だった。
「ギル、このデータの整合性を証明するには、中央制御塔(セントラル・タワー)の物理的なアクセスログが必要だ。……あいつらが隠蔽してる『実際の消費値』だ」
「……つまり、あそこへ殴り込めってことか」
ギルは自身の重機アームを握りしめた。右腕のシリンダーが、メイが施した応急パッチを震わせ、力強い駆動音を立てる。
「いいか鑑定士、これはビジネスだ。プレートが揺らげば、上層の資産価値は暴落する。……その瞬間に俺たちが買い叩く。……あんたの望みは、その混乱に乗じて妹のデータを書き換えること、だろ?」
「……話が早くて助かる。リィン、メイ、準備しろ。……ここからは『査定士』の仕事じゃない。……『強盗(エクスプロイター)』の仕事だ」
計画を立てる。蛇たちが周辺の電力網を爆破。都市全体を一時的な「停電(ブラックアウト)」に追い込み、暗闇に乗じて物理的にタワーを登るという算段だ。
「ギル……もう後戻りはできないよ」
メイがギルの重機アームにそっと手を置く。生身の熱が、冷たい鉄の表面に伝わる。
「……蛇、合図を待て。リィン、メイ、カウント開始だ」
ギルは貸与された光学迷彩(カモフラージュ)・ケープを羽織り、タワーの巨大な外壁の直下に立った。見上げれば、雲を貫くような鋼鉄の塔が、傲慢なまでに眩い光を放っている。だが、その光もあと数秒で「資産価値」を失う。
「――今だ、やれ!」
ギルの通信と同時に、遠方の発電ユニットで凄まじい閃光が弾けた。蛇たちが仕掛けたEMP爆弾が、周辺の電力網を次々と焼き切っていく。上層の優雅な夜景が、ドミノ倒しのように闇に飲み込まれ、数秒後、巨大な中央制御塔もまた、沈黙した。
「ギル、急いで! 予備電源が安定するまで、あと180秒しかない!」
メイがギルの背中にしがみつき、首筋の端子をタワーの外壁スロットに無理やり差し込んだ。
ギルは重機クローをタワーの強化外装に突き立てた。Dランクの粗野なトルクが、洗練されたプレートを無慈悲に引き裂き、強固な足場を作る。
「リィン、冷却剤(クール・ブースト)をピストンに全噴射! 熱源探知を欺け!」
「了解。……ギル、腕の駆動音が闇に響いています」
ガリィッ、ガリィッ!
暗闇の中、火花だけが散る。ギルは自らの筋肉と義体の限界を超え、垂直の壁を駆け上がった。光学迷彩が、火花と排熱で不規則にノイズを走らせる。
タワー内では混乱が生じている。
「予備電源に切り替えろ! 何が起きた!?」
「外壁から異常な振動! 巨大な……何かが登ってきている!」
目標のサーバー室がある最上層まであと半分。だが、暗闇に慣れたAランクの自律飛行ドローン『監視の眼(アイ)』が、赤い光を放ちながら下降してきた。
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