カラスというのはとても賢い生き物で、人の顔の区別がつくそうです。
そして、その個人から受けたことをしっかりと覚え、かなり長期にわたって記憶し続けます。
優しい施しを受ければ恩義を覚えてなつくようなそぶりも見せますし、ひどい目に遭わせれば仲間を引き連れ復讐を企てたりもします。
そして、死肉をついばむことから、死や不吉の象徴として忌み嫌われていたりします。
まぁ、その割には日本では「八咫烏」という太陽の化身である霊鳥が導きの神としてまつられていたりするわけですが。
そんな賢く、嫌われ者のカラスさん。
そんなカラスにもヒエラルキーがあり、飛ぶことができぬカラスは仲間外れの独り身です。
そんなカラスを受け入れたのが、カラスをカラスだと見ることができない、眼の見えぬ少年でした。
ありきたりの畜生たちと違い賢いカラスなので、彼の事を覚え、その優しさも感じるようになっていくわけです。
忌み嫌われるカラスにとって、彼の優しさは染み入るものがあったに違いありません。
そして少年もまた、何かはわからぬ鳥に、他の畜生たちとは違った情を寄せていくわけです。
カラスを不吉の象徴としてではなく、ただ一羽の優しい友として感じられた少年は、見えぬ眼でカラスの真の姿、すなわち心を見ていたのでしょう。
その終わりに物悲しいものを感じながらも、儚く美しい情緒を感じずにはいられませんでした。
カラスと少年、一羽と一人の尊い関係性をお楽しみください。
大きな屋敷には一人の盲目の少年がいた。
時に、庭に来る鳥や小動物に食餌を施し
何某が来たのかを想像する。そんな
慎ましやかな日々の中で、一話の鴉と
出会う。鴉の生活も過酷なもので、この
少年に自分の 姿 が、見えていない事に
気が付いて…。
鴉を邪険にする文化は、それ自体の
醜悪さを敢えて見せない事で事実を創る。盲しいた少年は、真実 を視ていた。
心の中に、ふと灯る温かで哀しいものは
一体何処に還るのか。
淡々と語りかける筆致と、読者に余韻を
もたらす、この物語。是非とも多くの
人達に読まれたいと思う。
きっと、少年は『あの、いつも傍に居て
自分自身との交流を楽しみにして来て
くれた 名もなき鳥』を思い出す。
それは因果応報の理を外れてすら
愛おしく尊いものだ、
孤独な鴉と孤独な少年が出会う。
心やさしい少年とさびしい鴉は、確かなぬくもりの中で過ごす──。
からすって、かわいいんですよね。あのきゅるきゅるした目なんてとても愛らしい。
そんな からすと無邪気な少年。
微笑ましい物語が展開されるに違いない──いいえ、微笑ましい物語の主人公であってほしいキャラクターたちです。
すこし古い児童文学のような心地よい文体で、いっぴきとひとりの物語が綴られます。
途中、なんとも不穏な気配がただよいますが──……おっと。
あれこれと語りたくなってしまいますが、これでおしまいにします。
素敵な短篇作品です。ぜひぜひ。