第26話 「悪いが……タバコは嫌いなんだ」

「ジーク。お前ら、その……」


 俺はジークたちを見た。気まずそうに顔を逸らす。


 ジークは歪んだ笑みを浮かべた。


「チハル……僕たちを情けないと思ってるんだろう」


「いや……」


「君の言う通りだった。僕は筋トレをやめたら弱体化し、鎧にも重さを感じるようになった。イゾルデはジャンクなモノばかりを食べ、体型が崩れて魔力放出が下手になった。そして、グレイスは……」


 グレイスは咳込み、ハンカチを口に当てた。そのハンカチの白さに赤い斑点が混じる。血だ。


「咳に血が混じるようになった」


 ジークは大きく肩をすくめた。


 そして、俺の背後にいるシャルとリーナを見た。


「なんて……なんて美しいんだ……」


 ジークは老人のように震えながら、手を伸ばした。


 シャルとリーナが慌てて俺の影に隠れる。二人とも小柄なので、俺の背中にしっかりと姿を隠せた。


 ジークはイゾルデとグレイスを一瞥したあと、俺にすがった。


「なぁ、チハル。僕たちは子供の頃からの仲だろう?」


 ジークの整った顔はすっかりやつれ、枯れ木を思わせた。


「どうか……僕をパーティに迎えてくれないか」


 イゾルデとグレイスも期待を込めて俺を見つめる。二人もパーティに入りたいらしい。


 グレイスがまた咳をした。咳込みながら、俺の手を取る。ぷんとタバコのニオイがした。


「チハルさん……いえ、チハル様」


 艶めかしい笑みをたたえ、俺の手を指でなぞった。


 俺の背中にいるシャルから殺気が漏れたのを感じ、俺はゾクリとした。


「私だけでもパーティに入れてください。……前々から、ただイケメンなだけで頼りないジーク様についていくのは気が進まなかったのです」


「マスター」リーナが俺の腕を握った。


「ちょっと可哀想です。この人にデブとバカにされたのは許せませんが……」


 意外なことに、リーナより温和で思いやりのあるシャルが猛反発した。


「先生。こんな人たちのこと、先生が心配することないよ」


 シャルが俺の袖をギュッと握った。俺がシャルに視線を落とすと、彼女の顔は曇っていた。目からは光も消えていた。こうなったシャルは怖い。


「自業自得なんだから。先生のことを斬って追放までしたのに……」


「虫がいいのは分かってる」ジークが歯を食いしばり、頭を下げた。


「頼む! 僕たちにもう一回だけチャンスをくれないか!」


 俺は逡巡したが、意思は決まっていた。


 前のパーティより、今の仲間を大事にしなくては。


「悪いが……タバコは嫌いなんだ」


 俺は優しくグレイスの手を振り払った。


 グレイスは怒りのあまり顔を土気色に変え、盛大にツバを吐いた。血が混じっていた。


「ふん、そうですか。チビガリとポッチャリエルフと筋肉バカのクセに」


「おい、俺とシャルのことは悪く言うな」


「マスター!? リーナは!?」


 リーナが横で俺の肩を揺すった。


 俺は無視して続けた。


「お前らに恨みはない。出来れば、助けになりたいとさえ思ってる。だが、俺の一存でどうこう決められないさ。今は新しいパーティにいるんだ」


「くっ……」


 ジークは怒りと悲しさを顔に滲ませ、小さなスコップを握りしめた。


「ほら、早く潮干狩りしなよ。食べ物にも困ってるんでしょう?」


 シャルが冷淡に言い放った。


 グレイスが毒づく。


「野郎……! 私は聖女ですよ」


 ブワッと魔力が波打ち、波紋状に広がった。


 ジークたちは弱体化していたが、比較的、グレイスは実力を落としていないようだ。


 シャルが瞬きもせず、背中の長剣に手をかけた。


「おいおい」俺は思わず止めた。


「先生。止めないで」


 シャルが無表情で言った。怖い。


「こんな人たちのことを思いやる必要ないよ。……今はわたしたちのパーティを考えて」


「考えてるからだ」


 俺は続けた。


「考えてるから言ってるんだ。ジークたちは以前ほどの力はない。だが、腐っても魔王討伐パーティ最有力。特にグレイスはまだ力がそれほど落ちてない」


 肺はだいぶ酷使されてるようだが。


「やりあったら、勝てたとしてもこっちも無事ではすまないぞ」


 これは本音だ。


 シャルは強くなった。それでも、手傷は負うだろう。それに、俺はシャルに人を斬ってほしくなかった。


 冒険を楽しみ、普通の少女のように恋をして、血なまぐさいことと無縁でいてほしかった。


 シャル、と俺は穏やかに呼びかけた。


「人を斬るといつか人に斬られる。俺はシャルにそうなってほしくないんだ」


 俺は剣にかかっている、シャルの小さな手を握った。


 固く握れられた手から、力が抜けていく。


「先生……」


「それでも斬らなくちゃいけない時もいつかあるかもしれない。だが、今はその時じゃないだろ?」


 シャルは剣から手を離し、俯いた。


 グレイスも魔力を引っ込め、またツバを吐きかけた。


「ふん、ションベン臭いチビガリがイキるんじゃねぇです」


 グレイスは「あーあ」とまたタバコをくわえた。


「以前はステーキを連日食べられたのに、今日も貧乏飯。もうイヤになりますね」


 ジークたちは情けなさからか、無言で俺たちに背を向けると、潮干狩りのポイントを求めて去っていった。


「興が削がれたかもしれないが……二人とも、クエスト開始は日没だ。まだ時間がある。遊ぶといい」


「はい質問! 先生は何するの?」


 シャルは元気よく片手を上げた。少しは肉がついたが、うっすらと肋骨が透けて見えた。


「俺か? 俺は情報収集だ。なんでも、高値で取り引きされる、極上の黄金ウニがとれるのはこの浜辺らしいんだが……細かいポイントまでは知らなくてね」


「むぅ」


 シャルがリーナのように頬を膨らませた。


「先生、そういうのもいいけどさ。せっかく、海に来たんだから楽しもうよ!」


「だが……」


 シャルが俺の手を引く。その双眸は青を反射し、海よりもキラキラ輝いていた。


 俺は思わず見入ってしまった。そして、顔がほころぶのを感じた。


「……仕方ないな」


 俺も服を脱ぎ捨て、海パン姿になった。


「いい歳して海パン姿も恥ずかしいが、遊ぶか」


「いや、もっと布が少ないビルダーパンツで、しょっちゅうその辺を歩いてるでしょ」


 リーナがもっともなことを言った。


 シャルがモジモジと顔を赤らめた。


「先生の水着姿……」


「いや、普段からビルダーパンツ姿じゃないですか」


 またリーナが呆れたように言った。


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