第2話 同接0の初配信――初心者向け“アトラクションダンジョン”で未発見ルートが開く

翌朝。


目覚ましより早く目が覚めた。


会社に行かなくていい朝なんて、何年ぶりだろう。


カーテンの隙間から差し込む光がやけに明るい。

平日の朝なのに、心臓がドクドクしている。


遠足前の小学生か、俺は。


「……いや三十二だぞ」


自分でツッコミを入れながら、布団から起き上がった。


昨夜まとめた“初心者装備リスト”をスマホで確認する。


・軍手

・ヘッドライト

・モバイルバッテリー

・タオル

・飲み物


そして。

物置から引っ張り出してきた、少し埃をかぶった金属バット。


握ってみる。


……重っ。


「こんなの振り回すの、学生以来だろ……」


軽く素振りすると、ぶん、と鈍い風切り音が鳴った。

思ったより、悪くない。


リュックに荷物を詰める。


なんというか。


キャンプ前の準備みたいだ。


ダンジョンに潜るというより、ピクニック感覚の自分がちょっと怖い。


「まあ……浅草だしな」


浅草ダンジョン。


ダンジョン発生初期に出現し、今では“初心者の登竜門”扱いされている場所だ。

入口付近は安全確認も徹底され、警備員までいる。


ネットでは、


『ダンジョンというよりアトラクション』

『観光地』


なんて言われるレベル。


いきなり命がけの最前線、って感じじゃない。


……たぶん。


「よし」


深呼吸して、スマホをポケットに入れた。


-------


浅草。


平日だというのに、観光客はそれなりに多い。


雷門の近くを抜けて少し歩くと、見えてきた。


フェンスと警備車両。

その奥に、ぽっかりと空いた“穴”。


コンクリートの地面の上に、不自然に開いた黒い空間。


光を吸い込むみたいに、奥が見えない。


テレビや動画で何度も見た。


でも、実物はやっぱり――


「……ゲームのテクスチャ抜けみたいだな」


現実感がない。


受付テントで簡単な登録を済ませる。


「初潜入ですか? 無理しないでくださいねー」


スタッフのお姉さんが慣れた笑顔で言った。


テーマパークか。


俺は苦笑しながら、ダンジョン入口の前に立つ。


そして。


スマホを取り出した。


配信アプリを開く。


【ライブ開始】


赤いボタンが、やけに緊張感を煽る。


「……えーっと」


喉が乾く。


なんでだ。

会社のプレゼンより緊張してる。


「……い、いくか」


ポチッ。


配信開始。


画面に映る自分。


若干やつれた三十二歳男性。

パーカーにジーンズ、リュック、金属バット。


……絵面が地味すぎる。


同時視聴者数:0


「……ですよねー」


思わず苦笑い。


でもまあ、想定内だ。


いきなり誰か来るわけがない。


「は、はじめまして」


スマホに向かって小さく手を振る。


「霧島新語(きりしま しんご)と言います。今日から……ダンジョン配信、やってみようと思います」


……。


…………。


無反応。


当たり前だけど、ちょっと寂しい。


「急に会社クビになっちゃって。時間だけはあるんで……まあ、テストプレイ感覚で、のんびりやろうかなって」


自分で言ってて思う。


テストプレイて。


職業病すぎるだろ。


「えーと、ここが浅草ダンジョンです。初心者向けらしいので、たぶん安全……たぶん」


誰も聞いてないのに解説している自分が、ちょっと面白くなってきた。


「まあいいや。行きます」


俺はスマホを胸ポケットに固定し、代わりにリュックからヘッドライトを取り出した。

カチリ、とスイッチを押す。


白いLED光が、一直線に闇を切り裂く。


「……お、思ったより明るいな」


両手が空くって、こんなに安心感あるのか。


金属バットを握り直す。


よし。


探索モードだ。


ヘッドライトの光を頼りに、俺は暗闇へ足を踏み入れた。


温度が一気に下がった。


ひんやりと湿った空気。


外の喧騒が、すっと消える。


石と土の匂い。


足音がやけに響く。


「……おお」


思わず声が漏れた。


これだ。


この非日常感。


ちょっとワクワクしている自分がいる。


数メートル進んだところで、ふと足が止まった。


通路の端。


骨で組まれた、不気味な像が立っている。


人とも獣ともつかない、歪んだトーテム。


「うわ……趣味悪」


浅草ダンジョン、初心者向けのくせに演出はガチだな。


……いや。


待て。


俺は無意識に近づいていた。


この配置。


入口から数メートル。


視線が自然と吸われる位置。


プレイヤーが必ず見る場所。


「……これ」


職業病が、むくりと顔を出す。


「俺がマップ担当だったら」


この像を“おとり”にして――


その逆側に、隠し通路のギミック置くな。


だって絶対、みんなトーテム調べたくなるから。


プレイヤーの心理の逆をいく。


「……まさかな」


苦笑しつつ、像とは逆の壁を探ってみる。


「……まさかな」


苦笑しつつ、像の裏に手を回す。


ゴツゴツした石壁。


……その中に。


指先に、わずかな“違和感”。


出っ張り?


スイッチみたいな感触。


「え」


軽く押してみる。


――カチリ。


乾いた機械音。


次の瞬間。


ゴゴゴ……と、低い音を立てて。


壁の一部が、横にスライドした。


暗闇が、口を開ける。


「……は?」


俺はしばらく固まった。


いやいやいや。


え、マジで?


浅草ダンジョンだよなここ。


観光地だよな?


「……いやいやいや」


心臓が早鐘を打つ。


スマホを見る。


同時視聴者数:1


いつの間にか、増えていた。


「……え、マジ?」


誰か、見てる?


そして目の前には――


今まで何千人、何万人が素通りしてきたかもしれない。


誰も知らない、黒い通路。


「……テストプレイ、いきなり裏ルート引いたんだけど」


思わず、笑った。


怖いのに。


めちゃくちゃワクワクしている。


「……行くか」


俺は金属バットを握り直し、


ゆっくりと、その未知の通路へ足を踏み入れた。


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