第29話 四天王ヴェルナ
いや、と俺はかぶりを振った。
水蒸気が晴れると、まったくダメージがないように黒鉄の騎士は立っていた。鎧にも傷一つない。
「ムダムダ」
若い女の声が降ってきた。俺たちはハッとして、上を見上げる。妖艶な妙齢の美女が満月をバックに、せせら笑っていた。
褐色肌に、銀髪。尖った耳。ダークエルフだ。
「アイツは……魔王軍のヴェルナだ……!」
ジークが掠れた声で言った。
「どこかで見た顔だな、人間」
ダークエルフのヴェルナがジークを見下ろした。
「あぁ、確かジーク……勇者だったか。最近は活躍した話を聞かなくなったが」
「そ、そうですハイ! もう実質、引退? みたいな? だから魔王軍と敵対するつもりは……!」
イゾルデとグレイスも懇願する。
「私たちはウニ採りに来ただけよ! 戦うつもりはないわ!」
「えぇ。このウニを差し上げますので」
グレイスが俺たちのウニの入ったカゴを指差した。
彼女は続ける。
「貴方もウニ目当てですよね?」
「うん、まぁ。そうだよ」
魔王軍の四天王もウニを食べるのか。俺はそんなことを思いながら、ヴェルナと黒鉄の騎士を分析した。
ヴェルナはかなりの魔法の使い手だろう。チクチクと刺すような魔力が伝わってくる。
そして、黒鉄の騎士。コイツは手強い。かなり成長したはずのシャルがああも簡単に吹き飛ばされるとは。
俺も少しの手合わせでその実力は痛感していた。
「あたしたちは黄金ウニをつまみに、浜辺で素敵な恋のお話に花を咲かせようと思ってきたんだよね。ねぇ、ダーリン!」
ヴェルナがふわりと黒騎士の横に降り、身を擦り寄せた。
「……」
黒騎士が迷惑そうに一瞬引いたのを俺は見逃さなかった。
「四天王の上司と部下で熱愛か」
どういった関係性か見極めるために、俺はカマをかけた。
ヴェルナがうっそりと微笑む。
「ふふっ、そんなとこかな」
「あんな褐色肌のお姉さんと恋を語らうなんて……なんて羨ましいんだ!」
ジークが血涙を流した。コイツはいつもこうだ。ある意味、傑物かもしれない。
「おい、ジークよ」
俺は声を潜めた。
「あの黒騎士は魔王軍繋がりらしい。野良の賞金首かと思ったが……とんだ思い違いだ。しかも、実力は……分かるよな?」
ジークが一瞬、ほんの一瞬だけ真面目だった頃の真剣な表情に戻った。
「あぁ。あの黒騎士の強さは、四天王と同等かそれ以上だ。ハッキリ言って、僕たちが弱体化してなくても、アイツら二人を相手にするのは難しいね」
「だよな」
イゾルデとグレイスが喚いた。
「とにかく、あたしはジャンクなポテチとかドーナツが食べられればそれでいいの! 黄金ウニはあげるわ!」
「私も魔王軍がどうだとか王国軍がどうだとかどうでもいいです! 酒とタバコがあればあとは魔族が勝とうが人間が勝とうが! 自分さえ良ければいいので! ほら、私たちのウニあげますよ」
グレイスが俺たちが必死になって集めたウニを勝手に渡そうとする。
「おい、それ俺たちのウニだぞ!」
「先生、コイツ斬ってもいい?」
シャルが光のない暗い目でグレイスを睨み据えた。
グレイスは素知らぬ顔でタバコに火を点ける。
「えぇい、どいつもこいつも俺たちのウニをなんだと思ってやがる! そんなに欲しいのなら、食らいやがれ!」
俺は破れかぶれで、貴重な黄金ウニを握りしめ、ヴェルナに投げた。
ヴェルナは慌てて捕るも、手に棘が刺さったようだ。
「いたたっ、なんてことするんだよ!」
ヴェルナは涙目で言った。すぐさま、ナイフで身を取り出し、黄金ウニをすすった。
「うめぇ!! なにこれウメェ!」
ヴェルナは目を丸くした。エルフといい、ダークエルフといい、食い意地が張っていて少し頭が弱そうなヤツばかりだ。種族特性なのだろうか。
彼女は黄金ウニに満足すると、「ダーリン」と呼びかけた。
「ダーリンならこの程度のヤツら余裕でしょ。あたし、岬で待ってるから。お酒を用意しておくね。そうね、海辺で飲むんだから……ラム酒がいいかな。黄金ウニに合う、ゴールドラム」
ヴェルナは身の丈ほどもある杖に腰掛け、浮かび上がった。闇を滑るように飛んでいった。
しめた。あの四天王も厄介この上なかった。黒騎士一人なら、なんとかなるかもしれない。ウニを投げてみるものである。
「先生、リーナ! 行くよ!」
「おう!」俺はシャルに応えた。
「は、はい!」
リーナも怖がりながらも、弓を構えた。
冗談じゃない、とジークたちは喚いた。
「僕たちは逃げるよ! 魔王軍となんて関わりたくない!」
「えぇ! あたしはジャンクフードが食べられる世界なら魔族が勝利しても人間が勝利してもいいわ!」
「まったく、私たちを魔族との戦いに関わらせて。カァー、ペッ」
グレイスが血のタンを吐き、俺たちのカゴからウニをいくつかヒョイヒョイっと盗んだ。黄金ウニも一つ盗まれた。
「これは迷惑料です。このウニは美味しくいただきます。むしろ、この程度で済んで感謝してください」
ジークたちは我先にと海辺から逃げていった。みぁいい。ヤツらは戦力として最初から見ていない。むしろ、士気が下がってしまう。
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