第4話 超音速の廃棄物(スクラップ)
雨に煙る路地の向こうに、かつてギルが所属していた「資産管理センター」の巨大なタワーが、死神の指先のように立っている。
「……ハァ、ハァ……。なんとか、撒いたみたいだね」
メイが息を切らしながら、ギルの右腕の傷を確かめる。
「……いや、まだだ。奴らはこのエリア一帯を『資産保全モード』でロックし始める。リィン、次の安全圏(セーフハウス)を検索しろ」
「……ギル、このセクターの出口はすべて、あなたの『資産凍結ID』によって封鎖されました。……ただし、一つだけ『査定』の穴があります」
リィンの指し示した先には、上層の富裕層が排出する「生ゴミ」を高速で運搬する、巨大な真空パイプが唸りを上げていた。
「リィン、パイプの減圧スケジュールをハックしろ。メイの肺が破裂しない、ギリギリの『隙間』を見つけるんだ!」
ギルはメイの腰を太い重機アームで抱え込み、唸りを上げる巨大な真空ハッチの前に立った。上層の美食家たちが吐き出した贅沢な残飯や、使い捨てられた高級デバイスが、凄まじい風切り音と共に頭上を吸い込まれていく。
「メイ、肺の空気を全部吐き出せ! 中に入ったら、私の合図があるまで絶対に吸うな!」
メイは青ざめながらも頷き、ギルの胸元に顔を埋めた。消音パッチを巻いた彼女の身体は、今やギルにとって何よりも守るべき「非換装の資産」だ。
「――今だ!」
ハッチが開放された一瞬の隙をつき、ギルはメイを抱いたまま「ゴミの奔流」へと飛び込んだ。
視界が歪むほどの加速。真空に近いパイプ内では、音すらも追い越される。ギルの重機アームが周囲の廃棄物とぶつかり合い、激しい火花を散らす。
本来なら、Dランクの義体はこの圧力変化でボルトが飛ぶはずだが、先ほどジョーから手に入れた「無印の高性能冷却剤」が、摩擦熱を強引に相殺していた。
「……ッ、ぐ……!」
メイの小さな体が、気圧差で軋む。ギルは彼女を自身の胸部プレートへ押し付け、わずかに残る肺ユニットの循環空気を彼女の口元へ流し込んだ。
GALLERY ECHO (上層管理モニター):
「輸送パイプ304号に異常な質量を検知」
「ノイズだ。廃棄された工業用プレス機だろう。無視しろ、処理が遅れる」
数秒か、あるいは数十秒か。
パイプの排出口が開き、二人は上層の最下部――通称「スカイ・スラム」の集積場へと吐き出された。そこは下層の泥とは違い、銀色の塵が舞う、冷たく乾燥した場所だった。
ギルは激しく咳き込みながら、メイを抱き起こした。
「……メイ! おい、メイ! 息をしろ!」
「……ごほっ、……げほっ! ……死ぬかと、思った……ギル、ひどいよ……」
メイが震える手でギルの服を掴む。彼女の鼻からは薄く血が滲んでいたが、瞳にはまだ強い光が宿っていた。リィンのスキャンが彼女の生存を確定させる。
「生存を確認。メイ、あなたの『残価』は、今この瞬間、上層の酸素を吸ったことで跳ね上がりました」
見上げれば、さらに高く、本当の富裕層が住む「プレート」が空を覆っている。しかし、ここには下層とは違う「洗練された暴力」が潜んでいた。
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