第22話:旅立ち
ローデル東門。
朝の光が城壁を照らし、門前には見慣れた顔ぶれが揃っていた。
「本当に行くんだな」
レオンが腕を組んだまま言う。
「はい」
神聖公国の話を聞いてから数日。
俺とノクスはローデルを発つ準備を進めていた。
徒歩の旅になるため荷物は最低限。
その代わり、ノクスの装備は新調した。
視線を向けると、ノクスの鉄の胸当てと新しい槍が朝日に反射して眩しく光っている。
ダリオが俺の肩を叩く。
「神聖公国か。女神様に気に入られて聖人様にでもなって帰ってくるか?」
「ならないですよ」
気を紛らわせるための軽口だった。
ミリアが一歩前に出る。
「神聖公国は信仰の国です。言葉には気をつけてください。女神を軽んじる発言は危険です」
「はい。気を付けます」
そう答えながら、俺はミリアの後ろに立つ人物へ視線を向けた。
――エルナだ。
「エルナさん、回復したんですね」
久しぶりに見る顔は、少し痩せていたが、目の強さは変わらない。
エルナは初めて会った時と同じように、レオンたちの後ろで静かに立っていた。
「体はもう大丈夫なんですか?」
「あぁ、今は少しずつ依頼に参加させて、感覚を取り戻させている」
俺の問いにレオンが答える。
結局レオンはエルナの代わりは買わなかったらしい。
そのことに、俺は少しだけ安堵した。
「餞別だ」
レオンが背負っていた包みを差し出す。
布を解くと、鉄の盾が現れた。
中央が僅かに膨らんだ形状の――ヒーターシールド。
「片手剣を使うなら、盾があった方がいい」
「……いいんですか?」
「あぁ。その代わり……きちんと帰って来いよ」
短い言葉。
だが、それがレオンなりの激励なのだろう。
「ありがとうございます」
盾を腕に通すと、金属の重さが伝わる。
だがその重みは、不思議と頼もしく感じた。
「死ぬなよ」
ダリオが笑う。
「いってらっしゃい」
ミリアが静かに言う。
そしてエルナは、静かに一礼した。
俺とは四人に手を振り、門をくぐる。
ローデルを背に、街道へ踏み出した。
街道は穏やかだった。
空は高く、風は柔らかい。
「盾、使えそうですか?」
ノクスが横を歩きながら言う。
「重いな。レオンさんみたいに使えるんだろうか?」
「重さは慣れます。ご主人様なら大丈夫ですよ」
ノクスは淡々と続ける。
「この森は過去に大規模な戦闘があったようで、近年霊骸兵の出現報告が多数あるそうです」
霊骸兵。
この前ミリアが言っていたやつだ。
「再生するってやつか」
「はい。物理破壊では討伐は困難です」
「……厄介だな」
「ですが、打撃は効果的だそうです」
やがて森が深くなり、空気が変わった。
霧が薄く漂う。
「……何かの気配を感じます」
ノクスが槍を構える。
次の瞬間。
地面が僅かに盛り上がった。
土を押し分け、白い骨の腕が現れる。
そして、頭蓋骨。
空洞の眼窩がこちらを向いた。
「霊骸兵です!」
骨が軋みながら立ち上がる。
肉にない骨だけの手には錆びた剣が握られている。
「来るぞ!」
霊骸兵が跳躍する。
速い。
俺はヒーターシールドを構え、衝撃を受け止める。
錆びた剣が盾に叩きつけられ、火花が散る。
一撃は重くない。
だが、近くで見る霊骸兵は異様な迫力があった。
「打撃が有効です」
ノクスが横から踏み込む。
槍の柄で膝関節を叩くと、骨が砕けた。
俺はその隙に盾を振り抜く。
「っ!」
シールドバッシュ。
鈍い音。
頭蓋骨が歪む。
続けてもう一撃。
骨が弾け、身体が崩れ落ちる。
……終わったか?
そう思った瞬間。
骨が震えた。
砕けた破片が、ゆっくりと動き始める。
「再生しています」
「ちっ……!」
崩れた骨が組み上がり、空洞の目が再びこちらを向く。
「やっぱり倒せないのか?」
「完全に倒すには聖属性が必要です」
「……今は無理だな」
その時。
二体目の霊骸兵が地面から現れる。
……長期戦は不利か。
「退くぞ!」
ノクスが頷く。
俺は再び盾で頭部を打ち砕き、時間を稼ぐ。
ノクスが背後を確認する。
「ご主人様、こちらです!」
「走れ!」
背後で骨が再び組み上がる音を聞きながら、俺たちは森を駆け抜けた。
しばらく走り、霊骸兵の気配が消えたところで足を止める。
「……本当に厄介だな」
「はい」
ノクスは振り返る。
「神聖公国では、あれを浄化できます」
「どうやって?」
「神聖魔法です」
俺は盾を見つめる。
身体をバラバラに砕いても、霊骸兵は倒せなかった。
「……霊骸兵っていったい何なんだ?」
「人の死後、強い未練を残した魂が骸に縛られて生まれる存在と言われています」
ノクスが静かに言う。
未練。
死んでも骨の化け物になって人を襲うほどの未練。
いったいどんな想いが残れば、そんな存在になるのだろうか。
「とにかく今は神聖公国を目指しましょう」
「ああ」
俺は頷く。
「……行くぞ」
「はい、ご主人様」
神聖公国。
女神を信仰する国。
そこへ行けば、きっと何かが分かる。
――神降ろしの霊峰。
――渡り人。
――そして、俺がこの世界にいる理由。
俺の元の世界へ帰るための旅が、本格的に始まったのだった。
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