第40話 なるようになるのはカスの美徳①
ついに来てしまった、女装して三人で遊びに出掛ける週末の土曜日が。
僕の鬱屈した心情などつゆ知らずといった具合で、隣の茈雷さんは零れ落ちるような満開の笑顔で立っている。彼女の周りは、ウキウキとひまわりが咲くような華やいだ雰囲気に包まれていた。
そんな彼女とは対照的に、女装をしてこの場にいる僕は既に心が折れそうになっていた。
たくさんの人が行き交う駅中、そして学校の人間もよく集合場所として利用するステンドグラス前で、知り合いに遭遇しないか怯えながら立っていた。
「茈雷さん……僕もう帰りたいです」
「な、なに言ってるの!? 寛太君と二人きりになるなんて無理に決まってるでしょ!?」
「そんな些細なこと……今の僕のこの姿を『知人に見られるかもしれない』っていう羞恥心と比べたらなんてことないよ!」
「大丈夫! バッチリ可愛いから! 誰に見られても恥ずかしくないわよ!」
「『可愛い』って言われて喜ぶ男子はいないんだよ?!」
隣で目を輝かせる茈雷さんに対して、「まったくもー」と深いため息を吐く。
待ち合わせの時間前に、自宅から
荷物を持ち出す時、秋兄ちゃんと夏姉ちゃんに見つからないか肝を冷やしたけど、幸いにも二人とも朝から出掛けていたので、家族から「ついに妹になる決心がついたのか」と詰められる心配はひとまず回避出来た。
幸先の良いスタートを切れたのは、きっとラブコメの神様が僕を見捨てずに幸運を与えてくれたおかげなんだ! 神に感謝ッ。
「とにかく! 今日だけ女装して一日二人に付き合えばいいんでしょ?」
「うん! だから今日は、わたしが寛太君と仲良くなれるようにサポートをお願いねっ」
「分かったよ。でも本当に大丈夫かなぁ? いくら女装してるとはいえ、真宵君に僕の正体がバレる恐れもあるんじゃ……」
「それは大丈夫じゃない? 正直悔しいけど、メイクしたら正真正銘の美少女にしか見えないもん。メイク前の蒼を見てなかったらわたしでも気付けないわよ」
「こんなに嬉しくない賛辞ってあるんだね」
同年代の女子に「美少女」と言われて素直に喜べるほど、僕は前向きな性格してないよ。むしろ気持ち的には後退しつつあるよ。
「……それにしても、ほんと蒼って見るからに『女子』って感じよね? 元が華奢なのもあるけど、肩とか出しても違和感ないし。わたしより肌白いのもムカつくっ」
「ほんと嬉しくないよ」
「さっきからなに落ち込んでるの? 目の前通る人たちも蒼に注目してるし。もっと美少女としての自覚を持ちなさいよ!」
「持っちゃいかんだろ!?」
駅中は週末、それも学生にとっては夏休みということもあり、ごった返した人たちで周囲は騒然とした賑わいを見せている。
そしてステンドグラス前を歩く人たちの視線が矢継ぎ早に僕へ刺さる中、「フフンっ」と茈雷さんは得意げに鏡を顔の前に差し出してきた。
彼女の「わたしの友達は美少女なんだぞっ」とでも言いたげな様子が感じられるドヤ顔と、自信満々な振る舞いに、僕はただただ呆気にとられるばかりだ。
美少女の友達がいる自分にステータスを持っているのだろうけれど。僕は男ぞ?
「ほら見て! これが今の蒼……いや! 『あいちゃん』の姿だよ!」
「僕の今日一日の名前は『あいちゃん』になるのね?」
眼前に差し出された鏡の中には――――確かに美少女がいた。
「これが……僕?」
「ね? 可愛いでしょ?」
亜麻色のウィッグをしているせいもあってか、普段の僕の面影はどこにもなく、儚げな雰囲気すら漂っているように見えなくもない。
そして肝心の服装だが、白い半袖シャツに淡いブルーのバルーンスリーブがふわりと揺れ、ワイドのデニムパンツが程よいカジュアルさを演出して、全体的に美少女としての格を底上げしていた。
さすがにヒールを履くのは遠慮して、足元はカジュアルなレディース用のサンダルを履いているけど、それでも美少女としての格が下がらない自分に辟易する。
今までの人生において、私服でガッツリ女性物と分かる服を着たことが無かったから、今日はコーディネートの本気具合からしても、一段と男子の様相を取っ払っていることがうかがえる。
ひと通り着替えやメイクを終えた後は、気恥ずかしさから鏡を見ないでいたけど。こうして改めて鏡を見て、自分の美少女力を目のあたりにすると…………居たたまれない気持ちになる。
「……ッ。自分がこんなにも美少女だったなんてッ! 改めて認知すると、なんて惨い事実なんだッ」
「わたしも蒼が美少女なのは認めるけど。自惚れ過ぎじゃない?」
冷ややかな、それでいて呆れを含んだ眼差しをする茈雷さんの言葉に反論しようとしたが、口を開く前に彼女の服装が目に飛び込んできた。
今朝は自分のことで頭がいっぱいであまり目に入ってこなかったけど、女子の私服姿って学校と違ってなんだか新鮮な気分になるよね。
遊園地に清水さんと瑠璃川さんの三人で取材へ行った時も感じたけどさ。
「茈雷さんの私服姿も十分可愛いと思うよ?」
「そ、そう? 友達にそう言ってもらえると、なんだかとっても嬉しく感じるねっ♪ うへへっ♪」
僕が褒めた瞬間、彼女のツインテールが『ぴょんっ!』と弾んだ。
さっきまで冷たい視線を送っていた茈雷さんの姿はどこへやら、頬を赤く染め、喜びで口角がだらしなく緩んでいるのを彼女は必死に手で隠そうとしていた。
そんな彼女の服装は、黒いレースが胸元から裾へと流れ落ちるように施されたロリータ風の白いワンピースに、細かいフリルがあちこちに飾られているものだった。レース部分は繊細な模様が織り込まれていて、角度によって微妙に光沢を放っている。
「その靴も可愛いいね」と指摘すると、茈雷さんは少し得意げに足元を見せてくれた。
今日の控えめなロリータ風ファッションに合わせてか、足元のアンクルストラップ付きの黒いローヒールは、全体のバランスを保って甘すぎない大人っぽさを演出している。
「今日は初めての友達と、寛太君とのお出掛けってことで気合いいれてきたもん!」
「うん。茈雷さんのイメージにピッタリな服装で、それでいて大人っぽさも感じられるし。とてもよく似合っていると思うよ」
「えへへっ、ありがとう♪」
茈雷さんは満面の笑みを浮かべて喜んでいる。ここまで素直に喜んでもらえると、こちらも褒めた甲斐があるってものだね。
有紀の時もそうだったけど、やっぱり女の子はこういうところを褒めてもらうのが嬉しいんだろうか?
「あいちゃんも服似合ってて可愛いよ!」
「ありがとう……ござい、ますッ」
「そんな苦渋を飲むような表情で言わないでよ」
僕自身が女装している分、これから行く先々で知人と鉢合わせる可能性があることも気になるところではあるが。
今は仲良しの女子同士という構図で、周囲の目を欺けるように注意して行動しなければならない。不本意の極みであるが、男子であることがバレる装いをするのは避けよう。
「そういえば、そろそろ真宵君も待ち合わせ場所に来る時間だね?」
「き、緊張してきたっ」
「素性を偽るとはいえ、遊びに誘った相手を本気の女装姿で迎える僕と比べたら大したことないよ」
「……なんか、ごめん」
表情一つ変えることなくたたずむ僕の頬を伝う熱いものは汗なのか、涙なのか、夏のジワリとした気温のせいもあって分からずにいた。
きっと目頭が熱いのも気温のせいだろう。
波乱の一日はまだ幕が上がっただけに過ぎない。
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