第17話 女性神官の証言

更新遅れて申し訳ありません。

納得いかずに何度も書き直しておりました。

引き続き毎日更新に戻ります。


――――――――――――――――――――――――


「うーん……。やっぱり……」


 こっそり中庭に戻ってきたセラはを確認し終えると、腕を組んだ。

 どうやら、思い付きは正しい。ただ、ハッキリそうだと言える確証はまだない。というか、確かにこれを裏付ける決定的な物証を見つけることは不可能だろう。その点においては、ティルネアやイングヴァルの言葉通りだ。


「しかし、気づく時はあっさりか」


 セラの肩の上で、シェルダスが退屈そうにつぶやいた。だが、セラは不服とばかりに頬を膨らませる。


「あなたのいじわるが無ければ、もっと早く気づいていました!」

「それはどうかな。大して変わらなかったのではないか?」

「……そうかもしれません!」


 だが、何にせよシェルダスは嘘をついていない。契約違反をしていない。邪神との契約は、そういった裏を掻く行為も織り込み済みだったはずだ。なので、気づけなかったのはセラの落ち度である。


 シェルダスの目的は最初から退屈しのぎだったわけで、まぁ、セラの謎解きゲームを楽しむために捜査を攪乱することは十分考えられた。この件については、もうあまり気にしても仕方がないだろう。


「ふーむ……」


 セラはしばらく思案を続ける。


「おい、黙っていてはわからんぞ。オレの愉しみを奪うな。思考の過程を口に出せ」


 シェルダスの言い分もだいぶ勝手ではあるが。とは言え、セラとしても彼の愉しみを奪うことは本意ではない。ちょっと顔をしかめるくらいで勘弁してやることにして、今の考えを喋ることにした。


「私は今回の事件、不可解な出来事が多すぎると思っていました」

「だろうな」

「しかし、神の御業がそこに関与しているのなら、その不可解な出来事のほとんどに筋を通せる真実があるはずだとも考えていました」


 どんな奇跡であれば、この不可解な事件に説明がつくか。


 セラが挑んでいた問いとは、すなわちそれだった。


「私が思い浮かべている答えは、実際多くの不可解な謎を解決するものです。なので、今私が考えているのは、まだ残されている謎についてです」

「なるほど」

「そのいくつかは、すぐに解決すると思います。本人を見つけて、直接答えを聞けば良いものも多いですから」


 ただ、とセラは考え込む。


「ただ、まだ明らかになっていない謎もあります」

「ふむ。どんなだ?」

「ハーヴェンがなぜ神罰刑に処されたのか……。目下のところ、それが一番大きな謎ですね」

「こいつマジか」


 真剣なセラの横顔を見て、シェルダスは呆れたようにつぶやいた。


「邪神はわかってるんですか?」

「確証はないが――おそらくこうだろうという答えは持っているぞ」

「なるほど。うーむ……教えてもらえたりは?」

「……自分で考えたらどうだ?」


 いつものように『知りたければ信徒になれ』とは言われなかった。

 どういうつもりなのかは知らないが、どのみちセラはシェルダスの信徒になるつもりはないし、そうである以上自分で考えるのだから同じことだが。


 まぁ良い。


 おそらく、今回の事件がどのように行われたのかを解き明かしても、話は解決しない。ティルネアもイングヴァルが事件を隠蔽しようとしたのは、『どうしようもないから』だと言っていた。

 一体何がどうしようもないのか。本当にどうしようもないのか。

 何が女神を苦しめているのかを知るには、事件の全容を掴む必要がある。


 事件の鍵は―――、


「やっぱり、ハーヴェンですかね」


 そう呟きながら、中庭から大聖堂の方へと視線をやる。


 明日が降臨祭本番。今日はティルネアが降臨の準備を始めるため、一般の参拝者は大聖堂に入れない。準備が本格化するのは午後からのはず。明日までは、神殿付きの神官戦士が交代で正面の入口に立つ。

 ただ、勇者を女神に会わせないようにという神託があった。ハーヴェンを大聖堂に近づけないようにするため、見張りの神官戦士は増えることになるだろう。


 セラは、念のため大聖堂周辺も軽く確認してから、居住区画の方へと向かった。

 目指すはハーヴェンの部屋だ。






「あ、聖女様……」

「おはようございます、聖女様!」


 ハーヴェンの部屋の前。セラはそこで、二人の女性神官が話しているところに遭遇した。ひとりは黒髪に黒縁メガネの人間ミッドレイス、もうひとりは金髪にそばかすが特徴的なエルフ。

 神殿書記のフィーナと、祭儀神官のヘルガだ。


「おはようございます。フィーナ、ヘルガ」


 セラは二人に挨拶を返してから、横から扉を覗き込む。


「ハーヴェンに会いに来たんですけど……」

「あの、実は勇者様は、先ほどお出になられて……」

「えー。ひょっとして行き違いですか?」

「はい、あの。大神祇官様に呼ばれたとか……」


 ヘルガが前髪をいじりながら、小さな声でそう語った。


 居住区画の掃除係や洗濯係は、住み込みの神官が交代で担当する。今日はこの二人が掃除係であったらしく、ハーヴェンの部屋掃除に来たところ、ちょうど彼が部屋を出て行くところだったということだ。


「先を越されたな」


 目の前の2人には聞こえないくらいの小さな声で、シェルダスが言う。

 昨日からずっとハーヴェンはイングヴァルに呼ばれっぱなしだ。おそらく、大したことのない雑用を押し付けて、セラとまともに会話させないつもりなのだ。

 セラがハーヴェンと話せば、クリティカルな事実に気づく。イングヴァルもそれはわかっているのだろう。いつまでもハーヴェンを引き離しておけるわけではないが、少なくとも降臨祭の終了までは引っ張るつもりなのかもしれない。


「聖女様、実は勇者様からお預かりしてるものがあるんです」


 フィーナがそう言って差し出してくるのは、人型の水瓶――検査をするよう書き置きを残しておいた、霊体模型だった。セラの霊体模型と同じく薄い水色に輝いており、光の粒子で満たされている。

 どうやら、きちんと済ませてくれていたらしい。


「おお、ありがとうございます」


 霊体模型の反応は、セラが考えていた通りのものではある。詳しい分析は、あとでアルヴィン司書長にもしてもらうとして。


「勇者様、気にされてましたよ。聖女様は一人で捜査してるけど大丈夫かなって」

「ハーヴェンも心配しいですからね! しかし問題ありません。私は既に、真相に近づきつつありますよ!」


 フィーナの言葉に、ふふんと胸を張るセラ。すると、ヘルガがおずおずと尋ねる。


「そ、それはあの……勇者様が一度お亡くなりになっているという……?」

「そうです!」

「やっぱり、あれ本当だったんですか? あの、失礼ですが、聖女様の見間違えとかではなく……?」


 フィーナも驚いた様子だ。

 まぁ、神殿内の人間はセラの『ハーヴェンが死んだ』という話に対してはずっと半信半疑だった。おそらく、イングヴァルが事前に言い含めておいたところもあるのだろう。『セラは何かのショックを受けていて混乱しているかもしれない』とかなんとか。


「本当だったっぽいです! なので、ハーヴェンの心配も全部空振りです!」

「あ、いえ。勇者様が心配されていたのは、その、聖女様がボロを出さないかどうかだったみたいで……」

「……………なるほど」

「バレたらまずいことでもされたのかなって、それが気になってさっきからフィーナと話してたんです……」


 そのバレたらまずいことは、今絶賛セラの肩に乗ったままである。


 さっきイングヴァルにはスルーされたが、さすがにあえて見ないフリをしたのだろう。いざ追及すればセラは正直に答えざるを得ず、正直に答えればイングヴァルはセラに処分を下さないわけにはいかなくなり、そうなれば明日の降臨祭は、勇者と聖女が欠席した状態で行われることになる。

 神剣奉還の儀は、邪神封印が成功したという内外へのアピールも兼ねたものだ。そこに当事者ふたりがいないというのも、神殿的には問題だと思ったのかもしれない。どのみち、封印した邪神を解放しちゃったことについてのお咎めは、降臨祭の後になるだろう。


「ま、まぁ大丈夫ですよ。今のところ――バレてません」

「辻馬車の御者には思いっきり漏らしていたがな……」


 またセラにしか聞こえない声で、カラスがぼそっと言った。


「それって、悪いことしてるってことじゃないですかぁ!」


 ヘルガが泣きそうな顔になっている。


「ま、まさか……勇者様を手にかけたのは、せ、せ、せ、聖女様なんじゃ……!」

「違いますよ! なんで私がハーヴェンを殺さないといけないんですか!」


 確かに、女性に背後から刺されそうな人生を送っているハーヴェンではあるが。

 というかそれで言ったら、昨日ハーヴェンはフィーナを食事に、ヘルガを買い物に誘っていた。神罰刑に処されるほどではないにせよ、罪深い男である。


「確かにハーヴェンには思うところはあります。みだりに女性に声をかけたりせず、きちんと一人の相手に絞って誠意あるお付き合いをするよう心掛けてもらうべきとは思っていますよ。しかしそれは、彼を殺害する動機には―――なんです?」


 セラは人差し指を立ててくどくどと語り始めかけ、そして止めた。

 フィーナとヘルガの、不思議そうな視線に気がついたからだ。


「あ、あの……聖女様。勇者様は多分、その、もう心に決めた方がいらっしゃると思いますけど……」


 フィーナがそう切り出し、ヘルガも無言でこくこくと頷いている。

 一拍置いた後、かしこい聖女セラフィリアは目を丸くした。


「え!?!?!?」


 ハーヴェンに、意中の相手がいる!?


 あの女性と見ればすぐに声をかけてしまうような、万年ふらふら男に!?


「い、いやいや、だとしたらなおさら問題ですよ! だだだ、だって昨日、あいつは逢引きに誘っていたじゃないですか! フィーナも! ヘルガも!」

「あ、違います違います。確かにお食事に誘われましたけど、あれはお相手がどんなものを好まれるかとか、どんな言葉をかければ良いかとか、そういうご相談でして……」

「神殿書記にですかぁ!?」

「神殿書記だから、だと思いますけど……」


 フィーナは緩やかに微笑みながら、困ったような表情を浮かべていた。


「あの、私も……買い物は、プレゼントを一緒に見て欲しいと言われて……」

「祭儀神官にですかぁ!?」

「祭儀神官だからだと、思います……」


 どうやらフィーナにもヘルガにも、ハーヴェンの想い人が誰なのか、わかっているようだった。いや、相談されたのだから当然か!

 しかし、あえて神殿書記や祭儀神官に相談するような内容だろうか?


 神殿書記は、神殿で起きた出来事を記録に残し、その記録を管理する役割を持っている。過去の神託や、降臨祭での神の言葉などもすべて書き記し、この神殿でそれまで女神がどのように振る舞ってきたのかについて、非常に詳しい。


 祭儀神官は、神殿で祀られている祭具を始めとした、様々な物品に詳しい。神がどのような品やモチーフを好み、どのような装飾を好むかなどの視点から、降臨祭の準備などでも音頭を取る。


 つまり、ここから導き出される答え。

 ハーヴェンの想い人とは。想い人とはつまり……、


「「ティルネア様です」」


 セラフィリア・ティルネルは腰を抜かした。

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