片目の微笑み
あれから六日の月日が流れた。
森へ分け入っては素材を狩り、市場へ足を運んでは代用品を漁る日々。正直、この一週間は異世界生活というより、ただのモンハン生活だったのではないかと思うほどだ。
だが、その泥臭い奔走の甲斐あって、俺の知るパスタの味は六種類まで完成を見た。
六種類もあれば、そう簡単には飽きられないはずだ。定番のトマトベースから、あの至高のカルボナーラまで、リーズさんとロリスが協力してこの世界の味として見事に着地させてくれた。
リーズさんと交わした約束の期限は一週間。つまり、開店まではあと一日残されている。
もちろん、これも計算の内だ。最後の一日――今日という日は、この店に「人を呼び込む」ための、最も重要な宣伝日に充てるつもりでいた。
―
「ほ、本当にこの格好で行くの……? やっぱり、よくないんじゃないかしら」
「なーにを今更言ってるんだ」
「だって……これ、あんまりじゃない?」
「それはお前が自分で決めた制服だろ。自信を持て」
「これは最初だけって約束よ!」
「そんなことは一言も言ってない!」
朝から、防御力など皆無に等しい
だが、隣を歩く俺まで、周囲から「あんな恰好をさせている男」として、特殊な趣味の持ち主だと思われないだろうか。一抹の不安が頭をよぎる。
若干の抵抗はあったが、宣伝用のビラを50枚ずつ分担し、俺たちは意を決して表へ飛び出した。
「お出かけですか。いってらっしゃいませ」
「ああ、いつも世話になってるな。そうだ、あんたも暇があったらここにパスタを食べに来てくれよ」
宿の主人に、記念すべき1枚目のビラを手渡す。
「パスタ……ですか? 食べたことはありませんが、気になりますね。ぜひ行かせていただきたいと思います」
「おう、明日待ってるぜ」
案外、あっさりと受け取ってもらえた。幸先の良いスタートに、俺は「これなら街中でも無双できるんじゃないか」と、淡い期待を抱きながら大通りへと繰り出したのだが。
―
「……ぜんっぜん、受け取ってくれないわね」
「……ぜんっぜん、受け取ってくれないな」
現実は非情だった。
30分ほど経過したが、人波は俺たちを避けるように流れていく。
「あんたがこういう格好をすればいいって言うからしたのに、意味ないじゃない!」
「俺のせいにするなよ! 多分、場所が悪いんだ、場所が!」
驚くほど見向きもされない現実に、2人のストレスは既に限界に達していた。都会でビラ配りを生業にしている人々は、一体どれほどの強靭なメンタルを持っているというのか。
だが、薄々原因には気づいている。……俺だ。
デイイムでも似たようなことがあった。売り方や状況は違えど、どうやら俺が隣にいると、ミウの「集客力」を相殺してしまうらしい。
「……よし、ここからは二手に分かれて宣伝するぞ。俺はここから西を攻める。お前は逆の方向でやっておけ。じゃあな!」
「えっ、ちょっと待ちなさいよ!」
呼び止める声を背に、俺は走り出した。
なぜ離れるのかという残酷な理由を説明するのも忍びない。だが、なりふり構っていられない。何はともあれ、明日客が来てくれればそれでいいのだ。
―
あれから、永遠にも思える1時間が経過した。
「……残り、32枚か」
自分の足の疲れと引き換えに残った手元の束を数え、俺は重い溜息をついた。
最初のリ1枚は宿の主人。つまり、この1時間、街中で必死に愛想を振りまいて配れたのは、わずか17枚。それが、25歳の男がプライドを捨てて叩き出した限界だった。
喉はカラカラだし、足も棒のようだ。ひとまずミウと合流して、一旦昼飯にするとしよう。ここ最近、試作だ何だとパスタばかり食べていたせいで、そろそろ別の味が恋しい。
他のメニューはどうしようか。そんなことを考えながら、俺はトボトボと待ち合わせ場所へと足を向けた。
〜
「ここからは二手に分かれて宣伝するぞ。俺はここから西で宣伝するから、お前は逆の場所でやっておけよー!」
「ちょ、ちょっと! なんで急に……1人にしないでよー!」
私の呼び止めも虚しく、あいつは1人で走り去っていった。
向かった先は、この前行ったスラムの方だ。……口ではあんなこと言っているけれど、少し心配ね。
「あ、あのぉ……。さっきの人は、彼氏さんですか……?」
「うわっ!? ……え? 彼氏?」
突然、見知らぬ男に失礼な質問を投げかけられた。
「いやいやいや、そんなんじゃないから! 全然! 彼氏なんていません!」
必死に否定する。急にそんなこと聞かないでほしい。心臓に悪いわ。
「あ、そうだわ」
動揺を誤魔化すように、私は手に持っていた紙を男に差し出した。
「明日から『ジェリーズトム』っていうお店で、凄く美味しい新商品が出るんですけど」
「へー、そうなんだ。……そんなことより、き、君、うちの仲間になってくれないかな?」
「は……?」
「君は何もしなくていいんだ。うちには剣士と魔術師と道具師、それに僧侶もいるんだ。あ、ちなみに僕は道具師ね。そう、だから君は何もしなくていいからさ。僕の仲間に入ってくれよ!」
ひぃ――っ! キモすぎ!
なんで聞いてもいないのに自分のことを語り出すわけ? しかも仲間になりたいなんて一言も言っていないし!
でも、私は私の役割を果たさなきゃいけない。サトウもロリスもあんなに頑張っているのに、私だけ何もしないわけにはいかないもの。
今、この男が私に言い寄ってきている理由……それは、私が可愛いからに決まっているわ! なら、それを活かすしかない。
本当はこんな汚い使い方はしたくなかったけれど、背に腹は代えられない。
私だって、珍しく新しい魔法を覚えたんだから!
「明日このお店に行ってくれたら、私の絵がついてくるんですけど……それでもダメですか?」
「なっ……! い、いや、でも所詮は絵だろう? やっぱり実物がいてくれないと……」
「じゃあ今、あなたにだけ特別に、1枚差し上げましょうか?」
「しょ、しょうがないなー……。でも、これで明日行くとは限らな……」
パシャッ。
目の前にいる男の腕に抱きつき、片目でウインクを飛ばす。それから満面の笑みで、空中に放り投げた虫眼鏡に向けて笑ってみせた。
ぎこちなかったかしら? 上手く笑えていたかしら?
とっさの思いつきにしては、上手くいったかもしれない。感想を聞こうと男の方を向いた瞬間。
「今の何!? もっかい! もう1回やって!!」
男が鼻息を荒くして身を乗り出してきた。
「えー、ダメですよ。これは本来、明日来てくれるお客さんにしかやらないんだから」
私は人差し指を口元に当てて、少しだけ声を潜めた。
「でも……これは、あなただけに特別ですよ?」
ちょっとあざとすぎたかしら?
まあ、このお客さんは盛り上がっているみたいだし、いいわよね。
ほどなくして、虫眼鏡が浮いていた場所の真下にあった宣伝用紙の裏に、眩い光が吸い込まれていく。
そこには、とびっきり可愛い私の姿と、驚いた顔をした男の様子が写し出されていた。その像は光が消えた後も、紙の裏側に克明に残り続けた。
「な、なんだこの魔法は!?」
「『光画魔法』っていうの」
「は、初めて見た……。こ、これは明日もやってくれるのか?」
「それは、明日来てからのお楽しみです」
「み、みんなで行くから待っててね!」
久しぶりに走ったのか、わずか10秒で息切れしつつも、男は必死の形相で走り去っていった。
案外、私って機転が利くのね。
はぁ。本当は綺麗な景色とか、可愛い動物をいつでも思い出せるようにって覚えた魔法なんだけどな。
慣れない営業スマイルをしたせいか、どっと疲れが押し寄せてきた。少し休もうとした途端、視界の端にさっきの男と似たような目をした集団が溢れていることに気づく。
……頑張れ、私!
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