アンダーライン・シティ ―廃線地下鉄に咲く街―

きたみ詩亜

第1話「レールの下で、君に出会う」

 地下鉄の廃駅なんて、普通は近づかない。

 暗くて、湿ってて、危なくて。

 なのに俺は、そんな場所に立っていた。


「……なんで、こんなとこに来たんだろ」


 白瀬雄哉、十六歳。

 帰り道を間違えただけで、人生が変わるとは思わなかった。


 フェンスの隙間から入った先は、工事途中で放置された旧駅だった。

 階段は途中で途切れ、ホームの向こうは真っ暗。


 空気は、鉄と油と、少し甘いゴミの匂いが混ざっている。

 耳を澄ますと、遠くで「ブーン……」と低い音がしていた。


「……早く戻ろ」


 そう思った瞬間。


 足元が、崩れた。


「うわっ!?」


 視界がひっくり返る。

 背中に強い衝撃。

 息が詰まる。


 しばらくして、俺はコンクリートの床に転がっていた。


「……ここ、どこだ」


 見上げると、天井は遠い。

 非常灯が、ところどころ点いている。


 線路。

 自販機。

 看板の残骸。


「駅……?」


 いや、違う。

 ここは、誰かが住んでいる。


 遠くから、話し声が聞こえた。

 金属の音。

 笑い声。


 俺は立ち上がり、音の方へ歩いた。


 ※


 線路の上に、自販機が並んでいた。

 ホームには、屋台みたいな売店。

 改札跡には、酒場の看板。


 ──街みたいだ。


「……なんだ、ここ」


「初めて見る顔だね」


 後ろから、声がした。


 振り向くと、ショートヘアの少女が立っていた。

 首には大きなヘッドホン。

 腰には懐中電灯。


「迷子?」


「……たぶん」


 俺が答えると、少女は笑った。


「ここ、アンダーライン・シティ。

 廃線地下鉄にできた街だよ」


「……は?」


「地上から落ちてきたでしょ」


 図星だった。


「私は音無ひより。

 ラジオやってる」


「ラジオ?」


「うん。地下専用」


 ひよりは指をさした。


 線路の奥に、アンテナが立っている。

 古い車両の中が、光っていた。


「あそこが放送局」


「……地下で、ラジオ?」


「情報は命だから」


 ひよりは、真面目な顔になる。


「最近、この街、危ないの。

 黒い服の人たちが、うろうろしてる」


「黒い服……?」


「レールクロウっていう組織」


 その名前を聞いた瞬間、

 背中が少し冷えた。


「君、名前は?」


「白瀬雄哉。

 ……帰りたいんだけど」


 ひよりは少し困った顔をした。


「今は無理。

 通路、崩れてる」


「……マジか」


「だからさ」


 ひよりは、俺を見上げた。


「しばらく、ここにいなよ」


 そのとき、遠くで爆音が響いた。


「……っ!」


 ホームの照明が、揺れる。


「今の音……」


「レールクロウだ」


 ひよりは唇を噛んだ。


「地下の奥、探ってる」


 俺の心臓が、ドクンと鳴った。


 ただの迷子だったはずなのに。

 気づけば、知らない街の事件に巻き込まれている。


「……俺、どうすればいい」


 ひよりは、懐中電灯を俺に渡した。


「とりあえず、生き残ろ」


 非常灯の光の中で、彼女は笑った。


「冒険のはじまりだよ、雄哉」


 ※


 その夜、地下ラジオはこう告げた。


『今日、地上から新しい人が来ました。

 名前は、白瀬雄哉。

 この街の、新しい仲間です』


 その放送は――

 闇のトンネルの奥でも、確かに聞かれていた。

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