第2話 「え? いま罰も受けるって言ったよね?」

 そこは、たい焼き屋の屋台だった。


 以前、冒険のついでに助けた若い女が職探しで困っていたとき、故郷日本の焼き菓子であるたい焼きを売ることを提案したのだ。


 最近は舶来品である小豆が東の国から大量に輸入されるため、安価でアンコが作られる。


 若い女は器用で、すぐにたい焼きを再現してくれ、俺も何個もご馳走になったっけ。


「エレノアさん!」


 俺はのれんをくぐった。


 たい焼き屋の店主、エレノアが目を丸くする。


「チハルさん! 久しぶりだね! 少し痩せた?」


「うむ……実は今朝から何も食ってないんだ。色々あってな」


「待ってて。いま、美味しいたい焼きを作るから」


 俺は小麦粉と砂糖の焦げる匂いに、ホッとした。


 どうやら、ジークもここまで手回しはしてないらしい。


 エレノアはたい焼きを焼き上げ、俺に手渡してくれた。


「あったけぇ……! あったけぇ……!」


「もう、大袈裟だよ。そんな、ありがたそうに食べなくても」


「いやぁ、パーティをクビになったから少しのカロリーもありがたいんだ」


「え? パーティを?」


 俺がエレノアに経緯を説明しようとしたその瞬間、視界の隅で白い華奢な手がニュッと伸びてきた。少女が身を乗り出してきて、たい焼きを引っ掴んだ。


 エレノアが目を見開き、すぐさま、


「ドロボー!!」


 と叫んだ。


 一飯の恩義である。俺は反射的に走り出し、少女を追い掛けた。


 淡い栗色の髪をサイドテールにした少女だ。


 往来する人々の間を縫うようにして走る。


「待ちねィ!」


 俺も怒鳴り、人々をかき分けた。民草は俺を指して噂した。


「あっ! 勇者パーティのトレーナーだ! ジーク様に筋トレと称して虐待してたって噂の!」


「ローファットダイエット中に揚げ物リクエストしたら、衣を落として食べさせられたってイゾルデ様が言ってた!」


「グレイス様が酒飲んで朝帰りしたらスクワットを延々やらされたって言ってた!」


 どうも俺の悪評はどこまでも広がってるらしい。すべて事実だが。


 俺は噂が駆ける通りをひた走った。


 やがて、裏路地まで少女を追い込み、ほくそ笑んだ。


 少女は恐怖に目を見開き、大きく肩で息をしていた。


「へっへっ……追い詰めたぜぇ」


 俺は下卑た笑みを浮かべた。


 不良少女には、愛の鞭が必要である。さて、まずは自分の体重を使った自重トレーニングか、それか……俺は両手をパンと地面に叩き付けた。


 地面が光り、四本の支柱と、その支柱の中にベンチが現れた。パワーラックとフラットベンチである。


 この世界で最初に覚えた、土属性魔法である。


 俺はいやらしい笑い声を上げた。


「ぐへへへへ! もう逃げられないぜェ。さぁ、観念して筋トレするのだ。お前には悪いモノが憑いてるからな。その悪いモノを追い出すためにベンチプレスとデッドリフトが必要なんだ」


 俺は手をワキワキさせながら、少女に近づく。


 少女は「ひっ」と小さく悲鳴を漏らした。


 よく見ると、ライトブラウンの大きな瞳と、細い鼻梁の整った顔立ち。類まれな美少女だった。しかし、少々痩せすぎていた。足なんて細くて折れそうだ。


 ダイエットだろうか? 成長期に無理なダイエットとはけしからん。


 これはいよいよ筋トレさせて少々カロリーオーバーするくらい食わせるのも、やむなしといったところでしょう。


「俺は美少女相手だからって手加減しないぜッ! 思う存分、たい焼きのカロリーが消し飛ぶくらい筋肉を追い詰めてやるからな! お仕置き筋トレだ!」


 少女はたい焼きを胸に抱きしめ、涙ぐんだ。


「た、たい焼き盗んでごめんよぅ……」


「盗むほど食べたかったのか」


「う、うん……わたしじゃなくて……」


 少女は鼻を啜った。


「おかっつぁんが、病気で食欲なくて……甘い物ならって……」


「ムムッ」


 俺は少女の目を覗き込んだ。嘘を言っている目ではない。


 俺の口から、か細い声が漏れた。


「病気のお母さんの為に……盗みを……!」


 俺は男泣きに泣いた。


 さめざめと涙を流す俺に、少女は慌てる。


「わ、わっ! ごめん! ごめんね! お金はあとで絶対払うから!」


「あぁ……! まぁ、それは当然だが……」


「罰も受けるよ!」


「え? いま罰も受けるって言ったよね?」


「う、うん」


 俺は口の端をつり上げた。


「なら筋トレだ! そのあと、たい焼き屋さんにゴメンナサイするのだ! 俺も一緒に頭下げてやるからな!」


「ひいっ」


 俺の迫力に、少女は悲鳴を漏らした。


「き、筋トレってなに!? なんなの!? え、えっちなことなのかな!?」


「えっちなことよりもっと健全なことだ!」


 俺は吠えるように笑うと、恐慌に駆られた少女は背を向けて逃げ出した。


 俺は穏やかな笑みを浮かべると、少女の向かう先に手を向け、指を鳴らした。


 何もない空中からバーベルがいくつも現れ、轟音を上げて少女の行く道を塞いだ。


「ひいいいいっ! なに!? これって超高等空間魔法!? なにこの人!? なんなのぉ!?」


「俺の名前は曽田! 『育て屋』の曽田チハル! 元勇者パーティのトレーナーさ!」


「トレーナーってなに!?」


「親愛なるあなたの隣人だ!」



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