この一瞬に街よ踊れ――かくて月読む蛇の腹

イスルギ

第1話 青春を溶かす日常は、冒険の幕開け


「──偽の古地図?」


 探偵事務所の上の階にある古書店で、若い二人の声が弾けた。


「──査定額を下げようとしていませんか?」


 彼らが青春を溶かす、あるいはやり過ごす地元──月読峠つくよみとうげ

 先日、巨大蛇の化石を発見した大事件以降、ニュースに飛びついたマスコミや、動画配信者が連日世間を賑わせる日常に、新たな謎が投石された。

 拡散した熱気に導かれるように、市内に広まったのは大量に刷られた古地図。

 その一つが少女の手から、店主に手渡されたところであった。


「この町の隠れた名物である『古地図』は、本物っぽいものが多いのだけどね」


 手元の印刷物を眺めながら、店主の池水正徳ちすいしょうとくが、眼鏡を押し上げて頬を掻く。


「さすがにプリントされたものまでは、買い取りできませんか」


 何処か残念な雰囲気を纏う少女から気まずそうに目をそらし、もう一人の少年は店主が偽物と言い切った理由が気になった。


「やっぱり、発見されたばかりの大蛇の化石が描かれているのが怪しいですか?」


「そうでもあるし、そうでもないさ。だけど、同じ古地図が今日だけで五枚も持ち込まれたからね」


 店主はプリントされた偽地図を丁寧に丸めると「100円で買い取ろう」困った笑顔で、レジから小銭をとりだした。


「いや、買うんですか?!」


「もっと集めてくればよかったですね、先輩」


 少年少女の反応を見ながら、店主は古地図の原本に興味を惹かれた。


「はは。あまり沢山はいらない……とも言い切れない。

 なに、集めれば変化が見つかるかもしれないだろう?」


「俺はどうせ買い取るなら、本物っぽい古地図がいいですけどね」


「さすが、世紀の大発見者が言うと一味違うものだね。

 なるほど。冒険が君を呼ぶ。うん、楽々ささうら君に託すのが面白いかもしれない」


 突然の指名に、少年──楽々ささうらよるは反射的に断ろうとし、しかし隣の少女から漏れる不満げな気配を無視することも出来ず、困ったような笑顔で固まる他なかった。


「察しの良さが裏目に出るんですよ」


 少し呆れ顔の少女は、口元のにやけが抑えられない。

 優柔不断な困り顔を楽しみつつも、古地図のある一点を指差した。

 古地図を持ち込んだのは、この違和感について店主の反応を見たかったのも理由の一つだ。


「ほう。山中の湖といえば、砂原湖さはらこだね。

 なるほど、湖の形が……逆さに描かれている」


 惜しい。形に目を向けては見落としてしまう。よく見ると、水面の模様に極薄っすらと、蛇が描かれていた。


「後光が差しているように、見えませんか?」


 少女の呟きに釣られて夜少年が『描かれた湖』を凝視すると、確かに蛇から何本もの線が伸びていた。

 こうなっては不味い。

 少女が言い終わる前に遮るべきだったと後悔するも、時すでに遅し。


「俺はまだ何も言ってないですよ」


 店主はいつもの調子で目を輝かせ「是非とも何があるか見て来ておくれ」そう言って山歩き用の服を渡してくるのだ。

 装備一式を手渡された少女は、なたの研ぎ具合や、厚手の生地を抜かりなく確認していた。


「俺はまだ行くとは言ってないですよ」


「先輩が行かなければ臨時ボーナスは私の総取りですね」


 いやいや、と抗議をしかけたが、少女の笑顔に思わず喉が鳴り、まんまと頷いてしまった夜少年であった。


「空振りするかもしれないし、大冒険が君を待っているかもしれない。

 楽々ささうら君の活躍を期待しながら、私は筆を踊らせのんびり待つよ」


「いや、仕事してくださいよ」


 お客さんが来ない古書店は暇だ。

 はっきり言おう。バイト代が心配だ!


「ごめんくださいよ、っと」


ガラガラと店の戸を空けて、珍客が入ってきたのはその時だった。


「バイト君かな、……店長さんはいるかい?」


 見上げるほどに高い背、赤いコートに包まれた、鋭い目付きの男だ。

 古地図を持つ少女を興味深そうに眺め。

 店主が名乗ると、その男は名刺を取り出し「専門誌AXE《アックス》編集部、阿智谷あちやまさかりと申します。本日は、最近話題になった大蛇の化石について少しお話を伺えればと──」

 人懐こい営業スマイルと共に、取材を持ちかけた。


「なるほど、なるほど。

 そういうわけだ楽々ささうら君。

 ガールフレンドも付き添ってあげてくれるかな」


「彼女ではありませんが任されましょう。

 先輩では暴漢の一人も撃退出来そうにないですし」


「なんで襲われる前提なの?!」


 臨時のバイト代に釣られたわけでなない、と諦めの悪さを垂らしながら、引っ張られるように夜少年は少女と供に送り出された。


「先輩、見ましたか? あの記者の方……鋭い目付きに似合わず、クマのぬいぐるみをつけてました。ギャップ萌えを演出する不審人物です」


「可愛かったよね。……なんでも事件にするには此処は田舎すぎるよ」


 雑誌記者も個性を出す時代だ。

 地方の片田舎では一際目立つ風貌には違いない。

 それでも目を輝かせた少女を見て、少し興味が湧いてきた。

 最近、この月読峠つくよみとうげに引っ越してきた少女の名は──辻文つじあや七巳ななみ

 退屈と窮屈を抜け出したい彼女は、かの『大蛇の化石』の発見者の一人だ。

 一年後輩とはいえ同年の女子との探検に、少し浮かれながらも気を引き締めて行かなければと。


「変な顔ですね」


 普段通りにしよう。

 めざすは偽地図に描かれた、蛇に後光の砂原湖さはらこだ。

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