近づいた距離
放課後の廊下は、昼とは別の場所みたいに静かになる。
授業が終わった直後の騒がしさが抜けて、
残るのは、帰る人の足音とロッカーの開く音だけ。
急ぐ人はもういない。
でも、立ち止まる理由もない。
流れがほどけた時間。
昇降口で靴を履き替える。
しゃがんだ姿勢から顔を上げたとき、すぐ隣に凪がいた。
待ち合わせはしていない。
約束もしていない。
ただ、同じタイミングで教室を出ただけ。
前なら、どちらかが先に歩いたと思う。
どちらかが遅れたと思う。
でも今は、そのまま並ぶ。
校門へ続く道を、同じ速さで歩き出す。
肩が触れないくらいの距離。
離れすぎてもいない距離。
意識して作ったわけじゃない位置に、自然と落ち着く。
しばらく何も話さない。
沈黙が続く。
気まずくはない。
埋める必要も感じない。
私が先に口を開く。
「今日の小テストさ」
凪が少しだけ顔を上げる。
続きを待つ顔。
「最後の問題、引っかけだったよね」
数秒考えてから、凪が頷く。
「……はい。式は合ってたのに」
「ね。あれ性格悪い」
小さく笑うと、凪もわずかに笑う。
それだけの会話。
先生の話。
授業の愚痴。
クラスの誰が寝てたとか、どうでもいい出来事。
特別な意味のない話題が、自然に続く。
前なら、言葉を探していたと思う。
何を話せばいいか考えていたと思う。
今は違う。
話さなくてもいいし、話してもいい。
どちらでも成立する時間。
沈黙が続いても、止まらない。
歩く速さも変わらない。
気まずさは、もうない。
――でも。
踏み込まない場所があるのも分かっている。
お互いに触れない話題。
触れなくていいと決めた境界線。
そこには近づかないまま、会話だけが続く。
信号待ちで立ち止まる。
横断歩道の白線を見ながら、凪がぽつりと言う。
「最近、夜更かしが増えて」
前を向いたままの声。
軽い調子。
一拍遅れて答える。
「……そうなんだ」
凪は続ける。
「寝かせてくれないんです」
足が一瞬止まりそうになる。
止めない。
意味は分かる。
誰のことかも分かる。
わざと言っているのも分かる。
私は前を見たまま返す。
「……大変だね」
それ以上は聞かない。
聞けない、じゃない。
聞かない。
凪も、それ以上続けない。
信号が青に変わる。
同時に歩き出す。
知っていて話している。
知っていて聞いている。
言葉は軽いのに、
意味だけが少し重い。
それでも、会話は途切れない。
次の話題に移る。
先生の口癖の話になって、二人で小さく笑う。
前と同じような、
でも前とは違う時間。
話さないことで守っていた距離が、
話しても壊れないと分かってしまった。
踏み込まないまま、近づいている。
話さないより、
話した方が楽だと知ってしまった。
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