第23話 オールドミスってへの応援コメント
ああ……
嫌な先生、いました、いました
今なら差別で
教育委員会でしょうね💦
作者からの返信
崔さん
えこひいきする先生なんか普通だと思ってたので、、。
クラスのアホ男子が戦えばいいと。
編集済
第23話 オールドミスってへの応援コメント
小学校では、ハンカチもハナカミももっていなかった時の方が多かった私です。手洗いの後は、衣服で手を拭いていました(笑)。ちり紙も余り使った覚えがありません。勿論、中坊の頃からは、テイッシュにはお世話になりましたが、、、
そう言えば、持ち物検査なんてされた事もなかったと思います。高校の留学生のオリエンテーションで出会った、浜松の女子校へ通っていた女の子が、持ち物検査があると言っていたのに驚いたくらいでした。お嬢様に育てられていた彼女は、その生活に大きな不満を持っていた様でした。
第23話 オールドミスってへの応援コメント
地域差もあるのでしょうね。
私の田舎では、「いかず後家」なんて言っていましたね。
たぶん、親達の陰口を子が聞いたのだと思います。
贔屓する教師はいましたね。
持ち物検査でも、あからさまな贔屓をしていました。
必然的に、ほとんどの生徒から嫌われていましたね。
第22話 夏のプールへの応援コメント
ええー、プールにう〇こが浮いていた?! それは見たことはないです。
消毒液には浸かりましたね。今はないのでしょうか?
私は水泳授業の時に帽子を被らされました(確か黄色だったかな?)が、ゴーグルをかけている子はいませんでした。今はゴーグル必須なんでしょうか?
でも、プールと水泳授業に金銭的・人的負担がかかり過ぎるということでプールを廃止して水泳授業がなくなる学校も今は結構あるみたいですね。なんだか寂しいです。
作者からの返信
田鶴さん
私の子供達は黄色の水泳帽は必須でしたし、出来ればゴーグルもと言われました。
うちらの時はほったらかしでした。笑笑
確かにお金かかりますよね。プール。あと、昔よりなんちゅうか何かあると全て学校のせいにされちゃうと先生もビビりますよね。
第21話 突き指は引っ張れーへの応援コメント
赤チンと突き指引っ張って治す(治ってない!)、懐かしいです。
私もそれで突き指はそのままになり、小指が2本とも曲がっています。
作者からの返信
田鶴さん
え?田鶴さんもですか?
昔は無茶苦茶な親ばかりでしたね。
肩の脱臼とか近所の素人のじいちゃんが治してましたっけ。
あのじいちゃんとこへいけーでした。
第22話 夏のプールへの応援コメント
昭和あるあるの思い出ですね。
プールに塩素?のラムネ菓子みたいな物も沈めていましたね。
たまに、ごっそり抜けた髪の毛が……
作者からの返信
月影先生🧑🏫
あー!ありましたね。ラムネみたいの。あれ、触ったら手の皮がズル剥けると話してました。
ごっそり抜けた毛も。いるのかなぁ、、!こわっ。
第21話 突き指は引っ張れーへの応援コメント
突き指は引っ張りましたよね。痛い痛い!
私はボールゲームが大嫌いで、体育大学時代も成績悪かったんです。教職取ってません。
学校教育はチームワークとか重視するので、バレーボールやらが出来ず、指導出来ないと教師にはなれません(断言!)ジムバレエの先生も体育大学出の方いますが、教職取ってないです。
作者からの返信
プリマゆらぎさん
ええーーっ!
ゆらぎさんまでぇーー。バレリーナにとっては指先までの美しさを求められるのにですか?
今やピアノ🎹習ってる子供は親から球技🏀をやらさないで!と言われるようです。
第21話 突き指は引っ張れーへの応援コメント
私は野球をやっていたので、突き指はしょっちゅうしてました。同じ対応でした。今では、グローブをしていた親指の付け根が神経痛気味になってます。
後、空手とテコンドーのおかげで、指が逆方向へ曲がったりが何度かありました。けんが切れたりして、、、なぜか、これらはそれほど痛みがないのですが、いつか来ると思っています。
韓国焼肉食べ放題、カリフォルニアへ引っ越してから、初めて行った時、キムチとか惣菜も食べ放題だったので、そっちに興奮して食べていたら、腹がいっぱいになって、肝心の肉が余り食べられなくなってしまいました。リベンジだと、もう一回行っても同じ結果。あの頃、キムチとか好きでなかった息子だけ肉をたらふく食ってました。
作者からの返信
ふみや57博士🎓
同じです。
肉より、ナムルやキムチに目がいき、肉は入りませんでした。
でも友達はカップラーメンを作ってシメてました。
皆んな、よう食うなあと呆れてました。
何故、引っ張ればいいと伝説が生まれだんでしょうねぇ。
第21話 突き指は引っ張れーへの応援コメント
なにやっとるの!引っぱったらかんがね。そんなもん氷で冷やしときゃいいんだわ。感覚のうなったら治った気になるがね。
作者からの返信
ふみその礼にゃん
ほんとだて。
んなもん、親なんかいい加減なもんだでかんわ。やっとれーせんがー。
そのせいで、歳とってえらい目にあっとんがーー。
と言う訳でございます。
私達はこれでも標準語だと思ってます。図々しい😬。
編集済
第21話 突き指は引っ張れーへの応援コメント
赤チン伝説と突き指引っ張れは、全国共通だったのかしら……
後は教師の「アレルギーはワガママです !」は忘れられないですね。
お医者様でもないのに、「少しずつ食べて慣らせば大丈夫 !」と無理やり牛乳アレルギーの子や卵アレルギーの子に食べさせていました。
追伸、Geminiさんに聞いてみました。
1978年(昭和53年)頃における「食物アレルギー」の概念、そして当時の学校や教師の認識についてですね。
結論からお伝えしますと、医学の世界で**概念そのものは存在していましたが、一般的な学校現場や教師の間では「ほとんど認識されていなかった(あるいは正しく理解されていなかった)」**というのが、当時のリアルな実情です。
具体的にどのような状況だったのか、時代背景とともに大きく3つのポイントに分けてお話しします。
### 1. 医学界での動き:概念の黎明期
日本で「食物アレルギー」という言葉や概念が小児科医などの専門医の間で唱えられ始めたのは、1970年前後のことです。1960年代にアレルギー反応に関わる「IgE抗体」が発見され、70年代に入ってようやく研究が進み始めたばかりの、いわば**黎明期**でした。
そのため、1978年当時は一部の専門医が「食べ物が原因でじんましんや喘息が起こることがある」と指摘し始めていたものの、一般的な町のお医者さん(小児科・内科)の間でも、まだ診断基準や対処法が広く浸透しているとは言えない時代でした。
### 2. 当時の学校・教師の認識:「好き嫌い」「わがまま」
この時代、学校現場におけるアレルギーへの理解は、現代とは天と地ほどの差がありました。
* **「好き嫌いは許されない」という教育方針**
当時はまだ「給食は残さず全部食べるのが美徳」「出されたものは完食して体力をつける」という指導(いわゆる「完食指導」)が絶対的な主流でした。
* **教師の受け止め方**
特定の食べ物を食べられない子どもに対して、教師の多くは食物アレルギーという「病気」であるとは夢にも思わず、**「単なる好き嫌い」「親のしつけが悪い」「わがまま」**として捉えていました。
* **具体的な指導の光景**
卵や牛乳、青魚などを食べて体が痒くなったり気分が悪くなったりする子がいても、「気合いが足りない」「一口食べれば慣れる」と言われ、昼休みや掃除の時間になっても机に一人残されて給食を食べさせられる、といった光景が全国の小学校で日常的に見られました。
### 3. 社会全体の空気感と「アトピー」の台頭
1978年頃は、社会全体としても「アレルギー」といえば花粉症や気管支喘息が中心で、「食べ物で命に関わる重篤な症状(アナフィラキシー)が起こる」という危機感は共有されていませんでした。
1980年代に入ると「アトピー性皮膚炎」という言葉がメディアでも頻繁に取り上げられ、環境問題や食生活の変化とともにアレルギーが社会問題化していきますが、1978年の時点では、まだそこまでの大きな波にはなっていませんでした。
> 💡 **歴史的な転換点**
> 学校給食における食物アレルギー対応が厳格にルール化され、教師への教育が徹底されるようになったのは、じつは2000年代以降(特に2012年に調布市で起きた給食の誤食による死亡事故以降)のことです。
1978年当時は、そうした公的なガイドラインも一切存在しない「個人の根性論」に委ねられた時代でした。
◇◆◇
私の記憶のすり替えかも知れないですね。
蕎麦アレルギーの子に教師が無理やり蕎麦を食べさせてショック死した事件が頭にあったかも知れないです。
作者からの返信
月影先生🧑🏫
給食は苦手でした。
わたしらの時代の奇妙な献立は誰が考えたんでしょうね。
アレルギー🤧の概念は無かったと思います。
第21話 突き指は引っ張れーへの応援コメント
そうでした。突き指は引っ張ったし、捻挫は湿布だけでした。でもなんとなく治った気がするんだよね。あれ治ってないんですか??これから大変になる??
作者からの返信
しゃもこさーん
うーわー。しゃもこさんも。
捻挫も治ったと思ってたのね。そーれーがーぁー、歳とったら古傷がどんひゃかびーと
動きだすんですよ。
しゃもこさんも、いずれ体験しますわ。おーほほほほ。
第20話 夏のお風呂はテンカフンへの応援コメント
私の子供の頃にも、お風呂上りには天花粉、でした。
テンカフン、ですよねー。パンパンはたかれていましたねぇ。
でも私、田舎のみんなはテンカフ・テンカフって言ってましたから、テンカフンなんて言うの知らなかったし、そのせいで「天花粉」なんぞという漢字で書くのも、ぜーんぜん知りませんでした。
まめははこさんの「夏とあたしと天花粉」で、そういえば漢字で「天花粉」って書くんだったなぁ~、懐かしいなぁって思いだしました。
作者からの返信
ローバ姉さま
すごかったですよね。
真っ白になるんですよね。ふふふ。
夏は夕方には子供達はお風呂か行水してたんですね。
夕方に外にいるとお風呂入ったかどうかはテンカフンでわかりましたー。笑笑
子供だから、「テンカフ」可愛らしいーー。
第20話 夏のお風呂はテンカフンへの応援コメント
以前いた老健で、80過ぎのお婆さんが風呂上がりにシッカロールをつけさせるのには参りましたよ。真っ白になるまでつけてましたよ(笑)
作者からの返信
プリマゆらぎさん
今はやらない方がいいですね。そこに汗💦をかくと、ただれの素です。
まあ、仕方ありません、昔の人だから。
え?この方は昭和一桁に限りなく近いんですもーん。
第20話 夏のお風呂はテンカフンへの応援コメント
田舎の男には関係なかったですね。女子は何していたのかは全く知りません。
同級生の男どもが、リンスとか使い始めたのが、中学生なってからでした。坊主頭だったので、あまり味はなかったと思います。ちなみに、私の中学校で、坊主がなくなったのは、私が運動を始めたからでした。
作者からの返信
ふみや57博士🎓
えー?博士🎓は固形石鹸、牛乳石鹸の赤箱でしょ。
ミエはってますねーーー。笑笑
第20話 夏のお風呂はテンカフンへの応援コメント
お、これは知らないです!
シッカロールのことかしらとは思ったけれど…。
シッカロールがベビーパウダーと言うおしゃれな名前で売られるようになって、そしていつの間にか姿を消したなと思っていたら、最近また見かけるようになりましたね。
作者からの返信
しゃもこさーん
シッカロール、確かに、そんな呼び方も大人になってしりました。
あれね、昔は匂いがしたんですよね。
今、無臭だ!ですね。
あの香り嗅ぐとばあちゃんの垂れたおっぱいの裏までぱんぱんしてたの思いだします。
ふふふー。
第19話 やいとへの応援コメント
またまた落語の話で恐縮ですが「強情灸」というのがあります。
我慢比べですね、江戸っ子はこれしきのこと我慢できなくってどうする!
ってなもんで、腕にもぐさを山盛りにして火を付けます。
涼しい顔をして見栄を張っていたのが、火が肌に近づくにつれ・・
とうとう我慢が出来なくなって、もぐさをパッと払うんですけどね、
それでも強情を張り「あ、あ、あっ冷てぇ 俺は熱くないが五右衛門はさぞ熱かったろうよ」と見栄を張り通そうとする、というのがオチです。
ここでもやはり、誰でもがもぐさをフッ飛ばして、熱さから逃れようとする様子が伺えますね。
因みにやんちゃな子でも、やっぱりお灸は恐かったようですねぇ~
作者からの返信
ローバ姉さま
あーっはっはっーー!
さすが江戸っ子ですねぇ。落語のオチって予想外で面白いです。
よく、こんな噺を考えたもんですね。
お灸を手伝ってるとあまりの怖さにビビリバブテバブーでした。
煙たいし、、。
悪い事するとお灸するぞ!とか言われたのを思い出しましたーーー。
第18話 夏は蚊取り線香でいぶしまくるへの応援コメント
キンチョール、懐かしいなまです。
世界で一番人を殺しているのは蚊だと言われてますが、正確には、蚊から感染する伝染病でしょうが。
蚊取り線香をバラして、一度に10個くらいの破片に火をつけて、裏庭で芝刈りしていました。まあ、皮膚に塗る虫除けの方が効果はあったでしょう。
作者からの返信
ふみや57博士🎓
んまあ!そんなめちゃんこな使い方。
さすが、博士🎓です!!
良くまあ、火事にならなかったと思います、、、。
え?もしかして爆発💥させた?
第18話 夏は蚊取り線香でいぶしまくるへの応援コメント
蚊取り線香、ひと巻きづつに離すのはちょっと難しい。
完全にはがせると、やったぁって気になりましたね。
ところが・・であります。TikTokで見たんですけどね、上からちょいとプッシュすると、スパッと剥がれる(離される?)ように出来る商品があったんですよ。
何もこんなもの、どんなつもりで開発したのかって思うけど、やはり便利よね。
半端な所で折れちゃぁ使い勝手が悪いですものね。
蚊取り線香、数年前まで使っていました。
電気のもあるんだけど、やはり大昔の乙女ですからね、古くからのものを懐かしんじゃってたんです。
作者からの返信
ローバ姉様
えー、そんなんあったのー。
子供の時は無かったですよね?だから、ボキッとすると残念無念。
一晩で燃え尽きないと新しいのが出せないから、わざとふーふーして早く燃える🔥ように画策してました。
今は小ボケなので蚊取り線香は火の始末が心配なので、水性です。
私も小昔の乙女ですから、本当は夏の風物詩でやりたいんですけど。
ふふふ。
第18話 夏は蚊取り線香でいぶしまくるへの応援コメント
今じゃ誰も信じてくれないですが、子どもの頃は喘息だったんです。それで夏は蚊帳を釣ってましたよ。蚊取り線香はそんなに焚かなかったです。
今は暑すぎて、蚊も飛んでこないですね。
作者からの返信
プリマゆらぎさん
ありましたよ。蚊帳。ばあちゃんち。
蚊帳つりは結構大変なんですよね。
あ、そういえば、めちゃくちゃ暑い時より少し涼しくなった時のが蚊🦟が出るようになりましたね。
第18話 夏は蚊取り線香でいぶしまくるへの応援コメント
確かに、昔はやたらモクモク焚いてたのによく刺されてた。やっぱりパッパラにすき間があったからでしょうね。今はサッシピシャンでエアコンだから、室内に残った奴は逃げ場がない。それでもひたすらジッとしてて寝た頃を見計らって出てくる強者もいるね。G も頑張ってます。
作者からの返信
ふみその礼にゃん
隙間ねぇ。はい、はい。どこもかしこも建て付けが悪くてね。
カンスが自由に飛び回ってましたね。笑笑
山田の恐怖の家の時は茶羽Gが大量に出ました。これ、ホウ酸団子とか効かないんですよ。
毎日、娘のぎゃーに新聞紙丸めてぶっ叩くの果てしない闘いでした。
第18話 夏は蚊取り線香でいぶしまくるへの応援コメント
待ってました!このエッセイ!
そうそう。蚊取り線香!
我が家では(実家でも)現役です。畑に行く時は必ず片手には蚊取り線香です。
作者からの返信
しゃもこさん
そーですか?
現役なんですね?
私も山田(オンボロ長屋の賃貸)住んでた時はものすごいでかい藪蚊🦟がいたので裏で蚊取り線香焚いてました。娘がうるさいのでローズ🌹の香りにしてました。
第17話 何でも使うからゴミにならないへの応援コメント
新聞紙にくるまって寝ると温かいですよ。
ホームレスさんの知恵ですね。
第17話 何でも使うからゴミにならないへの応援コメント
新聞紙、色々と役に立っていましたね。
何かを包むという役目のもっと前は、トイレ(というよりは便所ですね、厠とは言ったことないけど・・)では必需品。
鼻をかんでいたこともありました。鼻が黒くなるという欠点もあったけど・・
今は新聞をとるの止めたら不便なことが。
住まいの隣は日経の新聞屋さん。いくらか出すので不要になった新聞、売ってくれませんかとお願いしたい・・本気でそう思っています。
そう話したら、娘の友達が聖教新聞をくれたこともあったけど・・
昭和二桁世代といっても、新聞紙のここまでの利用価値を知ってる人は少ないでしょう。
菜の花さんだって、ね、そうでしょう?
作者からの返信
ローバ姉さま
あーっはっはっはーー。
確かに子供の頃、お年寄りは新聞紙で鼻かんでましたーー。
私も新聞辞めました。
ら、ら、ら、。これまで生ゴミとか包んでたのに、ゲゲ。
新聞って役にたってわと思います。
箪笥に新聞紙(タンスにゴン)
第17話 何でも使うからゴミにならないへの応援コメント
新聞のチラシの裏やカレンダーの裏はメモ用紙にしていましたね。
やたらと輪ゴムも取っていた記憶があります。
お菓子やお中元のカラバコもたくさん取ってありましたね (笑)
作者からの返信
月影先生🧑🏫
あはは🤣。輪ゴムーーー!!おばさん達の手首には何故か輪ゴムしてましたよね?
そう、空箱も、。あれで工作したりしてましたよ。
いつも、ギフト🎁ありがとう😭ございます。
第17話 何でも使うからゴミにならないへの応援コメント
わかるわかる!すごくわかる!
祖母が亡くなったとき、収納と言う収納に包装紙やらリボンやらがびっしりと詰め込まれていました。いつか使うかもと思って捨てられなかったんだろうなぁ…。かなり年代物の包装紙もあり、懐かしいなと思ったけれど、結局全部捨ててしまったのですが……。
作者からの返信
しゃもこさん
ふふふ。
リボンもね。宝物缶に入れてました。今なら簡単に100均に行けば手に入るけど、同時は高い物だったと記憶してます。
あのね、箪笥の下に包装紙とか敷いてましたよ。
レトロな物だけにもったいような気がするーー。
第15話 なんでも赤チンなのへの応援コメント
水でザッと洗って、跡は赤チン。何でもかんでも赤チン。
それとオロナイン軟膏。オロナインは何にでもいいからって、ヌリヌリ。
富山の薬なんかもあったっけかな。テキトーで完治。皆強かったんだね。
作者からの返信
ローバ姉さま
まったくねぇ。
今なんかちびっと怪我しても病院ですからね。
最近は感染してないなら強い消毒はしないんですよ。自分のリンパ液で治すんです。
昔のやり方で良かったんじゃないかと思う今日この頃でーす。
第14話 猛炎が当たり前への応援コメント
兄の友達が家でマージャンをしている時、ちょっと来るように言われて襖を開けると、中の人が煙で見にくかった程、部屋中に蔓延していました。
灰皿はタバコで山盛り。呼ばれた用は何かといえば、お駄賃もらって皆のタバコを買いに行くこと。
牌の音がジャラジャラ、煙はモクモク。嫌でしたねぇ。
作者からの返信
ローバ姉さま
あー、麻雀!
やってましたねー。
父の兄弟も久しぶりに集まるとやってました。
タバコを買いに行くのって頼まれたもんです。
銘柄がわからないので適当に買って文句言われた事ありました。
第13話 冬の楽しみへの応援コメント
雪国新潟ですからね、ストーブは勿論ありましたね。
すぐそばの子は暑くって真っ赤な顔して苦しそうなほど。
でも教室の隅っこの子は隙間風のせいであまり暖かくはない。
不公平だと言って代わってもらうと、やっぱり隅っこのほうがいい、となる。
過ぎたるはなんとやらですね。
真ん中あたりが一番いい、何でもそうだね、って皆が思い知らされました。
作者からの返信
ローバ姉さま
体調は如何ですか?
雪国の御出身なんですね。
そーです。木造校舎のオンボロで隙間風は入りたい放題でした。
窓のところなんか寒すぎて、、、。
今は密閉されてるから換気必須ですけど、あの頃換気なんかしてませんでした。😛
第14話 猛炎が当たり前への応援コメント
こんなところに、個人病院の先生の話を入れます。
イケオジなんです!俳優になれば良かったと皆が言うぐらいです。話をよく聞いてくれ、いつもニコニコしています。…癒されます。
行きたいけれどなかなか病気にならないので(笑)
第16話への応援コメント
新築お披露目や嫁入りの時に餅まきしたと聞きますが、私自身は見たことがありません。
そういう風習、いつ頃からなくなっちゃったんでしょうかね。寂しいですが、やる方はお金がかかるから、そういう風習がないほうがいいのかもしれません。嫁入り道具をご近所に全部ご開帳は怖いので、それだけはなくなっても寂しいとは思いませんね。
作者からの返信
田鶴さん
名古屋の結婚式は派手だと言いますけど、最近ではそうでもありません。
うちの娘も式はあげてないです。
写真だけ撮りなさいとお金💰あげたのに、それもやってません。
ドロボーです。笑
嫁入り道具をお見せるのは花嫁さんには大変だったようです。
親戚の人の着物とか借りて積めてる人もいたそうです。
第15話 なんでも赤チンなのへの応援コメント
赤チン、子どもの頃はそうでしたそうでした。
気がつけばなくなってましたよね。
ヨーチン(ヨードチンキ)と色は似てても内容は違ったんだなあ。
って、それどころの話じゃないじゃないですか!
よくご無事で。
もしかしたら赤チンってかなりの実力者なんじゃないかと思いました。
作者からの返信
小椋夏己さん
私もわからないのですが、ヨーチンってなんだったの?
たぶん、ポピヨンヨード剤のことかと。
これは病院でも使ってますから。
オロナインも結構良いですよ。
第15話 なんでも赤チンなのへの応援コメント
赤チン、恥ずかしいからいつも「大丈夫!」と拒否していました(笑)
作者からの返信
プリマゆらぎさん
わかります!
あれ、赤銀色にひかってヤダって女子は話してたから。
私は平気でしたー。
第15話 なんでも赤チンなのへの応援コメント
赤チンキ懐かしいですね。
破傷風のワクチンは、私が小学生になった頃には、皆射っていたと思います。それ以前に感染した近所(私の故郷の近所は遠い川向こう)のおじさんが破傷風で亡くなられました。やはり、感染源は古い釘だったそうです。
私は未だに、10年に一度、ブースター射たれています。ネットで調べたら、
「1968年以前に生まれた世代は抗体保有率が低い傾向にあるため、成人でも追加接種(ブースター)が推奨されている。」
だそうです。
作者からの返信
ふみや57博士🎓
急外の担当の時には怪我、特に犬に噛まれたなんて人は破傷風菌トキソイドを注射してました。
免疫があるかないか?を調べるよりやっておいた方がいいからです。
破傷風が発症するとたぶん、それのワクチンは名古屋には無いと思います。
そー言うのは東京の指定のところに保管してあると思います。
亡くなった方はお気の毒ですね。
第11話 あおっぱなと痰、かーっぺへの応援コメント
男の子の袖口、光っているのは当たり前田のクラッカー、ってなもんよ。
ツバ吐き、タン吐き、立ち〇ヨン、ポイ捨て・・・
よくぞ立派な国になったもんだ、と思うけど、きったない奴はまだ居るねぇ。
昭和の古~いヨレヨレの爺さん(婆さんのアンタに爺さん呼ばわりされたくないって?スマン許せ!)
自転車チリチリんらしながらペッ。
空気抜けますように・・と、つい祈る私。意地悪婆さんですな ケヘッ。
作者からの返信
ローバ姉様
んまあ!たち〇〇もありましたー!
忘れてましたけど。今は見かけませんね。
コンビニとかにトイレ借りれるからでしょうか?
あはは😆。
私も自転車の空気抜けろーと願うことにします。
第10話 かぼちゃパンツとブルマへの応援コメント
かぼちゃパンツ、ちょうちんブルマ。
はて? そんなの履いた覚えはないんだけど・・
それとも忘却の彼方へ・・なのかな? 呆けた?
かもね・かもね・そ~ぉかもね ルンルン 頭が??エヘヘ
作者からの返信
ローバ姉さま
あれー?
もしかして、袴ですか。笑笑
第9話 今や通用しない先生への応援コメント
恐い先生っていたかなぁ、って思うんだけど、子供に聞くといたそうです。
でも〇〇先生は怒って頭叩く時、生徒よりずっと背が低いので、ジャンプして叩いてたと、それはお笑いぐさでバカにしていました。
ああぁ、みっともないじゃあ~りませんか。
威厳なし!ですぞ。
作者からの返信
ローバ姉さま
ジャンプしてまで頭を叩きたいって。
お笑い芸人並みですね。
第15話 なんでも赤チンなのへの応援コメント
なんで五寸釘が落ちてるの?!まずそこにびっくりですが、確かに何でも赤チンでした。
作者からの返信
しゃもこさん
たぶん、古い家とか崩れてそのままってのが沢山あったんですよ。
だから、錆びた五寸釘が落ちてる訳です。
なかったですか?
第15話 なんでも赤チンなのへの応援コメント
僕も自然治癒力はすごいですよ笑
占い(姪)の件
黙ろうが、義弟のことで一言ビシッと言おうが
姪の面倒は見るということ、
ご納得いただけましたでしょうか?
作者からの返信
崔さん
わかってますよ。たぶん、崔さんなら姪っ子ちゃんの幸せも考えて答えられると思います。私はムキになりますから、、、。子供ってわからないようで自分の立場を理解してて不安いっぱいだと思います。
あのう、看取り喫茶店どうなりましたーー?笑笑
第15話 なんでも赤チンなのへの応援コメント
あゝ、うん昔は何でも「赤チン」でしたね。
子供の頃、幼馴染みの男の子が竹やぶに入って……斜めに斬った竹に=(;゚;Д;゚;;)⇒グサッ!!
運動靴を貫いて足の裏に刺さりました。
あの時も「赤チン」をぬって包帯をして終わった記憶があります。
斜めに斬った竹は、タケノコ泥棒への対策だったと聞きました。
作者からの返信
月影先生🧑🏫
ぎゃーーこっわいーー!
その子は治りました?
原始的な赤チン療法、意外にも効くのかなぁ。
筍泥棒対策でしたか。なるほどです。
第15話 なんでも赤チンなのへの応援コメント
こわぁ—————!よく無事でしたね。すぐに赤チンがよかったのかも。
作者からの返信
ふみその礼にゃん
まあ、つばつけとけって言うほど軽くは無かったですよ。
病院にも連れて行ってくれない時代です。
赤チンね、すごいですよ。🤭
第14話 猛炎が当たり前への応援コメント
天国……
僕が20代の時は
デスクに灰皿を置けました。
今はスモーカーは嫌われて
めっちゃタバコ税を払ってるのに。
タバコ220円が
今は600円ですよ! ほぼ税金
余談ですが
僕は20代のとき
30代、40代が好きでしたから
基本的にオバハンとは言いませんでしたよ。
追突してきた柴田さんだからこそ
憎くてオバハンと言っただけです。
誤解の無いようにお願いします
m(_ _)m
作者からの返信
崔さん
崔さんはタバコ吸うんですか?
イメージと違うなぁ。
柴田さん、、、。
あのう外観で決めてない?😛
編集済
第14話 猛炎が当たり前への応援コメント
子供の頃ってそうでした。
私の周囲の大人もほとんどみんな吸ってましたし、うちの両親も吸ってました。
自分も大人になったら当然吸うものだと思っていて、成人してから吸ってみたんですが体質に合わなくて吸えませんでした。
うちの両親は母は病気で死にかけてやめて、父親はあることがあって自分の意思で禁煙しました。父親の意思の強さにはびっくりしましたが、私は母親譲りで意思が弱いので、もしも吸っていたらやめるの大変だっただろうなあと思っています。
作者からの返信
小椋夏己さん
ふふふ。
わかります。私の世代の看護師なんてほとんど吸ってました。
患者さんには禁煙🚭指導してたのに、、、。
第14話 猛炎が当たり前への応援コメント
そうでした。そうでした。
だって飛行機の中でタバコ吸えた時代でしたよ!
そして、喫煙教師!
私が高校生だった時、化学の先生がアル中でウイスキーの小瓶を常にポケットにしのばせていて、手が震えるたびに1口、口にしていた。それで、震えがすっと収まるのがとっても不思議だったのですが、その方タバコも吸うんです。授業中に。
それで、黒板消しが置いてあるあたりにタバコを置くんです。授業など全く頭全に入れませんでした。(笑)火がつくんじゃないかと思ってハラハラしてました。大体ろれつが回らないから、何言ってんだか全然わからないし。
その方、私が教育実習に行った時にはお亡くなりになっていたのですが、当時の年齢を聞いたら、あの方まだ50歳だったんですよと言われて、ものすごくびっくりしたのを覚えています。90歳位だと思ってた。お酒もタバコも、体には悪そうです。
作者からの返信
しゃもこさん
さすがにアル中は、、、。えらい時代ですよね。全くもう、何でもありでしたがな。
小学生の時に休みの子の分を盗む先生はいました。
今、逆にそんな先生いたらどうなるんでしょうねぇ。
第14話 猛炎が当たり前への応援コメント
私は器官が弱いので、最初からタバコを吸いませんでしたが、父や弟が禁煙を始めた時は辛そうでしたね。
最初に勤めた観光ホテルでは咥えタバコで仕事をしている先輩方もいたので、反面教師になりましたね。
現在は吸える場所が、ほとんど無いのもタバコを吸う人のマナーに怒っている人が増えたからなんでしょうね。
作者からの返信
月影先生🧑🏫
娘がバイトしてた地域では有名なパン屋で喫茶店。
パン焼く人、加えタバコだったそうです。
娘はきったない!と怒ってました。
第13話 冬の楽しみへの応援コメント
あまり寒くない地域だからか、これはさすがになかったですね。
学校にストーブはありましたが、ダルマストーブではなかったです。
多分ガスだったんじゃないかなあ。
作者からの返信
小椋夏己さん
えーーー!
ガスは中学になってからでした。
しかも、先生の机の近くで、教室の後ろは寒かったです。
都会なんですかー?(*^o^*)
第13話 冬の楽しみへの応援コメント
ダルマストーブ、毎年仏になると小学校の教室に設置されていました。高学年になると、自分らで火をつけていたのですが、なかなか石炭が燃え出さない時もあり、男子が何人かで、下から吹いたり下敷きで煽ったりして、火をつけようとしていました。時々、煙が充満しているなか、頑張っていると、どカーンと爆発して、燃え出すのです。ストーブの下の方も火を吹いて、眉毛が焦げたりしてました。そして、ストーブの鉄の蓋が飛んでいくほどの爆発があると、先生が職員室から飛んできていました。
そんな危険な(楽しい)ストーブがダルマストーブでした。
作者からの返信
ふみや57博士🎓
博士🎓ーーーー!何でも爆発💥させてるじゃありませんか!
危険人物ですよ。
第12話 毛糸のパンツとラクダの腹巻きへの応援コメント
小学校の時、女性の先生へスカート捲りして1発くらいました。別に先生のパンツなってみたくもなかったのですが、流行りだったのでつい、、、、
作者からの返信
ふみや57博士🎓
当時若い女の先生いなかったので、おばさん先生のスカートめくりはしてなかったですよ。ばあさん先生のズロースみたくない💦。
第10話 かぼちゃパンツとブルマへの応援コメント
男性教師に小学校5年生で、男女一緒に上半身裸で寒風摩擦とかやらされていました。あれは絶対に、変態男(=担任)が趣味を満喫していたのだと思います。
作者からの返信
ふみや57博士🎓
うそーーん。
それは、良く校長先生とかから注意なかったですよね?
なんだろ?親も何度も思わないんですよねぇ、、。
第9話 今や通用しない先生への応援コメント
立たされるのは常習犯でした。私はゲンコツも食らってました。しかし、家の帰っても、家族にはできるだけ秘密でした。母にバレたら、もう1発やられるのです(笑)。
作者からの返信
ふみや57博士🎓
私が先生でも博士🎓は✊です!
今なら学級崩壊の子供ですよー。笑
第13話 冬の楽しみへの応援コメント
ダルマストーブではなかったですが、配管がついていたストーブはありました。でもパンは焼かなかったです。その代わり、冬になると、ストーブの上で湯煎で牛乳瓶を温めることもありました。でもテトラパックに変わってからはその習慣はなくなりました。それともそういうストーブがなくなったのか?ちょっとその辺の記憶が定かではありません。
作者からの返信
田鶴さん
きっと色んなストーブあったんだと思います。
ダルマは小学生までだったような。
ある意味、ほのぼのしてたんですね。
第13話 冬の楽しみへの応援コメント
ありました!パン焼きました。コークス係もやりました。地味な仕事で好きだった気がする。
作者からの返信
ふみその礼にゃす
くらーーーい、学校のへんてこな場所にあるコークス置き場、、。
怖かったです。よく燃えるのと燃えないのがありました。それの取り合いでした。笑
焼いたパン🍞美味しかったですよね?
第13話 冬の楽しみへの応援コメント
あー。これは経験してない!比較的温暖な地域だから、でしょうか。冬は寒さに震えていました(笑)
作者からの返信
しゃもこさん
そんな、、。
しんじられねーす。服を厚着するしかありませんなぁ、、、。
第13話 冬の楽しみへの応援コメント
小学校低学年の旧校舎(元兵舎?)がダルマストーブでした。
記憶があやふやですが、タライのような面器に水を張っていた気がします。
特に何かを温めていた記憶は無いのですが、……
作者からの返信
月影先生🧑🏫
そうです!ピンポーン!タライです。
私は牛乳自体が苦手だったから温めると余計に飲めないのでやりませんでした。
皆んなはホットミルクを飲んでおりました。
編集済
第12話 毛糸のパンツとラクダの腹巻きへの応援コメント
毛糸のパンツは祖母が編んでくれた可愛いのを履いてました(笑)
腹巻きはディサービスに来ている男性数人が履いていますね。昔は衛生状態が良くなくてお腹をこわすことが多くて…という理由らしいけど。本当かな?
後はバレエでもレオタードだけじゃ腰が冷えるのでニットパンツを重ねている人いますよ。パステルカラーのが多いです。
作者からの返信
プリマゆらぎさん
今でも腹巻きの人いますか?笑
バレエの人って毛糸のパンツみたいの履いてますね。
冷えるんですね?
第12話 毛糸のパンツとラクダの腹巻きへの応援コメント
どこかの漫画のおっさんですやん。
僕が子供の頃、腹巻きおっさん沢山いました。
僕が小学生のとき、同級生で、
スカートをめくると同時にパンツをずらす
爆弾野郎がいました。
気が向いたら
また『めどきクラブ』に来てくださいね!
『めどきクラブ』は菜の花様の発案で
できたんですよ(笑)
作者からの返信
崔さん
ごめんちゃい。
頭を使うのが出来ないんですよ。
仕事帰るとまず、バタンキューと寝てしまい、起きてお風呂入ってまた爆睡する毎日で。
ほんと、ごめんなさい🙏。
第12話 毛糸のパンツとラクダの腹巻きへの応援コメント
バ◌ボンのパパみたいな腹巻きを父もしています。
ラクダのモモヒキ(タイツ)も履いていました。
女子はカボチャ🎃パンツ?だった気がします。
作者からの返信
月影先生🧑🏫
おおおー!ラクダのモモヒキも履いてましたよん。
パジャマ代わりに、、、。
第12話 毛糸のパンツとラクダの腹巻きへの応援コメント
父が腹巻をしています。
腹巻から、お金を取り出して、ジュースとか、たばことか、お使いをよく頼まれましたね。でも、腹巻は単純なようで複雑な構造。こどもの頃の私には、腹巻のどこにお金が入っているか、手を入れても分からなかった記憶があります。折り目で違うのかもしれませんね。例えば、手前が小銭、ちょっと先が五百円札(岩倉具視)とか・・・
作者からの返信
天音空さん
父がそうでした。
でも、あれ、いつ洗ってたんだろ?
どこかの時空に繋がってるじゃないでしょうか?
第12話 毛糸のパンツとラクダの腹巻きへの応援コメント
友人にいい腹巻きをもらったのでちょこちょこと使ってます(笑)
らくだ色ではなく白ですが、おすすめだけにいい腹巻きです(笑)
作者からの返信
小椋夏己さん
実は私も腹巻きをして寝てます。
マジックテープで巻くやつです。あったかいんですよ。
第12話 毛糸のパンツとラクダの腹巻きへの応援コメント
スカートめくり!
今の子達はやらないだろうな。
中学では、冬になると制服のスカートの下にジャージを履いてました。ジャージの裾を少し折って短くしていましたが、スカートの裾からジャージは見えていたと思います。格好悪いですね。
作者からの返信
田鶴さん
なーんで、あんなに男子はスカートめくりたがったのかなぁ。
バカである、、。
娘の時代はジャージ履いてましたね。今の子は平気でスカートの下にジャージですよね。
ふふふ。
第12話 毛糸のパンツとラクダの腹巻きへの応援コメント
毛糸のパンツは、私が住んでいる地域では駄目だったんですよ。学校に入ってきてはダメだった。なので、学校の名前が入った(私立ではない。田舎の公立)ブルマを制服(制服でした。しつこいですが、私立ではありません。)の下に履いてました。
不思議な色の腹巻のおじさんは結構たくさんいて、確かにタバコと小銭が入ってました。あの腹巻の中に。
懐かしい!
作者からの返信
しゃもこさん
公立でーー?(`・ω・´)
地域差がありますね。
腹巻きってね、ドラえもんのポケットみたいでしたね。
第11話 あおっぱなと痰、かーっぺへの応援コメント
すごいことを思い出しました。
「まことちゃん」って漫画、ご存知でしょうか。
あの漫画でまことちゃんがやってたことを見て、本気でえづいて吐きそうになったことがあります(笑)
ちょっと書くのがあれですので控えますが、思い出してもおえっとなります(笑)
作者からの返信
小椋夏己さん
まことちゃーん!懐かしいですね。
本気でえずくなんて、、。
あの時代にいたら、町を歩きながらえずきますね。笑笑
第11話 あおっぱなと痰、かーっぺへの応援コメント
懐かしいですね。
友達の長袖の袖口がテカテカ光っていたのを思い出します。
作者からの返信
天音空さん
みーんな、鼻かみとかハンカチ持ってるわけじゃないから、袖で拭いてるんですよね。
あははは🤣。
第11話 あおっぱなと痰、かーっぺへの応援コメント
昭和の風景でしたね。
令和の今ならドン引きですが、あの頃は普通の光景でした。
免疫力が高かったんでしょうね。
衛生面が向上すると共に食中毒や花粉症が増えた気がします。
作者からの返信
月影先生🧑🏫。
あおっぱなの子は口呼吸をしてて。いつも口をぽかーんとあいてたような。
あまりの清潔の行き過ぎは、、、。
遅くなり、申し訳ありません。
ギフト🎁頂きありがとうございました😊。
第11話 あおっぱなと痰、かーっぺへの応援コメント
いましたね。どちらもいました。そして、キセル!
今、「刻みタバコ」買えるのでしょうか。どこにあるんだろう。葉巻は酒屋さんに売ってたりするのですが。(誰が買うんだろうと思っているけれど、ずっと売っているから、多分誰かが買っているのでしょう)
懐かしい。懐かしすぎます。
今青ハナが垂れていて、そのまま放置だとしたら、連絡はするでしょうね。「一定数の虫歯がある」段階だけでも児童相談所に連絡を入れる時代になっていますので。昭和の子供は結構な数でアウトでしょうね…。どちらがいいのかわかりません。
作者からの返信
しゃもこさん
刻みタバコってもしゃもしゃしてて、それをびよよーんと引っ張りむしり取って丸めてキセルに詰めてたような思い出があります。
くっさーかった。笑笑
虫歯🦷?うーん、確かにだけど、最近、誤解の措置もあるようですね。
第10話 かぼちゃパンツとブルマへの応援コメント
ブルマも絶滅しましたね
僕が中学生の頃まで
女子はブルマでしたから
目の保養になりました
僕は女子の胸をチェックするのが
好きでした
いやいや、いやらしい気持ちで
チェックしてたわけではないですよ
↑
いやらしい気持ち以外に何があるねん?笑
作者からの返信
崔さん
思春期の女子のブルマ、あーかーんって!
第9話 今や通用しない先生への応援コメント
廊下で
バケツ持って立たされました
バケツの水を捨てて
空のバケツを持ってました
職員室もありました
親を呼び出されることもありました
真冬に机ごと廊下に出されたのは寒かったです
作者からの返信
崔さん
悪ガキだーー!
第10話 かぼちゃパンツとブルマへの応援コメント
かぼちゃパンツはなかったですが、小学校はブルマだったかな?
中学高校は短パンだったと思いますが、記憶が定かではありません。
作者からの返信
田鶴さん
田鶴さんは私より下の世代ですね。
良かったです。短パンよね。絶対に!
第9話 今や通用しない先生への応援コメント
中学の時、部活に遅刻すると、体育館の端っこで練習時間ずっと正座させられました。
高校は私立でしたが、英単語を覚えてないと、孫の手でビシバシと背中を叩かれました。
月に1回の身だしなみ検査の時、元警察官のガタイのいい先生がハサミをシャキシャキと手に持って私達を脅しました。前髪が長過ぎたり、肩より長い髪を束ねていたりしないと、切るぞという脅しです。でも実際に切られた人は見たことがありません。
この高校は、私が通っていた当時、制服や持ち物が雁字搦めに決められていて中学の時から使っていたチェックの折り畳み傘を取り上げられました。黒・茶・紺色の無地の傘じゃないからです。よくこんな地獄の学校に通っていたなと我ながら感心しますが、かなり反抗的な生徒でした(汗)
作者からの返信
田鶴さん
えっと、テストの結果をばら撒くとか、出席簿の硬い角でガツンとかありました。
髪の毛は高校になってからです。
しかしね、あの当時の先生はお亡くなりになってるけど、生き返ったら今の学校見てびっくり仰天😮かも。
第9話 今や通用しない先生への応援コメント
懐かしい…
廊下に正座はありました。
冬はつらかったな。
しかし、その甲斐あって忍耐と根性は成長しましたね。
作者からの返信
天音空さま
そうそう。
また、その正座してるのを同級生が見て笑うーーとな。
第10話 かぼちゃパンツとブルマへの応援コメント
ええ?私は普通の紺のブルマでしたが、ピチピチじゃなかったし、身体を動かすのが好きだから気にならなかったですね~
作者からの返信
プリマゆらぎさん
痩せてても割れ目は、、、、。
第10話 かぼちゃパンツとブルマへの応援コメント
そういえば、女子生徒は「ちょうちんブルマ」でしたね。
女子生徒の体育の担当も男性教師……マット運動では補助と称して触りまくっていたそうです。
今なら大問題ですね。
作者からの返信
月影先生🧑🏫
まさに!それありました。
平均台の時に介助で触られるから、皆んな嫌だー!
平均台なんか壊れればいいのにーー!とか男子もやればいいのにー!
と愚痴ってました。
第9話 今や通用しない先生への応援コメント
私の学校も暴力教師が多かったですね。
不良女子生徒はロングスカート……それを膝下でハサミでジョキジョキと切るオッサン教師。
茶髪や金髪の生徒の髪を墨汁に浸したクシでとかす教師もいました。
生徒も負けておらず、卒業式には「お礼参り」と称して……
みんな、尖っていた時代でした。
作者からの返信
月影先生🧑🏫
高校はそんなんでした。
中学はおとなしい生徒だったので、、。
他校は乱闘ばかりして新聞に載ってました。
尖ってましたね。ふふふ🙃
第8話 給食への応援コメント
募集中? なら、はーいワタシもでぇーっす!
あの時代、子供にウソをつけとでもいうような歌を歌って、脱脂粉乳ミルクを飲みました。
♬ ミ~ルク ミルク 美味しいミルク
あ~まいミルク なんちゃらのミルク(なんちゃら、は忘却の彼方)
歌でマインドコントロールでもあるまいに・・
しかし、78歳の私なら分かりますが、菜の花さんや(コメントされている)しゃもこさんも飲んだ経験者だそうで。
ということは、そうとうな期間この「旨まずい」ミルクが、日本の良い子を育ててくれたということなんですね。
いやぁ、たしかアメリカさんから頂いたミルクだったと聞きましたが。
念の為スマホで調べてみたら、学校給食に導入されたのは昭和21年からだとか。
まさしく「昭和二桁世代しかわかんない話」にぴったりのアジなはなし!ですねぇ
作者からの返信
ローバ姉さま
そんな歌があったとはーー!コラァ、全国にお知らせ📢しなきゃ。
戦後すぐならわかりますけど、、。
私はもう戦後じゃなかったので、あの匂いと味は、、。
第10話 かぼちゃパンツとブルマへの応援コメント
かぼちゃパンツの方がまだマシだと思うんですよね。ピチピチブルマの世代です。
恥ずかしかった。あちこちの割れ目がくっきり出るタイプのブルマだったので。
高校は女子校だったので、精神的にものすごく楽だった記憶があります。あれもどうかと思う。
作者からの返信
しゃもこさん
わかりますー。割れ目が、んがんがー。
ひどい時代でしたね。
第9話 今や通用しない先生への応援コメント
うちはぶん殴る系の先生が多かったですね。先生が竹刀持ってたり。そして高校は女子校だったのですが、今で言うところモラハラな先生ばっかりでしたね。今の時代もどうかと思うけど、あの頃もどうかと思う。
作者からの返信
しゃもこさん
中学生は893さん?みたいな先生いました。
職員室なんかタバコ蔓延してたし、、。
今は先生はやりにくいでしょうね。
第7話 習い事への応援コメント
長女と長男は近所の習字教室に通っていました。
彼らが行くのが嫌だった理由のひとつに、スモックを着せられたことだったと、ずっと後になって聞きました。
そのスモック、幼稚園の時の制服でしたのに、小学生になっても着ていたということです。
墨汁は洗っても落ちないので、スモックを着せていたのですが、考えてみればいくら汚れるからといっても、幼稚園時代のものを、ね~、ばかな母親でした。(反対に言うこときいた子供はおりこうさん、でしたね?)
汚れていいものを一枚決めて、習字練習用にしてやればよかった😅(可哀そうなことをしちゃったな)
作者からの返信
ローバ姉さま
ありましたー!スモッグね。
学校の習字の授業の時はエプロン(割烹着)着てる子いました。笑
学校の習字の授業は、ふざけてお互いに墨を掛け合ったりして。
悪よのう〜。
皆んな、先生に「廊下で立ってなさい!」でした。
編集済
第23話 オールドミスってへの応援コメント
持ち物検査は、私立高校で初めて体験しました。校則で決められた無地の傘じゃないということで、傘を取り上げられたことがあります。後で返してもらいましたが、理不尽に感じました。
この先生は嫌な先生ですけど、オールドミスとか言われて意地になっていたのかもしれません。
今なら、オールドミスとか、いかず後家とか、NGワードですね。でも子供達は、いつの時代でも、ダメと言われたら、もっとやりたくなるかも😆
PS. 前髪の長さのチェックも、私の高校ではハサミを持った先生がやってました。肩より長い髪は束ねる決まりもありました。でも実際に切られた人は見たことがありません。今なら、例え脅しでもハサミを持った身体検査なんて学校で許されないですよね。
オールドミスは、いかず後家と同じ意味なんでしょうね。男性にはそんな蔑称ないのに…
作者からの返信
田鶴さん
あれま。
中学なんてもっと怖かった。
高校の持ち物検査は地獄なり。
当時、パーマかけてた子はその場でハサミ✂️で切られてたー。
眉毛ない子はマジックで書かれてたー。でございます。
オールドミスってなんでしょう。結婚してない古めの女性??