往々にして、いじめの被害者と加害者の見ている世界と覚えているものというのには、歴然たる差があります。
加害者はエンタメやストレス発散ツールの内の一つでしかなく、一過性の感情のままにそれを消費するので、記憶として残りづらい。
そして、コミュニケーションツールとしての側面も持つため、当事者意識が薄くなりがちです。
一方で、被害者は理不尽や苦痛として痛烈なストレスとして体が認識してしまうため、防衛本能が働き記憶に深く刻まれてしまう。
そして、被害を一手に引き受け孤立してしまうため、当事者としての意識が非常に高まります。
結果、加害者はすぐに別のものへと気持ちが切り替わりやすいのに対し、被害者はいつまでもいじめ被害を根に持つこととなります。
つまり、被害者意識というものは、視点を過去の一点に縛り付け、視野を狭めてしまいます。
なのできっと、被害者意識が強く出ている人は、目の前に何か面白いものがあったとしても、それに大した関心を抱くこともなく、記憶にも残らないことでしょう。
本作は、そんな「被害者意識」による当事者性の違い、認識の不一致を巧みに描いた作品です。
是非最後までお読みください。