二 古代女性哲学者の場合への応援コメント
「生」と「死」
そして魂の本質の探求は古代に於いて重要なテーマであり、現代社会の哲学は宗教に心の拠り所を求める事で、「神」に背く事、神のご意思に反する疑問を持つ事すら禁忌となり、古代哲学者の様な盛んな議論が行われなく為っていますね
そこに拘るのは、矢張り永遠の生など有り得ず、無いからこそ求める人間の性なのでしょう
根源には死と言う絶対に対する恐怖が存在するからで、結局何千年経っても死への恐怖を克服する術は凡人には無いと言う事なのでしょう
宗教とは為政者に都合良く改竄される物であり、哲学的真理とは乖離していますが、凡人にとり有難いのは哲学より宗教なのも事実ですね
でもきっと、真理は一つなのかも知れません
ロマンティックですね
作者からの返信
生、死、魂、神、愛……。
どれも今の私には切実な問題です。
いろいろ考えて物語の形にすることが、今の自分にできることだし、すべきことだと感じています。
自分に残された有限の時間の中でどこまでそれができるかわかりませんが……。
後世から振り返ってもらったときに、「藍埜も結構頑張ったじゃん」と言われるぐらいまでいけるといいですねぇ……。
一 古代哲学者の場合への応援コメント
古代哲学や宗教感に於ける「死」の捉え方を、分かりやすく読みやすく記述されてますね
基本的には皆「死」をどうしたら理解出来るのか、を説いています
理解出来ないものを人は恐れ、恐れるからこそ逃げたいと願う
恐れる事なく「死」に備える事が寛容
作者からの返信
恐れる事なく「死」に備える……アガペエな呑兵衛さんが言われると説得力がすごいですね……
私もそのような態度がとれるように歳をとっていきたいものです
現状は、迷いに迷って、さらに迷う、惑って惑って、さらに惑う……というのが正直なところです
不惑をとっくに過ぎているのにw
四 アウトローの場合への応援コメント
個人的にはアウトロー大好きなので嬉しい回でした
革命家が独裁者に為ってしまうと間違い無く死生観と現実は乖離しますね
cheと言う煙草が例の画像をパッケージに使ってますが、何故かルクセンブルク製
ティーチやアン・ボニーは小説にも使いましたが、彼等の死を逃れようの無い現実として受け入れた生き方に憧れるのは自分が対極に安寧と生きているからこそかも知れません
先生から見た三島由紀夫は何に見えるのでしょう
次は己の死を賭して何事かをなし得た、或いはなし得なかった者達を是非