自分が誰なのか、何に迷っているのか、なぜここへたどり着いたのか――その輪郭は、最後まではっきりしない。紅茶がどうやって運ばれてくるのかさえ、よくわからない。ただ一つ確かなのは、そこが喫茶店で、どこか懐かしく、白いウサギがいるということだ。差し出された紅茶の甘い香りにふと子どもの頃の記憶がよみがえり、物語は現実から少しだけ浮いた、やわらかな夢のなかへ読者を連れていく。私はこういう話が好きだ。心の深いところにそっとしまってある感情が、誰にも気づかれないまま小さく息をしているような、そんな気配に触れられるからだ。