第5話 そばにいるということ

じゃ、お家帰るよ。

これからは、僕とエルの家だ。


カフェの出口へ向かっていたエルの足が、ぴたりと止まる。

振り返らないまま、その背中がわずかに強張った。


しばらくの沈黙。

やがて、深いため息がひとつ。


「本当に……なおきの家に行っても……いいの……?」


不安なのは分かっていた。だから、なるべく普段通りに答える。


「もちろん!」


急展開かもしれない。無責任かもしれない。

でも、それが今の僕にできる精一杯だった。


家族になろうよ——

それは彼女に向けた言葉であり、同時に、自分自身に言い聞かせる言葉でもあった。


エルがゆっくり振り返る。

大きな青い瞳が、戸惑うように揺れていた。


「かぞく……って……」


小さく、確かめるように繰り返す。

天界に仲間はいた。でも、“家族”と呼べる存在はいなかった。


「僕、無責任なこと言ったかも。ごめん」


「無責任だなんて……思ってない。むしろ……逆。

こんな私に……そんなこと言ってくれて……うれしい」


スカートの裾をぎゅっと握る。

意を決したように顔を上げた瞳には、うっすら涙が浮かんでいた。


「……いいの? 本当に……?」


「迷惑じゃないよ。

誰にもエルは見えないんでしょ? 僕しか見えないんでしょ?


ウチしか行くとこないじゃん。


それだけで十分、理由になるよ。


……僕の方こそ、来てくれたら嬉しいし」


言葉が、彼女の張り詰めた心を少しずつほどいていく。


ぽろり、と涙が一筋こぼれた。


「……っ」


慌てて手の甲で拭う。


「べ、別に……泣いてない……。目にゴミが入っただけだし……」


「そうかそうか」


悪戯っぽく頭を撫でる。


「も、もう……! なんで撫でるの……!?」


抗議する声は弱々しい。

むしろ、どこか甘えている。


「……ひどい。こんな時に……意地悪」


「じゃ、ウチらのお家に帰ろっか」


“ウチらのお家”。


その響きに、胸の奥がきゅっと締めつけられる。

撫でられていた場所に、そっと自分で触れた。


「うん!」


今度は自分から隣へ並び、袖をきゅっと掴む。


会計を済ませると、エルがぺこりと頭を下げた。


「ありがとう。ごちそうさま。美味しかった」


そして袖から手を離し、少し躊躇ってから、なおきの手に指を絡める。

顔がほんのり赤い。


「……じゃあ、帰ろ。なおき」


僕は前を向いたまま、静かに頷いた。

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