第20話 すき焼き
シャルはぷいっと顔を逸らした。
「とにかく、いくら先生の作ったご飯でも、生卵なんてだけは……」
「そうか」
俺は肩を落とした。
「気に入ると思ったんだが……」
「う……」
シャルの瞳が揺れた。
「成長期のシャルの為に、お肉もお野菜もいっぱい入れて、卵で栄養満点のつもりだったんだが……」
「うぅ……先生……」
シャルは観念したように哀れっぽい声を上げた。
「一口だけ! 一口だけだからね!」
シャルは生卵に肉とフカネギを絡めた。黄色いベールが肉に絡まる。
シャルは目を瞑り、口に放り込んだ。何度か咀嚼し、その顔に、笑顔が弾けた。
「――こ、これ美味しい!」
「だろ?」
俺は吠えるように笑った。
リーナも溶き卵に具材をつけて、喜んで食べている。
「熱ッ……ハフッ……美味しいです。美味しいですぅ。冒険者になって良かったぁ」
リーナは半泣きだった。
俺はさすがに呆れた。
「いや泣くなよ……すき焼きなら、たまにこれからも食わせてやるからさ」
「一生ついていきます! マスター!」
俺は桃鉄でボンビーがついた気分になった。横でシャルも同意した。
「うん、わたしも一生ついていくね!」
「シャルはボンビーどころか福の神な感じがするなぁ」
「え?」
「こっちの話だ」
俺もすき焼きを勢いよく食べる。美味い。たまには牛肉を食べてスタミナをつけたいところだ。
「明日は山賊退治のクエストがいいかなと思ってる。対人戦は二回目だが……」
「マスターはゴブリンを人扱いするのですね」
「だって緑なだけで人型だし知能はあるし……」
「まぁ確かにそうですが」
リーナはマスター、とジト目で俺に言った。
「そろそろ、デカい獲物を狩りたいと思いませんか? リーナは色んな弓スキルを覚えたし、魔法も使えます。シャルは相変わらず、見た目に似合わない強さを誇っていますし」
「何が言いたいのだ? ポッチャリーナ」
「ポッチャリ言うなです!」
ちゃぶ台の下で、リーナが足を蹴ってきた。
「リーナは知っています。ギルドでは上のランクのクエストは受けられません。高額報酬はリーナたちブロンズランクには受けられないのですが……例外的に、お尋ね者やお尋ねモンスターの賞金は誰でもゲット出来るのです!」
「うむ」
「闇夜を行く謎の男、黒鉄の騎士! 隻眼の暴れ火竜! 巨大怪鳥ロック鳥!」
「あ、隻眼の暴れ火竜なら、ジークたちがこの前狩ったらしいぞ」
「あ、そうでした」
「それに火竜とだなんて……わたし、一生戦えないよ……」
シャルが不安そうに言った。
俺はシャルは強さに対して自信が少し足りないなと思った。謙虚は美徳だが、自信も大切だ。
「まぁ、この一ヶ月間のトレーニングで火竜と戦える能力にはなっただろう。だが、経験はまだ足りないからな」
そうだ。慎重に行こう。思わぬところで足をすくわれる可能性がある。焦る必要はない。
「シャル、明日は装備を買いに行こう。リーナも、筋力がついてきたなら強力な弓を扱えるはずだぞ」
俺はすき焼きを平らげ、ウイスキーを何口か呷るると、床に寝転がった。腹がカッと熱くなるのを感じた。
「でもさ、先生……お金あるの?」
「心配するな! それにジークの野郎のパーティにいた時からの馴染みの店に行くから、多少は安くしてもらえるはずさ!」
*
翌日、俺は快調に目が覚めた。
窓の外はまだ薄暗く、家々は闇に溶け込んで、その輪郭を曖昧にしていた。
ベッドではリーナが腹を出して、静かな寝息を立てていた。太っているわけではないが、むにっとした腹だ。
「やれやれだぜ」
俺はリーナに毛布をかけた。
外からは微かに、「ブンッ! ブンッ!」という風を切る音が聞こえていた。
俺は宿の外へ出ると、音の主に挨拶した。
「おはよう! シャル。今日も精が出るな!」
「あ、先生」
シャルはうっすらと汗をかいていた。
ほっそりとした身体に似つかわしくない膂力で、古びてはいるが立派な剣を振るっていた。
「ほんと骨董品みたいだよな、その剣」
「えへえへ。おとっつぁんが古くから使っていた剣だからね。わたしは絶対、これしか使いたくないんだ」
「名工が作ったとか、何か特殊な力があるとかか?」
「んーん。普通の武器屋で買える性能の剣だよ。それなりに高いモノといえば、高いモノだけど」
「そうか。俺は剣を知らんからな! ましてや、振り方さえ知らん!」
「先生はトレーナーだもん! 武器は苦手なんでしょ。戦わなくていいよ!」
シャルは元気よく言った。
そう、俺は二人の前でほとんどまともに戦っていない。
シンプルに俺が戦いよりも仲間を育てる方に楽しみを見出すというのも大きいが、前のパーティみたいに前線に出過ぎると、頼りにされるのを通り越してアテにされる可能性もあるからだ。
(ジークたちには都合の良い歩く盾扱いされていたような気もするしな)
俺だって人にぞんざいに扱われたり、都合良く利用されるのは怖いのだ。
シャルはそんなことしないと思うが。
どちらにせよ、俺はトレーナー。主役ではない。シャルとリーナを育てるのが俺の役目だ。
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