第6話 妖精のマユ
翌朝、俺とシャルはスッキリと目覚めた。
シャルは筋肉痛が酷いと言っていたが、表情は快調そのものだった。
「不思議だね。あんなに追い込んだのに、ぐっすりと眠れたんだ」
「あぁ。睡眠の質が良くなったんだろう。筋トレの恩恵の一つだ」
筋肉を動かしてエネルギーを消費すると、脳内にアデノシンという物質が蓄積して、寝付きを良くする効果があるのだ。
「筋肉は少し痛いけど、頭はバッチリ回復したよ!」
「そりゃ良かった」
俺は微笑むと、ズボンを脱ぎ捨てた。あちこちほつれているし、上着を何も着ていない上半身裸だと恥ずかしいからだ。
シャルはまた顔を赤らめた。
「な、なんで脱ぐのかな!?」
「上だけ裸だと恥ずかしいだろ」
俺はビルダーパンツ姿になる。紳士の正装である。
俺は優しく言った。
「さ、ギルドに行こう。簡単な依頼なら受けさせてくれるだろ」
「わたし、先生のことがたまに分からないよ……」
俺は民草に指をさされながら、ギルドへ向かった。なんでみんな俺を見て怪訝な顔をするのか分からなかった。
季節は秋。さすがに肌寒いが、安静時でも体温の四割は筋肉で作られているという。俺の身体はいつだって筋肉さんたちで最高にホットなのである。
ギルドに着くと、ギルド受付のお姉さんが俺を見て、露骨にイヤな顔をした。
「チ、チハルさん……その格好は……?」
「昨日ジークに上着を破られたからな。ズボンもボロボロだったし。恥ずかしいから脱いだのだ」
「パンツ一丁の方が恥ずかしいでしょ!?」
「そんなことより、クエストを紹介してくれないか」
「ですが、いくら元勇者パーティのチハルさんでも……そもそも、ジーク様がプラチナのギルドランクを持っていたので、チハルさんは最初からのスタートなんですよ」
「というと、ブロンズランクか」
えぇ、と受付のお姉さんが頷いた。
「というか、まだランク自体持っていません。元勇者パーティでも、初級者に……一人で依頼を受けさせるわけには」
「あ、あのー」
俺の横で、小柄な少女が背伸びしたのを受付は認めたらしい。
ハッとして、俺を見る。
俺は口の端をつり上げた。
「パーティなら昨日組んだぜ!」
「し、しかし、ヘンタイ……じゃなくて、チハルさんと、まだ少女のようですが……二人で大丈夫なんですかね」
「大丈夫に決まってるだろうが! シャルは未来の勇者だぞ! それに、俺のトレーニングパートナーだ!」
「は、はぁ……見たところ、装備も最低限ですし」
「わ、わたしなら大丈夫……です」
シャルは革や鉄を組み合わせた軽装鎧の姿だった。胸やプレートで覆われているし、小手も着けている。
「まぁ大丈夫だろう」
俺は言った。
「俺なんてビルダーパンツ一丁だぞ。ジークのパーティにいたときも最初はそうだったし」
「よくよく考えてみればそうですね」
受付は納得し、俺にブロンズランクの小さなバッジと低ランクの依頼をくれた。俺の全身の筋肉たちが武者震いをした。
ここからがスタートなのだ。
俺はビルダーパンツにバッジを着けようとしたが、シャルが俺を見上げ、慌てて言った。
「でも先生、さすがに何か着たほうがいいと思う。せめて、マントでも……バッジを留め具にしたりしてるよ、みんな」
「ふむ。お前さんがそう言うなら」
俺はなけなしの金で青いマントを買った。店主が「アンタ、追い剥ぎにでもあったのかい?」と勝手に同情してくれ、まけてくれた。
シャルは俺を見て頭を抱える。
「……裸にマントは余計ヘンタイ臭いかも……」
「ヘンタイ? 何を言ってる。俺は筋肉をまとってるじゃないか。正装だぞ。むしろ、紳士だぞ」
「……それより、先生。依頼書もらってたけど、どんなお仕事?」
「あぁ。『妖精の繭』の採取らしい」
「妖精の繭?」
シャルは小首を傾げた。
俺も冒険者生活は長い。大抵の依頼はこなした男だ。シャルに説明することくらいは出来る。
「妖精……小さな精霊の一種だが、大きくなる時に、繭を作るんだ。蝶や蛾みたいにな。その抜け殻を集める依頼さ」
「へぇ、なんか簡単そうでいいね!」
「まぁ、支払われる報酬も安いけどな。だが、今日の飯代くらいと少しのおまけくらいなら買えるさ」
俺はニッコリと微笑んだ。
「お菓子くらいなら買えると思うから、君の分と、あとお母さんにお土産でもするといい」
シャルは顔を輝かせた。
「……うんっ」
「フッ」
俺は短く笑い、マントをひるがえして言った。
「さ、行くぞ。妖精の繭を採取しにな!」
「はい! 先生! 先生ってヘンタ……ちょっと変だけど、やっぱかっこいい!」
「そう褒めるな」
俺はシャルを引き連れ、西の街道沿いを歩いた。
それから、少し外れた森へと入った。
緑色の闇が広がる、不自然に大きなキノコが生えた森だった。
通称、迷いの森。
読んで字のごとく、磁場が狂い、魔力は不規則に流れ、旅人を迷わす森である。
「妖精の繭の採取自体はもちろん簡単だ」
俺は迷いの森をシャルに説明した。
「だが、この森自体が厄介なのさ」
「先生はなんでも知ってるんだね!」
「なんでもは知らないさ。知ってることだけ」
俺は吠えるように笑うと、獣道をひた歩いた。たまにシャルの様子を見て、ペースを落とす。
「シャル、心肺機能も鍛えないとな」
「心肺機能?」
「全身持久力さ。心配するな! ヒートトレーニングでみっちり鍛えてやる!」
ヒートトレーニングとは高負荷の運動と短い休憩を繰り返すことで、心肺機能向上を目指すトレーニング法のことである。
俺は邪魔な枝を手刀で叩き折った。
シャルが感心する。
「先生って高名な武闘家だったり?」
「いや、トレーナーだ」
「……あくまでトレーナーなんだね」
「うむ! しかし、身体を作るという道を極めることは、身体を壊すということだって出来るようになるんだ」
俺はまた手刀で太い枝を叩き切った。
「トレーニングの裏の側面だな。それに、トレーニングパートナーをいざという時は守るために、俺たちトレーナーは多少の武を修めるのが普通だ」
トレーナーという職業のあまり知られていない側面である。
俺は前世でもフルコンタクト空手とキックボクシングをベースに、武術を修めていた。転生したあとも、心身の鍛錬は日課としてきた。
「シャルよ、少し休憩しよう」
少し開けた場所で、俺は提案した。
山登りでもそうだが、一度に長い休憩をとるより、短い休憩を小まめにした方が疲れにくいのだ。
「うん、先生。……なんか、わたし、前より息が切れないかも」
「俺の固有スキル、トレーナーのお陰だ。俺のトレーニングパートナーは筋トレや有酸素運動の効果が何倍……何乗にもなるのだ」
俺の脳裏にふと、力に溺れた元パーティメンバーがよぎった。顔を曇らせてしまう。
そんな俺の様子を察してか、シャルは俺のマントの裾を華奢な手で握った。
「大丈夫だよ。わたしは例え強くなっても……先生はずっと、先生だから!」
「ウオオオオ! シャル、お前はすでに仕上がっている! 最高傑作だァー!」
「もう、意味分かんないよ」
照れたようにシャルは頬をかいた。
ふと、俺は気付いてしまった。
「ところで、シャルよ! 大変申し上げにくいことがある」
「なぁに? 先生」
「まぁ、その、なんだ……言いづらいんだが……」
「え? え?」
「大変、申し上げにくいんだが……」
「え? な、なに?」
シャルはなぜか顔を赤らめた。瞳が僅かに揺れた。
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